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悪女の特訓-1
レインに魔法の特訓をしてもらうようになって数週間たった、ある日のこと。
「………もう、むりぃ……!」
私は庭の真ん中で泣きそうになっていた。
「泣き言を言ってる暇なんてないから。ほら、さっさとやりな」
冷たく言い放つレインをじろりと睨む。しかし、当の本人は全く気にしていないようだ。
あの日以来、レインとこうして魔法の特訓をするようになったのはいいのだが、彼の指導はスパルタすぎて早くも心が折れそうだった。
そもそもこの世界における魔法の基礎的なところが全く分かっていないわたしに、いきなり実戦で使うような高度な魔法の特訓から始めるのが間違っている。
そう文句を言ったが、彼は平然とした様子で「だって、一日でもはやく女狐を泣かしたいでしょ?」などと言ってのけたのだ。
(だからわたしは仲良くしたいのだってば…)
何度そう訴えても無駄なので、最終的には彼の言うとおり、お母様を泣かすことを目標に頑張ることになった。ごめんなさい、お母様。
「ほら、さっさとやる」
心の中でお母様に謝罪をしていれば、痺れを切らしたレインが急かす。その様子にわたしは渋々、両手に魔力を込めたのだった。
♢♢♢♢
「……ゔーん……」
低く唸りながら、わたしは必死に力を込めていた。
今日の特訓内容は浮遊魔法だ。これが思ったよりも大変で「浮遊魔法とかかっこいい! やりたい!」なんて言った数分前の自分を殴りたい。
「ぐぅ……ふっ……」
自分を浮かせるなんてもってのほか、庭に落ちていた小枝にすら苦戦をしている。そんなわたしの様子を、レインは呆れた顔で見ていた。
「アナスタシア様? それでは日が暮れてしまいますよ」
「……わかってる、けど…っ!」
他に誰もいないのにわざとらしく敬語を使うレインに苛立ちを覚えるが、わたしは小枝を浮かせることに必死で、それどころではない。
そして二十分、いや三十分ぐらい格闘してようやく地面から数ミリ程度ではあるが、小枝を浮かせることができた。しかし、同時に集中力が切れてしまい、地面に小枝が落ちる。すると、レインがつかさず「もう一回」と告げるのだった。
その繰り返しに、わたしはとうとうその場に座り込んで叫んだ。
「……もう……むりぃ!! ねえ! 休憩したい!」
息も絶え絶えにレインにそう訴えたが、彼は首を左右に振った。
「だめ、そのまま続けな」
「嘘でしょ?! レインの鬼!」
「何を言われても二本同時に浮かせるまで終わらないから」
そう言って目の前の枝を増やすレイン。一本でさえ大変なのに、二本同時だなんてひどすぎる。涙目でレインを睨むが、彼はただにこりと微笑むだけだった。
(この悪魔め……!)
あの後、なんとか無事に小枝を二本同時に浮かせることに成功した。疲労からその場に座り込みそうになったわたしを構うことなく、そのまま次のステップへと進もうとするレインに、思わず声を荒げた。
「流石に休憩させて! もうヘトヘトだよ!」
「これぐらいでバテるなんて体力なさすぎ。そんなのでこれから先どうするのさ」
「そんなこと言われても無理なものは無理! このままじゃ疲労で死んじゃう」
文句を言えば、レインは仕方ないと言いたげにため息をついた。ようやく休憩できるとほっとしていれば、彼は予想外の言葉を口にした。
「……じゃあソウル魔法の特訓は? これなら使ったことがあるから簡単でしょ?」
レインの言葉に思わず口を開いたまま固まる。どうやら何が何でも彼はわたしに休憩をさせたくないらしい。
しかも、ソウル魔法の特訓だなんて。使ったことがあるといっても、一度だけだ。しかも、その一回だって無我夢中だったので、どうやって発動したのかも曖昧だ。
「ソウル、マホウ」
「何で片言?」
「だって、だって! ようやく休憩できると思ったらまだ特訓が続くし、内容も全然簡単じゃないし、それにわたしのソウル魔法は……」
そこまで口にして、ふとあの日の光景が脳裏に浮かんだ。ヒビが入って壊れた建物、血まみれで横たわる男たち。自分の身を守るためにやったとはいえ、とても恐ろしかった。もし、レインも同じように傷つけてしまったら……?
