【完結】婚約破棄を望んだ悪役令息ですが、破棄して貰えないので隣国に逃走します!

きたさわ暁

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逃走中の回想

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「私を落としたのはナターシャよ」

「え?」

 ナターシャとは誰だろうと考えていると、その考えを読んだようにモア男爵令嬢が答えた。

「いつも一緒にいる騎士爵の家の子よ」

「ああ」

「私が問い詰めたら、あなたに罪を着せるためにやったと泣きながら謝ってきたの。ごめんなさい。あなたに濡れ衣を着せてしまったわ」

「構いません」

「でも、その所為であなたは悪役令息なんて呼ばれてるわ」

「意地悪なことを言われたり、お茶を苦い薬湯に変えたり、空き部屋に閉じ込められても僕が悪役令息じゃないって言えます?」

 内緒話をするようにコソコソ話せば、男爵令嬢はクスッと笑ってくれた。彼女の笑顔が意外と可愛らしい。

「全部、婚約破棄する為に?」

「ええ」

「どうしてノアにものすごくよく効くポーションをノアに持たせたの?」
 それを聞いて、僕は気になっていたことを問いかける。
「あ、傷はどうですか? 跡は残りませんでした?」

 女の子の体に傷跡が残るなんて、そんなことは耐えられない。もし傷が残っているなら、なんとしてもそれを消す薬を作らなければならない。心配が募る。

「あなたが私の下敷きになって、助けれくれたから。かすり傷くらいだったの。それにいただいたポーションがとてもよく効いたわ。傷なんて一つもなくなったわ。あれは一つでもとても高価なものでしょう?」
 シメオン公爵令息に渡した新しいポーションは、効能を最大限活かすように微調整に微調整を重ねた今僕が作れる最高傑作だった。全部持ち歩いていたので、屋敷に残っていたのは試作品だけだった。
 きちんと傷が治って良かったとホッとするが、疑問も出た。

「一つ? 十個は入っていたはずなんですが」

 残りはどうしたんだ、公爵令息と疑問に思ったがすぐに答えがわかった。

「⋯⋯このドレス、ノアからの贈り物なんだけど」

 そう言った後、男爵令嬢は無言になった。残りのポーションは転売され、その資金でドレスを購入したのだろうな、と僕も思いつく。少し複雑な気分になる。

「えっと、差し上げたものなので、どう使っても良いのですが⋯⋯その、ご令嬢が元気になって良かったです」

「ええ、ありがとう」
「それじゃあ僕はこれで」
「あ、待って、私あなたに大事なことを言わないと……」
「えっと時間がないのでまた、会えたらその時に!」

 いつまでもここでお喋りしている暇はない。急いで馬車に乗って屋敷に戻り、そのまま出奔する予定だった。夜空に星が瞬き、僕の新しい人生が始まる予感がする。

 僕は止まっている馬車に近づき、御者に声をかけた。夜の冷たい風が頰を撫で、会場から漏れる音楽の残響が遠くに聞こえている。

 心臓が高鳴り、決意が体を駆り立てる中、僕は明るく振る舞おうと努めた。
「おまたせ! さあ、行こう!」
 元気よくそう告げると御者は怪訝な顔をする。眉を寄せ、目を細めて僕の姿を上から下まで見つめ直す様子が、馬車止めに設置された灯りに浮かび上がっていた。きっと、こんな時間に一人で出てくるなんて予想外だったのだろう。

「三の坊っちゃま、さっき会場に入られたのでは? ご婚約者様とダンスのひとつでも踊られると思ってました」
「ダンスは苦手だし、婚約破棄してきたから、もう婚約者じゃないよ。さ、開けて」
「は?」

 驚く御者を急かしてドアを開けさせると、自分で乗り込む。馬車の内部は柔らかなクッションが敷かれ、ほのかに革の匂いが漂う。扉を閉めると、外の喧騒が少し遠のき、僕の息づかいだけが響くようだった。婚約破棄の言葉を口にした瞬間、胸に残る重しさが少し軽くなった気がした。

「屋敷に戻るよ」
「はあ……旦那様と奥様はどうなさいます?」
「……僕を送ったらまたここに戻ってきてあげて」
 流石に馬車がなければ両親も帰ることが出来ない。自分を屋敷まで送ったあとは迎えに行って貰わなければ。

 御者はため息を漏らしながら馬を走らせ、蹄の音が石畳を叩くリズムが、僕の決意を後押しするように響いた。窓から見える夜の街並みが、次第にぼやけていく。両親の顔を思い浮かべると、罪悪感が胸を刺すが、これでいいんだと自分に言い聞かせる。

 屋敷まで急いで戻った御者は僕を門の前で下ろすと、学園へ戻っていく。それを見送った後、僕はこっそり屋敷に入り、着ていた豪華な服を脱いで粗末な服に着替える。絹の生地が肌から離れる感触が、過去のしがらみを剥ぎ取るようだった。

 粗末な服は旅に適した丈夫な布地で、動きやすく、自由を象徴するかのように体に馴染む。準備していた荷物を肩に掛けると、部屋を見渡す。ここに住んだのは三年弱だったが、ずいぶん長いこと暮らしていたような気分になる。

 壁に掛けられた地図や、机の上に散らばった薬草の本の記憶、窓から見える庭の木々――すべてが、僕の人生の一部だったのに、今は遠い過去のように感じる。

 調薬部屋も綺麗に片付け、ほとんど何も残っていない。学園の薬草園も冬が来るからと、収穫し必要になるだろう薬を作り、そのほかは根こそぎ鉢に植え替えて、アーデルの店まで運んだ。あの店主の優しい笑顔を思い出し、感謝の念が湧く。薬の香りがまだ微かに残る部屋は、僕の努力の証のように静かに佇んでいる。

「お世話になりました」
 家族に書いた手紙を机に置いたら、出発だ。手紙の紙面には、謝罪と決意とこれからのお願いが綴られ、インクの匂いが新鮮に鼻をくすぐる。これで、すべてを断ち切れる。

 これから先はきっと明るい未来が輝いている。僕は不具合のあるオメガなんてものを脱ぎ捨てていくんだ。体に刻まれた運命の枷が、歩くたびに軽くなっていく感覚がする。夜空に輝く星々が、僕の新しい道を照らしているようだ。

「さあ、出発だ」
 意気揚々と屋敷を出て、僕は未来に向かって歩いていくのだった。門をくぐる足音が、力強く響き、風が僕の髪を優しく揺らす。世界が広がり、自由の匂いが満ちている。



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