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第Ⅳ章 光の聖女は朝照らす ~The Saint Over The RISING SUN~
#73 天国を目指す者 その3
「だから教皇様は私をこの島の外に出したがらず、外部との面会も謝絶していた。栄耀教会の実態を知られたら、私が教団に悪印象を抱いて協力を渋るのではと考えたから。そうでしょう?」
初めて会った時から「匂い」で感じ取れていた。
表向きは善人として振る舞い、神の愛と正義を説きながら、その実は自己の利益しか頭に無い。
目の前のラモン教皇からは、あの教主と同じ腐臭が漂っていた。
その直感を確かめるために帝都へ出かけたのだが、やはり私の勘は間違っておらず、栄耀教会も私の人生を狂わせたあの憎き教団と同じ体質の組織だった。
むしろ国教を取り仕切って公然と政治に影響を及ぼし、聖騎士団という直轄の軍隊まで保有している分、社会の陰で活動していたあの教団よりも遥かに始末が悪いかも知れない。
「……それを知って、御身は如何なさるおつもりか?」
隠しておきたかった事実を知られてしまったことで、ラモン教皇の顔が目に見えて歪み出した。
顔色は赤く、汗が滲み、目元の血管が浮き出てヒクヒクと動いてしまっている。
焦りと動揺が表れたその顔を確認してから、泣き喚く幼児を宥める母親のような口調で、
「安心して、教皇様。別にあなたや栄耀教会の悪行を非難したり、邪魔しようなんて気は毛頭無いわ。宗教なんて所詮はビジネス、神の教えは商品、聖職者とはそれを扱う商人に過ぎない。前の世界でもそれは全く変わらなかったわ」
日本語では「信者」と書いて「儲かる」と読む。
神の教えを売りまくって信者を洗脳、数を増やしていけば聖職者たちは大儲け。
世界が異なれど、魔法という異能が存在しようと、強者が弱者から搾取する社会構図、人間の本質だけは共通なのだ。
「…………御身は、我らに何をお望みなのですかな?」
「とぼけるのがお上手ね。あなたたちが『招聖の儀』を決行したのは、国家人民の救済という大義のためじゃなく、栄耀教会が更なる富と力を得るためだったんでしょう? 三百年前のように」
召喚した初代『聖女』が『邪神の息吹』を鎮めたことで、『招聖の儀』を主導した栄耀教会はサウル教徒と国内に於ける影響力が増大、皇室に匹敵するほどにまで上り詰めた。
彼らにとって『聖女』とは、黄金の雨を降らせてくれる福の神なのだ。
「分け前を寄越せと、そう仰るのですか?」
「あら、当然の要求のはずよ。それともまさか栄耀教会は私をタダ働きさせる気だったのかしら? 違う世界の人間なんて奴隷か家畜も同然、上目遣いでお願いするだけで安くこき使えると、そんな風に考えていたの?」
「滅相もございません。そのようなことは……」
これは私の推測だが、初代『聖女』はそういう人物だったのではないだろうか。
大した見返りを求めず、苦しむ人々に懇願されるままその命と力を救済の道へ捧げるような、まさしく『聖女』の名に恥じない清廉かつ献身的な女性だったため、今回もそんなチョロい女が召喚されると期待していたのだろう。
「ああ、勘違いしないで頂戴ね。私は別に腹を立てている訳じゃないのよ。この世界に召喚して貰えて、むしろ心から感謝しているの」
「感謝、でございますか……?」
突然それまでの生活を奪われ、身近な人々から引き離され、見ず知らずの世界に招かれて二度と帰れないなどと告げられれば、多くの者は怒りと悲しみを覚えるだろう。
例外があるとすれば、元の世界で不遇な人生を歩んでいた者。
「私はね、私が生まれ育った国の中でも、特に貧しい家の出だったの。生まれた時からずっとずっと貧乏に苦しんで、喉から手が出るほど欲しいものを周りが当然のように持っている様子を、ただ遠くから羨んでばかりだった。持つ者たちは持たざる私を蔑み、あんな底辺の家に生まれなくて良かったと嘲笑していたわ」
「それはまた、意外なお話ですな……」
