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逃走中の回想
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ふと視線の端に、両親が呆然と立っているのが見えた。心の中で小さく詫びる。父上、母上、不出来な息子でごめんなさい。貴族の義務も捨てて、僕は市井におります。でもきっと幸せになりますから、許してください。涙がにじみそうになるのを堪える。
会場から駆け出して、馬車の止まっている場所まで急ぐ。夜風が頰を撫で、息が白くなる。卒業まであと少しだったが、平民になるなら学園の卒業資格なんて必要ない。二級薬師としての資格はあるし、いつかチャンスがあれば一級にもなれるだろう。それまでは慣れないこともあるかもしれないが、一生懸命生きていこう。恋とか結婚、番なんてものは無理かもしれないが、外の世界では友だちくらいは出来るかもしれない。心に小さな希望が灯る。
にしても、馬車を停めている場所までが遠い。自分の鈍足の所為でもあるが、息も上がってきた。市井に降りたらもっと体力もつけなければならないだろう。これから国を飛び出して世界を見にいくつもりなのだから、身を守る術も身につけなければならない。やる気に満ちていた僕に、後ろから声がかけられる。息を切らした声だ。
「待って、エルドリス君!」
振り返ればモア男爵令嬢が追いかけてきていた。綺麗に巻かれた金色の髪が少し乱れ、青い瞳が月明かりに輝く、とても美しい令嬢だ。こんなことに巻き込んで申し訳ないと思う。彼女のドレスが風に揺れている。
「⋯⋯何か、まだ用がありますか?」
意地悪を言ったり、階段から落とそうと考えたり、僕はこの人にとって敵だと思われても仕方ない行動をとっていた。だから、どんな顔をして会えばいいのかわからず、つっけんどんな言い方をしてしまった。声が少し震える。
「あなた、ノアのことが好きだったんじゃないの?」
「違います」
「お金をちらつかせて、無理やりノアと婚約を結んだんじゃないの?」
「違います。婚約の打診は公爵家からですし、それと引き換えに資金援助を頼まれました」
公爵令息が男爵令嬢に伝えた言い訳も、僕が考えた通りだったなとため息が出そうになる。夜の空気が冷たい。
「不具合のあるオメガで、子どもも望めないから、結婚しても名前だけの妻で離れに暮らして、本邸には私が住むって⋯⋯そう、ノアに言われたの」
「もう僕たちは婚約破棄したので、それは現実になりませんね」
ぎゅっと拳を握って、怒りを鎮める。高位貴族にありがちな、傲慢な考え方だ。胸糞が悪いと舌打ちしそうになる。
「子どもも作れないあなたは離れで調薬して、公爵家の為に役立つと⋯⋯、私、あなたがそれで納得していると聞いたわ」
「初めて聞いたことばかりです。⋯⋯でもそれを聞いて、シメオン公爵令息がどれだけ僕を嫌いなのか十分理解出来ました。それにそれだけあなたを手放したくなかったのかもしれませんね。僕が不具合のあるオメガなのは間違いありませんし」
子どもも望めないオメガに利用価値なんてない。僕の価値なんてせいぜい役にたつ薬を作ることくらいなのだろう。最初からそのつもりでシメオン公爵家は僕に婚約の打診をしたんだ。あまりにも人を馬鹿にした計画に、怒りよりも笑いが出てしまう。
「あなたが私に掛けた言葉の数々は、私に高位貴族に嫁ぐ為の意識を持つように促すものばかりだったわ。ノアはそのままの私で良いって言ってくれてたけど、私には足りないところが沢山あった」
「今から勉強しても間に合いますよ」
「ノアが、私とずっと一緒にいるために、努力することも?」
「⋯⋯それは、僕にはわかりません。あなたならわかるのでは?」
たった数ヶ月婚約していただけの僕に、シメオン公爵令息のことはわからない。きっと相手もそうだろう。努力するように叱咤して、勇気を与え、促すのはきっとこの幼馴染の令嬢だ。彼女の瞳に決意の光が見える。
「ノアは難しいことは避けて通るタイプなの。だけど、私の為なら少しは努力してくれる。だから、頑張るわ」
「⋯⋯応援、してます」
それ以外何を言っていいのかわからず、僕は小さく笑った。意外と心地よい風が吹く。
「あの、階段から落としたこと⋯⋯」
自分が落としたわけではないが、それでも謝るべきだろうと頭を下げようとした僕を、男爵令嬢は慌てて止める。彼女の手が優しく僕の腕に触れる。
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