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逃走中の回想
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「モア男爵令嬢、僕はこれまでずっと警告していました。婚約者のいる相手に近づくな、と。でもあなたはそれを無視した」
「な……っ!? あなた、クラリスを脅すなんてどういうつもりっ!」
騎士爵の令嬢が突然割り込んでくる。彼女の声は尖っている。
「脅してません。はっきりと警告しました。十日前のことをお忘れですか?」
「!?」
シメオン公爵令息の顔色がさっと変わる。男爵令嬢が階段から「落とされた」ことを思い出したからだろう。あれから呼び出しがあったが、僕はそれをまるっと無視している。会場の人々がざわつき始める中、僕は冷静を保つ。
「あなたね、クラリスを階段から落とした人殺しの癖に、開き直るなんて!」
「警告だと言ったはずです。それに婚約者のいる相手に対して、周囲から誤解されるような行動を取る方がおかしいのでは? それから、あなたは関係ない。騎士爵の令嬢ごときが僕……私に軽々しく話しかけるな!」
話がややこしくなりそうで、僕は騎士爵の令嬢を冷たく睨んだ。これでも高位貴族令息としての教育は受けている。騎士爵程度の令嬢など、どうとでもなるんだぞ、と脅すのは簡単だ。彼女の顔が引きつる。
「なっ!?」
さあ、シメオン公爵令息、婚約破棄を言い放て、とばかりに鏡の前で練習した冷たく見えるような目線……半眼開き流し目攻撃を投げつけた。心臓が早鐘のように鳴る。
「……すまない、シルフィード。きみがそんなに私のことを思っていてくれると知らなかったんだ」
「は?」
この人いったい何を言い出したんだ? と疑問が浮かぶ。会場がさらにざわつく。
「きみを傷つけてばかりいる私を許してくれるかい?」
「……」
あ、ダメだこれ。と納得した。公爵令息の考えなのか、公爵家の総意なのか、エルドリス家の援助を手放すつもりはないのだ。例えそれが愛する人を正妻に出来なくても、構わない程度の人間なのだとやっと僕は理解する。胸がざわつき、怒りが込み上げる。
「許しません! 僕、他に好きな人がいるんで、この婚約はなし! 解消でも破棄でもなんでも良いんで! 僕、あなたのことなんて好きじゃないし、どちらかと言えば嫌いです! 大嫌いです!」
貴族ならば好きな人がいても諦めて、家のために心を殺して別の妻を迎えることもあるだろう。でもこの人は違う。僕はお飾りの妻。好きな人は第二夫人としてでもそばに置き、両方にそれぞれ耳障りの良いことを言う人だ。
僕の行動を愛する婚約者を取られた癇癪くらいに思っているし、男爵令嬢には家のために仕方なく婚約しているが愛しているのはきみだけだ、くらい言っているだろう。そんな公爵令息に吐き気がする。
「今日ここで、婚約破棄を宣言します!」
「え!?」
シメオン公爵令息の顔に指をさし、僕は宣言する。会場がどよめく。僕の声が響き渡る。
「それじゃあこれで!」
「ま、待って、シルフィード!」
「あ、僕の名前を敬称なしで呼ぶのもやめてください。僕たちもう婚約者じゃないんで。その前に僕、あなたに名前を呼ぶこと許可してませんよね? はっきり言ってそう呼ばれるの、ずっと不快でした!」
会場を出て行こうとした僕は、振り返ってシメオン公爵令息に指を突きつける。これで会うのは最後なんだから、言いたいことは言っちゃえ! とばかりにそう告げると、公爵令息は驚愕の表情を浮かべていた。地味で大人しい見た目をしているが、僕だって言うべき時にはちゃんと自分の気持ちや意見を言えるんだ。胸が少し軽くなる。
「え⋯⋯?」
「僕、あなたのことなんてちっとも好きじゃありません。婚約者だから丁寧に接していただけです。それに、家の為には仕方ないんだって諦めて、自分を誤魔化して楽な方へ流されて、不幸に酔ってるだけで、好きな人の為に努力もせずにいるところとか軽蔑します。あなたのその行動が好きな人を傷つける行為だってわかりません? 僕はそんなところも大嫌いでした。そんなあなたと結婚したって、僕は絶対に幸せになれない。それならずっと一人でいた方がマシです。僕にだって⋯⋯、不具合オメガにだって、心はあるんです!」
「⋯⋯、シルフィード」
「呼ばないでください!」
この人本当に学習しないなと思いつつ、僕はもうここに用がない。振り切るように叫んで僕は会場を駆け出した。これからの未来はきっと明るい。足音が床に響き、ドレスの裾が翻る人ごみを掻き分ける。
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