恋人はメリーゴーランド少年だった。

夏目奈緖

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 俺は血を見ても平気だと思う。コルクボードを引っかいたことで、指や爪から血が出るのも、いつものことだからだ。痛みにも鈍感だと思う。今は不思議と痛みが分かる。いつもなら痛くないと思う。それだけの怪我をしたということだと思った。両親は何というだろう。もっと気をつけなさいと叱られるだろうか。いや、それはないと思う。助けようとしたことを分かって貰えると思う。そばにいる山本さんからも同じように言ってくれている。僕が悪かったのだと謝られてしまった。いや俺が声をかけたら驚いて倒れたのだと思うと返事をすると、黒崎から心配そうにされた。今は静かにしておく方がいいと言われた。

 自然と体が痛みで震え始めたとき、黒崎が胸の辺りを優しく叩いてくれた。このリズムが心地良いと思った。心拍数が安定するからだ。これ以上の痛みが起きそうもないと思い安心してため息をついたとき、黒崎の方から語りかけるかのように話しかけられた。

「救急車を呼んだ。少し話したいけどいい?」
「はい……」 
「名前は?年はいくつ?」
「中山夏樹です。18歳です」
「高校三年生なんだね。学校はどこ?」
「開明高校です」
「全国から生徒が集まって来ている学校だろう。すごい進学校じゃないか。頑張っているんだね、えらいよ」
「いえ。俺は問題児だから仕方なくって……。お兄さんは、どこだったんですか?」
「天王寺だよ」
「そっちの方が、すごいと思うけど……」
「昔のことだから忘れたよ」
「そうなんですか。有名だと思う。あ、でも、開明って言わない方がよかったかも……」

 天王寺高校は県内トップの県立高校だ。俺が最初に目指していた学校でもある。中学時代に素行が悪くて不合格になるのが分かりきっていたから、受験すらしていない。

 開明高校は問題児でも受け入れてくれるから、俺でも合格した。学校名を言うのは気が引けるのにすんなり言ってしまった。何かあると思われるからこそ、はぐらかせる方が良かったと思った。この怪我の原因は、俺の方にあるのだと思われるかもしれない。そう考えてもおかしくないぐらいにアンバランスな気質の生徒が集まっていると思われている学校だからだ。

 今さら後悔しても遅いし、巻き込まれたのだと分かってもらえるはずだと自問自答した。今は自分のことよりも、酔っぱらって倒れてきた山本さんのことを心配するべきだろう。きっと俺が悪かったに違いない。

 そう思ったとき、優しく肩に手を置いてくれながら、黒崎が笑った。考えていることが顔に出たのだろうか。そんなはずはないのに。喜怒哀楽すら演じているのだから。

「中山君。僕の高校時代は昔のことだ。そうだ。……好きな子はいる?クラスの子?」
「え?ごめんなさい。いきなりだったから。好きな子はいません。女の子みたいだから、恋愛対象外だそうです。どうしてだろ……。外見の悩みを笑いながら言えた……」
「そう見えないけれどね。僕が立候補してもいい?」
「ははは……」
「やっと笑ってもらえた」

 自然と笑みが浮かんだ。怪我で痛みがあるのに、話している間に和らいできた。さらに黒崎が冗談を言うから、お腹まで痛くなって来た。今まで同性から告白をされては断ってきた。この手の冗談が嫌いなのに。駅で歩いていると、しつこくナンパをされている。男にモテても嬉しくない。それなのに笑ってしまった。

「こんな時にナンパしないでください。でも、面白いね……」
「気に入ってくれたなら遊びに行こう。連絡先を教えてくれるかな?」
「変なお兄さん……」
「サイレンが聞こえてきたぞ。妹さんですか?」
「はい!お兄ちゃん! 」
「万理、ごめんね……」

 遠くの方で万理の声が聞こえてきた。たぶんそばにいると思う。声をかけたいのにできなくなった。声の感じだと黒崎のことを怖がっていないようだ。それでも、万理のことが心配だ。山本さんのことも。なんとか起き上がろうとしたけど難しかった。めまいが起きたからだ。気を失う直前だと分かった。

 知らない大人の前で気を失いたくない。どんなに酷いことが起きるのか分からないと思っていた。それなのに、黒崎の前では安心できた。

 目が覚めたときに、そばにいてくれるといいのに。霞んでいく視界の中で、黒崎の顔を見つめながらそう思った。だから、何も怖くなかった。
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