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第Ⅳ章 光の聖女は朝照らす ~The Saint Over The RISING SUN~
#82 恵みと災い
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『邪神の息吹』が無い時代は、どこの源泉も地脈も正常な魔素を放出するのだが、百年の周期が来て『邪神の息吹』が始まれば、その魔素が極端に闇属性に偏り、生きとし生けるものを蝕む毒素と化す。
コーウォール地方のように地脈と源泉の数が多いということは、他の土地に比べて瘴気の量も増して『邪神の息吹』の被害も深刻になるということに他ならない。
享受していた魔素の恵みが、この時代に於いては災いに転じて苦難を強いる。
そんなこの世に現出した地獄とも言うべき悲惨な地を、日数を掛けて我々が訪れた理由は──
「すみませんラウル様、アイスクリームの箱を取って頂けますか?」
栄耀教会の高位聖職者のみが使用を許される大型の輿。
華麗で快適な内装を持ち、浮動しているために安定した乗り心地が保証され、非常時には球状の防御結界が展開される優れ物だ。
その窓を開けてひょっこり顔を出したのは、『聖女』付きの侍女リナリィ。
「どうぞ。落とさないよう気を付けて」
「ありがとうございます」
アイスクリームが保管されたクーラーボックスを渡す際、輿の中がチラリと見え、乗っている最重要人物──『聖女』テルサと眼が合った。
輿には空気清浄機能と、温度を調節して中へ送る冷暖房機能も備わっているため、テルサも同乗するリナリィも我々のような不快感を味わっていない。
でなければ、とてもアイスクリームの味を楽しむどころではなかっただろう。
今回の遠征の目的は、『聖女』テルサによるウィルドゥ領の救済だ。
統率するのは大司教オーレン・エルハ・ズンダルク──ラモン教皇の息子でザッキスの父親。
大司教が乗る輿のすぐ近くを皇族専用の馬車も走っており、中に居るのは第三皇子ミルファス。
大司教と皇子を傍近くで警護するのはザッキスと、我が父である聖騎士団長ゼルレークだ。
栄耀教会の人間ではないミルファス皇子が遠征に同行しているのは何故かと言うと、皇帝の代理人として事の顛末を見届けて報告するため──というのは建前に過ぎない。
テルサの『旭日』の初お披露目の時と同じく、テルサや栄耀教会と親密な様子を周囲に見せ付けるため、加えて『聖女』と共に苦しむ民草を救済したという実績を作ることで、第二皇子グランとの皇位争いを有利に展開するのが真の理由だということは周知の事実だ。
と、行軍がピタリと止まる。
数百メートル離れた先の方で、戦闘音と叫び声が上がっているということは──
「また先の方で、変異魔物かアンデッドの襲撃を受けたようですね」
「領内に入ってからというもの、頻度が増しているわね。こう足止めばかりされると、流石にイライラしてきちゃうわ。日没前にクルルザードに着くといいけど」
輿の中のリナリィとテルサの会話が聞こえる。
ここまで来る道中でも幾度と無く襲撃に見舞われてきたため、言葉通り軽い苛立ちを覚えているようだが、焦りや恐怖の色は微塵も感じられない。
襲い来た魔物は全て聖騎士団によって返り討ちにされ、損害も軽微だったためだ。
ガラリ、と輿の窓が開いて、テルサが顔を出す。
「どうラウル? あなたも食べる?」
差し出されたのはカップ入りのアイスクリーム。
「い、いえ、お心遣いは有り難いのですが、今は職務中でして……」
「別に問題無いでしょう? 平気でお酒を飲んでいる人が怒られずに済んでいるんだもの、アイス程度でガミガミ言われたりはしないはずよ。ねえ?」
冷ややかな眼差しを向けられたグーネルが、ばつが悪そうに顔を背けた。
「で、では、お言葉に甘えさせて頂きます……」
『聖女』直々の厚意を無下にするのも悪いので、有り難く頂くことにした。
吸気浄化マスクを外した途端、強烈な死臭と瘴気による不快感が押し寄せる。
お陰でアイスの味も損なわれてしまうだろうが、『聖女』の手前、そんな態度を表に出す訳にはいかない。
スプーンで掬い取って口に運ぶと、ひんやりと冷たい甘みが口を満たす。
サウレス=サンジョーレ曙光島の聖宮殿にて初めてアイスクリームを供された時、テルサは、
「あら、この世界にもあるのね。しかも『アイスクリーム』という名称まで全く同じだなんて」
と驚いていたが、それもそのはず。
何を隠そう、アイスクリームを考案したのはテルサと同じ世界から来た人物──初代『聖女』だからだ。
好物をこの世界でも味わいたいと思って趣味で作ったものが、世間に広まったと聞いている。
「食べながらで構わないから聞かせて。今回が私の初遠征だけど……この地を治めるウィルドゥ家は、私たちを歓迎してくれるかしら?」
「それは……勿論歓迎して下さるでしょう。テルサ様の御力で、この地をこのような有様にしてきた『邪神の息吹』が終わるのですから、領民たちもこの時を心待ちにしていたはずです」
一瞬迷った末にそう答えると、テルサは呆れたように軽い溜め息を吐き出し、