仕草や言葉遣い、理解力や基礎学力から、栄耀教会の者たちは私を良家の生まれだと勝手に想像していたようだったが、そんなものは義務教育を受けた日本人全てが習得できている一般教養でしかない。
「いいえ、単なる経済的な貧乏ならもっと酷い家庭はあったわ。でもね、私の家はお金以上に心が貧しかった。それどころか家族には貧しさの自覚なんて無く、むしろ自分たちこそがこの世で最も豊かな身だと勘違いさえしていた。本当に救い様の無い愚か者たちよ」
己の貧しさを自覚できない者こそ究極の貧乏人。
無自覚ほど恐ろしいものは無い。
「そんなどん底生まれの私がこの世界に来た途端、絶大な力と『聖女』の名誉を手に入れた。誰もが私を崇敬し、必要としてくれる。一夜にして人生が大逆転したんだもの、感謝せずにはいられないわ」
惨めで貧しい明智照朝は、あの世界へ置いてきた。
もう地べたを這いずる芋虫ではない。
花の周りを華麗に舞う蝶へ、私は生まれ変わったのだ。
「私は『聖女』テルサ。光の極大魔力『旭日』に照らされた、繁栄と祝福の道を歩む者。この世界では、欲しいものは余さず手に入れてみせる。そのためにはあなたたちのプロデュースが欠かせない」
人生で最も憎んだ者と同じ悪臭を漂わせる、本来であれば唾棄すべき相手であっても、多大なメリットが見込めるのであれば組まないという選択肢は無い。
「希望通り、私は『邪神の息吹』を鎮めるわ。あなたたちはそれを活かして、今まで以上に信仰に精を出せばいい。その裏で何をしようと、余計な口出しや邪魔をする気は無いから安心しなさい」
「その代わり、出した利益は還元せよ、ということですか……」
相互利益はビジネスの基本。
栄耀教会が発展していけば、私への支援や待遇も充実していく。
「一緒に『天国』を目指しましょう、教皇様。これは神の御導きなのよ」
私が本気だと察したのか、差し出された手を見た彼は、その瞳の奥に強い野心の炎を燃え上がらせ、
「そのようですな。御身が歩む繁栄と祝福の道、我らもお供させて頂きます」
跪いたラモン教皇が、そっと私の手に口付けした。
「偉大なるサウル神よ。我らに理想の『聖女』様をお遣わし下さり、感謝します──」
部屋を出た後、ラモン教皇の感極まる声が扉越しに聞こえた。
初めて会った時から「匂い」で感じ取れていた。
表向きは善人として振る舞い、神の愛と正義を説きながら、その実は自己の利益しか頭に無い。
目の前のラモン教皇からは、あの教主と同じ腐臭が漂っていた。
その直感を確かめるために帝都へ出かけたのだが、やはり私の勘は間違っておらず、栄耀教会も私の人生を狂わせたあの憎き教団と同じ体質の組織だった。
むしろ国教を取り仕切って公然と政治に影響を及ぼし、聖騎士団という直轄の軍隊まで保有している分、社会の陰で活動していたあの教団よりも遥かに始末が悪いかも知れない。
「……それを知って、御身は如何なさるおつもりか?」
隠しておきたかった事実を知られてしまったことで、ラモン教皇の顔が目に見えて歪み出した。
顔色は赤く、汗が滲み、目元の血管が浮き出てヒクヒクと動いてしまっている。
焦りと動揺が表れたその顔を確認してから、泣き喚く幼児を宥める母親のような口調で、
「安心して、教皇様。別にあなたや栄耀教会の悪行を非難したり、邪魔しようなんて気は毛頭無いわ。宗教なんて所詮はビジネス、神の教えは商品、聖職者とはそれを扱う商人に過ぎない。前の世界でもそれは全く変わらなかったわ」
日本語では「信者」と書いて「儲かる」と読む。
神の教えを売りまくって信者を洗脳、数を増やしていけば聖職者たちは大儲け。
世界が異なれど、魔法という異能が存在しようと、強者が弱者から搾取する社会構図、人間の本質だけは共通なのだ。
「…………御身は、我らに何をお望みなのですかな?」
「とぼけるのがお上手ね。あなたたちが『招聖の儀』を決行したのは、国家人民の救済という大義のためじゃなく、栄耀教会が更なる富と力を得るためだったんでしょう? 三百年前のように」
