ラスボス悪女に転生した私が自分を裏切る予定の従者を幸せにするまで

菱田もな

文字の大きさ
54 / 55

守りたいもの-8

しおりを挟む


 少し焦った声と、反射的に腕で支えられる感触に、慌てて謝った。

「ご、ごめんね……!」

 顔を上げると、すぐ目の前に彼の顔があった。
 あまりの近さに慌てて身体を離そうとした、その瞬間──何故か、さらに強く抱き寄せられてしまう。

(どうして、抱きしめるの?!)

「大丈夫?」

 訳もわからず狼狽えるわたしをよそに、レインはなんてことない様子で、そう尋ねてくる。

 だけど、今のわたしは、色んな意味で大丈夫じゃなかった。

(近い近い近い──!! しかも、何かすっごくいい匂いがするんだけど?!)

 俯いて、なんとか必死に耐える。
 とりあえず、一旦冷静にならなくては。このままだと、変なことを口走ってしまいそうだ。

「アナスタシア? どっか怪我でもした?」
「だ、大丈夫! だから離して!」
「それは無理」
「なんでっ?!」

 馬車の揺れはもうおさまっている。支えてもらう必要なんてないはずなのに、どれだけ彼の胸を押しても、離してくれる気配はまったくなかった。

 それでも必死になって抵抗を続けていると、わたしの背中に回る手に力が入るのが分かった。

「ねえ、アナスタシア」

 ふいに名前を呼ばれて、ぴたりと抵抗を止める。先ほどまでの茶化すような雰囲気とは違う、真剣な様子に、思わず緊張で身体が強張った。

「好きだよ」

 けれど、わたしの耳に届いたのは、とても甘くて優しい声だった。

「従者だからでも、家族としてでもない。一人の女性として、君のことが特別で、大切なんだ」

 その言葉に顔を上げると、彼と目が合った。真っ赤な瞳が、まっすぐと、わたしだけを見つめている。

「だから、嫌われるかもしれないなんて、不安に思わなくていい。何があっても、俺が君のことを嫌いになることなんて、絶対にない」

 はっきりとそう断言されて、思わず泣きそうになる。不安も悩みも、全てが彼の言葉で少しずつ溶かされていった。

「アナスタシアが家族として、従者として、俺のことを大切に思ってくれてるのは知ってる。だから、気持ちに応えて欲しいとは思わない」

 わずかに身体を離したレインが、わたしの頬にそっと手を寄せた。

「だから、このままそばにいさせて。それ以上は望まないからさ」

 そう言って、レインは笑った。でもその笑みには、どこか諦めにも似た色があった。
 自分が選ばれるはずがない、と心のどこかで思っているのだろう。

(いつもそう、自分のことを「強欲だ」なんて言うくせに、こういう時はすぐ諦めるんだから……)

 そのまま離れようとするレインを引き留めるように、わたしはその手を、ぎゅっと掴んだ。

「……やだ」

 その言葉に、レインが息を呑むのが分かった。
 わずかに見開かれた瞳には、はっきりとした動揺が浮かんでいる。

「わたしは、このままなんて嫌。……だって、わたしも一人の男の人として、レインのことが好きだから」

 家族として、従者として大切なんだと、ずっと誤魔化してきた。ラスボス悪女のわたしより、ヒロインと幸せになってほしいと、自分に言い聞かせて逃げてきた。

 だけど、本当はずっと前から、彼のことが好きだった。その気持ちに、もう嘘はつきたくない。

「わたしより、相応しい相手がいるのも知っている。でも、わたしはあなたを幸せにしたいし、あなたと幸せになりたい」

 レインが伝えてくれた気持ちや言葉を、わたしも同じように彼に返したい。

「大好きだよ、レイン。世界で一番、あなたが好き」

 レインみたいに上手くは言えなかったけど、繰り返し何度もそう伝えた。少しでも、彼の不安を取り除きたい、その一心で。

「猫被ってにこにこ笑ってる時も好きだけど、わたしの前でだけ愛想悪くなるところも好き。なのに、わたしに触れる手が優しいところとか、あと──」
「わかった、わかったから……ちょっと待って……」

 そう言って、レインは自分の手で顔を覆うと、そのまま黙ってしまった。

(どうしよう、さすがにうざかったかな)