突然黙り込んだわたしを見て、察したレインが「ああ」と声を漏らした。
「あれぐらいの威力なら何とでも防げるから気にしなくていい」
「……嘘でしょ?」
予想外の返答に目をぱちぱちと瞬きをする。自分でいうのも何だが、わたしのソウル魔法の威力は結構強いものだと思っていた。しかし、どうやら彼にとってはそうでもないらしい。
(あれぐらいの威力だなんて……作中トップクラスの強さをもつ男は言うことが違うな)
少しだけ感動をしていれば、はやくと言わんばかりの彼の態度に、慌てて頭の中でイメージを膨らませていく。
(そうは言ってもあの時は無我夢中だったからよく覚えてないんだよねぇ……とにかくまずは武器を出すことに集中しよう)
そう思いながらも、必死にあの日見た武器の形を脳内でイメージしていれば、まばゆい光とともに杖が目の前に姿を現した。
「……よし」
軽く気合を入れて目の前の杖を手に取る。あの日以来、使うことのなかったソウル魔法。少しだけ緊張するが、とりあえずあの時と同じようにその場で振りかざしてみた。
「あれ……?」
しかし、何も起こらない。つかさずもう一度、と同じように振りかざすが、上手く魔法を発動することが出来ずにいた。
それから何度か繰り返し杖を振りかざしてみたが、結局何も起こらなかった。その場で首を傾げるわたしに、今までの光景を黙って見ていたレインが口を開いた。
「これは俺の予想だけど」
レインはそう前置きをすると、言葉を続けた。
「アナスタシアのソウル魔法の特性は「破壊」だと思う」
「破壊?」
さすがラスボス悪女。特性が何とも物騒だ。
「ソウル魔法は自身の魂を武器に実体化する魔法だ。魂といっても、魔法の威力や発動には意識的な感情や思考にも左右されるところもある」
「感情や思考……」
「強く思えば思うほど、ソウル魔法はそれに応えてくれる。もちろん、その逆もある」
「……つまり、発動できないのはわたしがわたしのソウル魔法の特性を否定しているからってこと?」
確かにあの日の光景を目にしたとき、自分の魔法で誰かをあんな風に傷つけるなど、嫌だと思った。あんな恐ろしい魔法はもう二度と使いたくないと。
その気持ちが今回ソウル魔法を発動できないことに関係しているということは、この先わたしは一生ソウル魔法を使えないのだろうか。
(破壊の特性なんて恐ろしいから使えなくても困らないけど。だけど、もし人を傷つけるため以外に使えることがあれば……)
俯きながらぐるぐると考えていれば、レインがわたしの肩に優しく触れた。そして「少し休憩しな」というレインの言葉に、わたしはこくこくと頷いたのだった。
「ねえ、レインもソウル魔法が使えるの?」
二人並んで庭のベンチに腰掛ける。いい機会だと思い、わたしは以前から気になっていたことを彼に問いかけた。
「まあ、一応」
「どんなの? 見たい!」
本編でも明かされなかったレインのソウル魔法。そんなレア情報を知ることができるなんて、作品のファンとしては嬉しい。そう思い、目をキラキラと輝かせてお願いをしたが、彼は首を横に張った。
「どうして駄目なの?」
「危ないから」
「危ない?」
「そう。最近使ってないから加減を間違そうだし。俺が加減を間違えて、アナスタシアの首と胴体がさよなら、なんてことになったら困るから」
その言葉にわたしも勢いよく首を縦に振る。さらりと恐ろしいことを言うのはやめてほしい。
現時点で、すでにそこまで威力が強いとは。やはり恐ろしい男だ。
少しだけ引き攣った表情を浮かべていれば、レインが首を傾げた。
「そんなに不安なら隷属の誓約で命令しとけば? 自分にはソウル魔法を使うなって」
「そんなのしないよ。隷属の誓約は使いたくないし。それに、そんな事をしなくてもレインを信じてるから大丈夫」
レインが故意に私を傷つけることは現時点ではないと信じている。なので、そう素直に告げれば、彼はどこか満足気に微笑んだ。
「そう。じゃあ、アナスタシアが強くなったら、その時は見せてあげる」
その言葉に、わたしも「わかった、約束ね」と頷いた。
これは色んな意味で一刻もはやく強くならなければいけない、そう心の中で誓いを立てていれば、遠くからわたしを呼ぶ声が聞こえてきた。
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