【完結】婚約破棄を望んだ悪役令息ですが、破棄して貰えないので隣国に逃走します!

きたさわ暁

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逃走中の回想

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 ダンスパーティーの当日、普段なら学園での催しなどに顔を出すことすらない両親が、珍しく一緒に参加すると言い出した。僕は一瞬、胸がざわついて焦った。婚約破棄の現場を両親に見られてしまうなんて、どんな顔をすればいいのかわからない。

 でも、すぐに思い直した。むしろ、実際のところを目撃してもらった方が、後々の説明が楽になるかもしれない。僕の決意を、家族にもちゃんと伝えるチャンスだ。

 あれから学園で過ごす毎日は、針のむしろに座っているような苦痛の連続だった。騎士爵の令嬢があちこちで僕の悪口を吹聴しているらしく、噂は違う学年の生徒たちにまで広がっていた。

 廊下を歩けば視線が刺さり、教室に入ればひそひそ話が聞こえてくる。僕はいつも一人でいるのが普通だったけど、この時ばかりは心の底から安堵した。もし僕に友人がいたら、その人にも迷惑がかかってしまう。大切な友人を巻き添えにするなんて、絶対に嫌だ。

 軽やかなワルツの調べが流れる会場に足を踏み入れる。ここは王立学園の舞踏場で、天井からは煌びやかなシャンデリアが眩い光を放ち、壁側には色とりどりのケーキやフルーツ、タルト、手でつまめるカナッペやサンドウィッチ、一口で食べられる肉料理などの豪華な軽食が並べられている。

 給仕の者たちが銀のトレーに飲み物を乗せ、優雅に参加者の間を縫うように忙しなく歩いていた。ドレスや燕尾服の裾が揺れ、宝石の輝きがあちこちで瞬く。華やかな空気に包まれているはずなのに、僕の心は重い。

 僕たちがその場に到着した瞬間、会場がシン……と静まり返った。まるで時間が止まったかのように。すぐにこそこそと話す声が漏れ始める中、僕は両親に対してどうしようもない心苦しさを感じた。家族をこんな恥ずかしい状況に巻き込んでしまって、申し訳ないと胸が締め付けられる。

「シメオン公爵令息はお前を迎えにも来ないのか」
 父の声は低く、抑えきれない苛立ちが滲んでいる。

「えーっと、僕たちの婚約は急に決まったものですからね。もしかしたら別の約束が決まっていたのかも……」

 しれません、までは喉まで出かかったが、言葉を飲み込んだ。僕たちの後から入場してきたシメオン公爵令息とモア男爵令嬢を、両親がはっきりと目撃してしまったからだ。

 父の顔に浮かんだ驚愕の表情は一瞬で消え、代わりににこやかな笑みが張り付く。でも、僕にはわかる。これはかなり怒っている証拠だ。母も微かに眉を寄せている。これから僕はきっと婚約破棄される。心の中でそう呟き、覚悟を決めた。

 普通なら、婚約者がいる相手とは一緒に参加するものだろう。でもシメオン公爵家からの連絡は一切なく、僕からも連絡なんてする気は起きなかった。これは仕方ないことだけど、両親は顔に笑顔を張り付けつつも、怒りの気配が全身から漂っていた。

 それでも、相手に対して怒鳴り込むような真似はせず、気づかなかったふりをしていた。さすがエルドリス侯爵家は相手が無礼を働いたからといって、こちらも同じように返すようなことはしない、という矜恃を持っているようだった。僕もその血を引いているはずなのに、今はただ逃げ出したくなる。

「えーっと、その、僕ちょっとシメオン公爵令息にご挨拶してきます」

 こんな気まずい雰囲気にこれ以上耐えられなくて、僕は慌ててそう言うと両親のそばから離れた。足早に会場を横切りながら、心の中で呟く。これから先は、悪役令息が退場するメインイベントだ。準備は万端、後は「きみとは婚約破棄する!」の言葉をシメオン公爵令息から貰うだけ。鏡の前で何度も練習したセリフが、頭の中で反芻される。

 地味な僕でも、着飾れば少しは見られるようになるかと思っていた。でも、貧相な体躯と地味な顔立ちでは、黒の燕尾服に着られている感が否めない。鏡で見た自分の姿は、まるで仮装した子供のようだ。まあ、こんな煌びやかな服を着るのも今日が最後だろう。心の中で苦笑しながら、シメオン公爵令息の姿を探す。

「コホン……っ、えっと、その、シメオン公爵令息、お話があります」

 喉を鳴らして声を絞り出す。向こうはモア男爵令嬢と並んで立っている。公爵令息の視線が僕に向く。

「シルフィード、その、今回のパートナーは……」

 彼の声に戸惑いが混じる。僕は深呼吸して、平静を装う。

「そんなことはどうでも良いです。……あ、間違えた。そうですね。どうして婚約者である僕ではなく、幼なじみでしかないモア男爵令嬢をエスコートしているのか、理由をお伺いしても?」

「それは……」

 婚約者を差し置いて幼なじみをエスコートしている理由なんて、答えられるはずがない。僕は内心で頷く。シメオン公爵もその妻である公爵夫人も、何も言わなかったのかと考えたが、同じ会場にいてこちらをちらちら見ている。

 きっと、特に何も思わないか、侯爵家の不具合オメガを貰ってやる、という上から目線の意識なのだろう。それならそれで良い。でも、僕は決してそんな婚姻なんて嫌だと、抗ってやる。



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