「……あなたは優秀だけど、思った通り嘘が吐けない人ね。正直に言ってくれてもいいのよ?」
輿の窓を閉めて、それきりテルサは顔を出さなくなった。
魔物の襲撃を退け終え、一団は行軍を再開する。
コーウォール地方のように地脈と源泉の数が多いということは、他の土地に比べて瘴気の量も増して『邪神の息吹』の被害も深刻になるということに他ならない。
享受していた魔素の恵みが、この時代に於いては災いに転じて苦難を強いる。
そんなこの世に現出した地獄とも言うべき悲惨な地を、日数を掛けて我々が訪れた理由は──
「すみませんラウル様、アイスクリームの箱を取って頂けますか?」
栄耀教会の高位聖職者のみが使用を許される大型の輿。
華麗で快適な内装を持ち、浮動しているために安定した乗り心地が保証され、非常時には球状の防御結界が展開される優れ物だ。
その窓を開けてひょっこり顔を出したのは、『聖女』付きの侍女リナリィ。
「どうぞ。落とさないよう気を付けて」
「ありがとうございます」
アイスクリームが保管されたクーラーボックスを渡す際、輿の中がチラリと見え、乗っている最重要人物──『聖女』テルサと眼が合った。
輿には空気清浄機能と、温度を調節して中へ送る冷暖房機能も備わっているため、テルサも同乗するリナリィも我々のような不快感を味わっていない。
でなければ、とてもアイスクリームの味を楽しむどころではなかっただろう。
今回の遠征の目的は、『聖女』テルサによるウィルドゥ領の救済だ。
統率するのは大司教オーレン・エルハ・ズンダルク──ラモン教皇の息子でザッキスの父親。
大司教が乗る輿のすぐ近くを皇族専用の馬車も走っており、中に居るのは第三皇子ミルファス。
大司教と皇子を傍近くで警護するのはザッキスと、我が父である聖騎士団長ゼルレークだ。
栄耀教会の人間ではないミルファス皇子が遠征に同行しているのは何故かと言うと、皇帝の代理人として事の顛末を見届けて報告するため──というのは建前に過ぎない。
テルサの『旭日』の初お披露目の時と同じく、テルサや栄耀教会と親密な様子を周囲に見せ付けるため、加えて『聖女』と共に苦しむ民草を救済したという実績を作ることで、第二皇子グランとの皇位争いを有利に展開するのが真の理由だということは周知の事実だ。
と、行軍がピタリと止まる。
数百メートル離れた先の方で、戦闘音と叫び声が上がっているということは──
「また先の方で、変異魔物かアンデッドの襲撃を受けたようですね」
「領内に入ってからというもの、頻度が増しているわね。こう足止めばかりされると、流石にイライラしてきちゃうわ。日没前にクルルザードに着くといいけど」
輿の中のリナリィとテルサの会話が聞こえる。
ここまで来る道中でも幾度と無く襲撃に見舞われてきたため、言葉通り軽い苛立ちを覚えているようだが、焦りや恐怖の色は微塵も感じられない。
襲い来た魔物は全て聖騎士団によって返り討ちにされ、損害も軽微だったためだ。
ガラリ、と輿の窓が開いて、テルサが顔を出す。
「どうラウル? あなたも食べる?」
差し出されたのはカップ入りのアイスクリーム。
「い、いえ、お心遣いは有り難いのですが、今は職務中でして……」
「別に問題無いでしょう? 平気でお酒を飲んでいる人が怒られずに済んでいるんだもの、アイス程度でガミガミ言われたりはしないはずよ。ねえ?」
冷ややかな眼差しを向けられたグーネルが、ばつが悪そうに顔を背けた。
「で、では、お言葉に甘えさせて頂きます……」
『聖女』直々の厚意を無下にするのも悪いので、有り難く頂くことにした。
吸気浄化マスクを外した途端、強烈な死臭と瘴気による不快感が押し寄せる。
お陰でアイスの味も損なわれてしまうだろうが、『聖女』の手前、そんな態度を表に出す訳にはいかない。
スプーンで掬い取って口に運ぶと、ひんやりと冷たい甘みが口を満たす。
サウレス=サンジョーレ曙光島の聖宮殿にて初めてアイスクリームを供された時、テルサは、
「あら、この世界にもあるのね。しかも『アイスクリーム』という名称まで全く同じだなんて」
と驚いていたが、それもそのはず。
何を隠そう、アイスクリームを考案したのはテルサと同じ世界から来た人物──初代『聖女』だからだ。
好物をこの世界でも味わいたいと思って趣味で作ったものが、世間に広まったと聞いている。
「食べながらで構わないから聞かせて。今回が私の初遠征だけど……この地を治めるウィルドゥ家は、私たちを歓迎してくれるかしら?」
「それは……勿論歓迎して下さるでしょう。テルサ様の御力で、この地をこのような有様にしてきた『邪神の息吹』が終わるのですから、領民たちもこの時を心待ちにしていたはずです」
一瞬迷った末にそう答えると、テルサは呆れたように軽い溜め息を吐き出し、
「……あなたは優秀だけど、思った通り嘘が吐けない人ね。正直に言ってくれてもいいのよ?」
輿の窓を閉めて、それきりテルサは顔を出さなくなった。
魔物の襲撃を退け終え、一団は行軍を再開する。
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