恋人はメリーゴーランド少年だった。

夏目奈緖

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 五分後。車が発進された後、俺達はしばらく無言のままだった。志木駅近くの大通りまで出たところで、黒崎から話しかけられた。一体どうしたのかと心配されてしまった。こうして黒崎のことを考えている内にうわの空になることがある。気を遣わせるから気をつけないといけないと思った。

「夏樹。おはよう。今朝は機嫌がよさそうだな」
「黒崎さん。おはよう。ごめんね。ぼんやりしていたんだ」
「笑っているから安心できている。何かあったのか?」
「黒崎さんが面白い話をしてくれるからさ。思い出していたんだ」
「そうか。今晩電話してもかまわないか?友達同士になりたい。お前の話を聞かせてくれ」
「もちろんいいよ。でも、黒崎さんは仕事で疲れているんじゃないの?」
「俺の方は気にしなくてかまわない。警戒しないでほしい。打ち解けてもらいたいからだ。友達なら電話で話してもおかしくない。どんな話をしようか?将来の夢とか学校の悩みを聞きたい」
「夢のある話がいい」
「どんな話がいい?霞を食べている仙人か。それとも夢を食べている獏か」 
「おとぎ話が聞きたいな。俺は絵本が好きなんだ。もしかして、黒崎さんも好き?」
「いや、そうでもなかった。白雪姫、シンデレラ、これぐらいしか知らないが……。お前の好きな話のタイトルを教えろ」 
「”ラプンツェル”と、“てぶくろを買いに”が好きなんだ」
「ラプンツェルは髪の毛の長い女の子の話だったか?塔の上に住んでいる。伸ばした髪の毛を梯子の代わりにして、恋人を招き入れるやつか?」
「そうだよ。詳しいね。意外だな」
「どんなところが好きなんだ?」
「そこまでして会いたい相手なのかと思ってさ。いい人に見えないのにって。ラプンツェルの気持ちに興味があるんだ」
「俺とは電話で話したくないのか?」
「ううん……」

 そういうつもりで言っていない。俺の話し方は誤解を招くようだ。素直にこのことを言うと、黒崎から微笑み返しを受けた。何かと黒崎には親切にして貰っている。それなのに素直になれない自分がいる。

 俺のことでドン引きしたのではないかと聞くと、黒崎が軽く首を振った。全くないそうだ。その理由は、進むか引き返すしか選択肢がないからだそうだ。一歩引いたところで、現状は何も変わらないと言われてしまった。俺にとっては目から鱗のような気分だ。こういう考え方もあるのかと学びになった。

(あ……。俺の機嫌が悪いのかな?)

 その時だ。黒崎の手が俺の頭を撫でた。そして、俺に触られて平気か?と聞かれた。一体何のことかと思って戸惑っていると、万理から聞いた話があるからだと言い出した。小学生の起きた事件の後、万理だけでなく、俺も男が近くに来ると緊張するのだと聞いたそうだ。

 俺はそう思っていなかったから、違うよと答えた。でも、黒崎があっさりと頷いてくれなかった。俺が触ると嫌だろうと言っている。そこでまた俺はそんなことは無いと言い返した。そして、ハッとなった。きつい言い方になったからだ。こういう面で気をつけないといけないと思った。

「夏樹。いきなり聞いてすまなかった。気になっていたからだ」
「大丈夫だよ。きつい言い返し方をしてごめんなさい」
「いや。俺が悪かった。夏樹。俺のことを恋人候補にしてくれと言ったことを覚えているか?」
「もちろんだよ。面白いっていうか、変な人だなって思った」

 今も思っているなんて言わない方がいいと思った。黒崎と喧嘩をしたくないからだ。俺が大丈夫だというからなのか、黒崎から何度も頭を撫でられ続けた。心地良いと思った。そして、胸の鼓動が早くなった。やっぱり俺は黒崎に恋愛感情を持っているのだと思う。恋人候補という言葉を出されたから、ますます彼のことを意識してしまった。

 この間も同じことを言われた。きっと俺のことを笑わせようとしているのだと思う。俺がいいよという返事をしたら、ひっくり返されてしまうに決まっている。そこでまた俺は考えた。YESと返事をしたらどうなるかと思った。きっと失恋確定だと思った。どうせそうなると思ったから、思い切ってYESと返事をしてみることにした。

「いいよ。恋人候補に入れてあげても」
「本当に?」
「うん。どうせひっくり返すんだろ?俺の嫌みへの嫌みだろ?」
「いいや。付き合って貰いたい」
「いいよ。付き合っても。恋人同士になってもいいよ」
「これで決定だ。俺達は恋人同士になったということだ」
「本気で言っているの?」
「ああ。本気だ」

 どうせ嘘に決まっている。そう思って黒崎のことを見つめた。でも、彼は嘘や冗談を言っているようには見えなかった。そして、車が信号待ちに差し掛かって止まったとき、黒崎が近づいてきた。そして、俺の頬にキスをした。

 いきなりのことに驚いて背中に汗が流れた。好きな人からのキスなのに動揺してしまった。初めてだったからだ。そして、黒崎がこう言った。これで恋人同士の誓いを済ませたのだと。俺はふざけるなと思った。もっと話し合いをするべきでは無いかと思ったからだ。
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