 そう不安になっていたら、髪の毛の間からのぞく彼の耳が、ほんのり赤くなっているのを見て、わたしは思わず目を丸くした。

「レインが……照れてる……?!」
「いや、そりゃ照れるでしょ。好きな子にあんな熱烈な告白されたら」
「す、好きな……子……」

 その言葉に、今度はわたしの顔が赤くなる番だ。

「もう一回、抱きしめてもいい?」

 レインが小声でそう尋ねてきた。その言葉に、わたしの心臓が跳ねる。さっきまでは遠慮なく抱きしめてきたのに、そんなのずるい。

「……う、うん」

 そっと抱き寄せられて、わたしもゆっくりと彼の背中に手を回した。暖かな体温と彼の匂いに包み込まれて、思わず笑みが溢れる。

「俺、ちゃんと頑張るから」
「頑張る?」
「堂々と君の隣にいられるように。ちゃんと周りに認めてもらえるよう、努力する」

 今のわたしたちでは、周りに恋人同士だと言えない。だけどこうして、レインがわたしとの将来のことを、ちゃんと考えてくれているのだと分かって、嬉しかった。

「……ありがとう、わたしも頑張るね。ずっとレインの隣にいたいから」

 それからしばらくの間、わたしたちはお互いの気持ちをたくさん伝え合い、いろんな話をした。胸がいっぱいになるくらい幸せな時間だったのだが……

「そういえば、魔術師の女が言ってたけど、危険なことに首を突っ込んでるって本当?」
「え、えーっと……それは、その、危険なことというか……ただちょっと失敗すると、死ぬかもしれないってだけで……」

 マルガレーテさんの話題が出たところから、雲行きが怪しくなってしまった。

「は? なにそれ、どういうこと。ちゃんと説明して」

 先ほどまでの甘い空気はどこへいってしまったのだろう。屋敷に着くまでの間、彼の長い尋問を受けることとなってしまったのだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

しつこい公爵が、わたしを逃がしてくれない

千堂みくま
恋愛
細々と仕事をして生きてきた薬師のノアは、経済的に追い詰められて仕方なく危険な仕事に手を出してしまう。それは因縁の幼なじみ、若き公爵ジオルドに惚れ薬を盛る仕事だった。 失敗して捕らえられたノアに、公爵は「俺の人生を狂わせた女」などと言い、変身魔術がかけられたチョーカーを付けて妙に可愛がる。 ジオルドの指示で王子の友人になったノアは、薬師として成長しようと決意。 公爵から逃げたいノアと、自覚のない思いに悩む公爵の話。 ※毎午前中に数話更新します。

『やりたくないからやらないだけ 〜自分のために働かない選択をした元貴族令嬢の静かな失踪〜』

鷹 綾
恋愛
「やりたくないから、やらないだけですわ」 婚約破棄をきっかけに、 貴族としての役割も、評価も、期待も、すべてが“面倒”になった令嬢ファーファ・ノクティス。 彼女が選んだのは、復讐でも、成り上がりでもなく―― 働かないという選択。 爵位と領地、屋敷を手放し、 領民の未来だけは守る形で名領主と契約を結んだのち、 彼女はひっそりと姿を消す。 山の奥で始まるのは、 誰にも評価されず、誰にも感謝せず、 それでも不自由のない、静かな日々。 陰謀も、追手も、劇的な再会もない。 あるのは、契約に基づいて淡々と届く物資と、 「何者にもならなくていい」という確かな安心だけ。 働かない。 争わない。 名を残さない。 それでも―― 自分の人生を、自分のために選び切る。 これは、 頑張らないことを肯定する物語。 静かに失踪した元貴族令嬢が、 誰にも縛られず生きるまでを描いた、 “何もしない”ことを貫いた、静かな完結譚。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない

魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。 そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。 ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。 イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。 ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。 いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。 離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。 「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」 予想外の溺愛が始まってしまう! (世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!

婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた

夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。 そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。 婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。

モブ令嬢、当て馬の恋を応援する

みるくコーヒー
恋愛
侯爵令嬢であるレアルチアは、7歳のある日母に連れられたお茶会で前世の記憶を取り戻し、この世界が概要だけ見た少女マンガの世界であることに気づく。元々、当て馬キャラが大好きな彼女の野望はその瞬間から始まった。必ずや私が当て馬な彼の恋を応援し成就させてみせます!!!と、彼女が暴走する裏側で当て馬キャラのジゼルはレアルチアを囲っていく。ただしアプローチには微塵も気づかれない。噛み合わない2人のすれ違いな恋物語。

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

処理中です...