召喚した初代『聖女』が『邪神の息吹』を鎮めたことで、『招聖の儀』を主導した栄耀教会はサウル教徒と国内に於ける影響力が増大、皇室に匹敵するほどにまで上り詰めた。
彼らにとって『聖女』とは、黄金の雨を降らせてくれる福の神なのだ。
「分け前を寄越せと、そう仰るのですか?」
「あら、当然の要求のはずよ。それともまさか栄耀教会は私をタダ働きさせる気だったのかしら? 違う世界の人間なんて奴隷か家畜も同然、上目遣いでお願いするだけで安くこき使えると、そんな風に考えていたの?」
「滅相もございません。そのようなことは……」
これは私の推測だが、初代『聖女』はそういう人物だったのではないだろうか。
大した見返りを求めず、苦しむ人々に懇願されるままその命と力を救済の道へ捧げるような、まさしく『聖女』の名に恥じない清廉かつ献身的な女性だったため、今回もそんなチョロい女が召喚されると期待していたのだろう。
「ああ、勘違いしないで頂戴ね。私は別に腹を立てている訳じゃないのよ。この世界に召喚して貰えて、むしろ心から感謝しているの」
「感謝、でございますか……?」
突然それまでの生活を奪われ、身近な人々から引き離され、見ず知らずの世界に招かれて二度と帰れないなどと告げられれば、多くの者は怒りと悲しみを覚えるだろう。
例外があるとすれば、元の世界で不遇な人生を歩んでいた者。
「私はね、私が生まれ育った国の中でも、特に貧しい家の出だったの。生まれた時からずっとずっと貧乏に苦しんで、喉から手が出るほど欲しいものを周りが当然のように持っている様子を、ただ遠くから羨んでばかりだった。持つ者たちは持たざる私を蔑み、あんな底辺の家に生まれなくて良かったと嘲笑していたわ」
「それはまた、意外なお話ですな……」
仕草や言葉遣い、理解力や基礎学力から、栄耀教会の者たちは私を良家の生まれだと勝手に想像していたようだったが、そんなものは義務教育を受けた日本人全てが習得できている一般教養でしかない。
「いいえ、単なる経済的な貧乏ならもっと酷い家庭はあったわ。でもね、私の家はお金以上に心が貧しかった。それどころか家族には貧しさの自覚なんて無く、むしろ自分たちこそがこの世で最も豊かな身だと勘違いさえしていた。本当に救い様の無い愚か者たちよ」
己の貧しさを自覚できない者こそ究極の貧乏人。
無自覚ほど恐ろしいものは無い。
「そんなどん底生まれの私がこの世界に来た途端、絶大な力と『聖女』の名誉を手に入れた。誰もが私を崇敬し、必要としてくれる。一夜にして人生が大逆転したんだもの、感謝せずにはいられないわ」
惨めで貧しい明智照朝は、あの世界へ置いてきた。
もう地べたを這いずる芋虫ではない。
花の周りを華麗に舞う蝶へ、私は生まれ変わったのだ。
「私は『聖女』テルサ。光の極大魔力『旭日』に照らされた、繁栄と祝福の道を歩む者。この世界では、欲しいものは余さず手に入れてみせる。そのためにはあなたたちのプロデュースが欠かせない」
人生で最も憎んだ者と同じ悪臭を漂わせる、本来であれば唾棄すべき相手であっても、多大なメリットが見込めるのであれば組まないという選択肢は無い。
「希望通り、私は『邪神の息吹』を鎮めるわ。あなたたちはそれを活かして、今まで以上に信仰に精を出せばいい。その裏で何をしようと、余計な口出しや邪魔をする気は無いから安心しなさい」
「その代わり、出した利益は還元せよ、ということですか……」
相互利益はビジネスの基本。
栄耀教会が発展していけば、私への支援や待遇も充実していく。
「一緒に『天国』を目指しましょう、教皇様。これは神の御導きなのよ」
私が本気だと察したのか、差し出された手を見た彼は、その瞳の奥に強い野心の炎を燃え上がらせ、
「そのようですな。御身が歩む繁栄と祝福の道、我らもお供させて頂きます」
跪いたラモン教皇が、そっと私の手に口付けした。
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