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8-18(黒崎視点)
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21時。
葉月優衣とのメールを終えて、携帯電話を閉じた。夏樹に話して良かったと思った。そして、さっきの夏樹の表情を思い浮かべて、背中に汗が流れた。そして、微笑みが浮かぶのを感じた。夏樹は俺に対して恋愛感情を持っているのだと思った。さっきは無理に付き合えと言ってしまったことを後悔した。俺としては、自然に恋人同士になれればいいと思っている。彼のことを離すつもりはない。
この家に夏樹を呼んでよかったと思っている。さっきはこの部屋で初めて星空を眺める経験をした。仕事と家との往復では、こういう時間を過ごすことが少なかった。子供の頃には実家の庭で星を眺めたり、庭の白い花の絵を描いたりした後、両親にそれを見せていた。とても上手に描けたねと褒めてもらいたかったからだ。あの頃は誰かそばにいてもらいたいという気持ちが強かった。今の自分はどうだろうか。夏樹と会うまでは、そういう気持ちを失っていた。しかし、今ここにいる自分は、また昔に戻ってきた気がする。夏樹にそばにいてもらいたいと思っているからだ。
(昔の自分に戻れた気がする。夏樹にここで暮らしてもらえないか……)
ここまで思うことが不思議だ。誰かと暮らすことなど、この先は無いとまで思っていたのに。夏樹から嫌みを言われても、何をされても、可愛くて仕方がない。ただ一緒にいるだけでは無く、どこでも一緒にでかける恋人同士の関係になりたい。
「夏樹。ケーキの味はどうだ?」
「美味しいよ!」
夏樹のことを見つめた。ケーキを一口食べては美味しいと言い、微笑んでいる。可愛いと思った。さっきまでの俺の強引な態度を嫌がっていたが、また今度話すと言った後は普段通りに戻ってくれた。これまで付き合ってきた男女とは違うと思った。さっぱりした性格の一面があることがありがたいと思う。ますます彼に惹かれていきそうだ。
「あ、ニュースが始まったよ」
「お父さんが出るんだったな。記者会見の方なのか。コメンテーターかと思った」
「事件の方だよ。ない方がいいよね。俺もそうかと思っていたんだ」
「見なくてかまわない。チャンネルを変えよう」
「もうすぐ出るみたいだよ。あ、始まったよ」
「ああ」
その時だ。テレビのニュースが進み、見慣れた人物が映し出された。夏樹の父親の中山和司氏だ。先月起きた事件の当事者の弁護団としての会見を行っている。
父親としての顔とテレビ画面では、大きく印象が違う。プライベートの中山氏は、穏やかに笑いながら冗談を言う人だが、弁護士としての顔は冷静そのものだ。夏樹の表情とよく似ている。顔立ちは母親似だが、性格的なものが引き継がれたのだろう。
ニュースが終わった後、夏樹が黙々とケーキを食べ始めた。何か声をかけたいが、言葉が出て来ない。泣いた理由と事件のニュースに関係はないだろうが、連想させた可能性がある。
「黒崎さん。話してもいい?……さっきの事件だけどさ。どんな人でも事情があるけど。良い事と悪い事は、シンプルなものじゃないかと思ってるんだ。誰が間違っているか正しいかどうかは、その時の状況で変わるもん。善と悪で判断する方がいいよ。……もっと話してもいい?」
「もちろんだ。聞かせてくれ」
俺のことを言っているのだろうかと思い、胸の鼓動が高鳴った。そして、胸が痛くなった。さっきの自分は強引で悪いことをしたと思っている。しかし、彼に気持ちを伝えるためにやったことだ。あれが精一杯の気持ちの伝え方だった。不器用なことだと、自分を恥ずかしいと思った。キスをせずに、話すだけにすれば良かったと後悔した。
「うちのお父さんって、けっこう有名みたいでさ。小学生の時にさーー、学校に行くと、同じクラスの子から余計なことを言われたり、聞かれたりしたんだ。弁護士の息子として、何か言えってさ。馬鹿馬鹿しかったよ。中学のときはね、夏休みの宿題の研究発表とか、模試でいい結果を出すとね、あのお父さんの息子だからって、褒める大人がいたよ。開明へ入ってからは一切なくなったから、あの学校を選んで良かった。いつでもお父さんの名前が付いて回っていたから」
夏樹の顔が赤くなった。何か思い出したのだろう。嫌なことかもしれない。彼は父親のことが好きだ。毎日の送迎では、話題に出ない日がない。いつも笑いながら話している。仲が良いことが羨ましいと思った。もっと話してくれと言うと、彼が軽く頷いた。父親のことを尊敬しているかと聞くと、また頷いていた。
「もちろん尊敬しているよ。お父さんの名前が出るのは仕方がないって思っているよ。お父さんのことを越えられたらいいなって思っていたんだ。今は超えなくても良いって思っているよ。どうしてか分かる?」
「意味がないと思っているからか?」
「うん。それに近いよ。将来何をしろとか言わない人なのに、去年、弁護士を目指したらどうかって言われたんだ。同じ職業だと、越えることなんて出来ないよ。別のことで勝負したいと思った。……でも、越えるってなんだろうね?基準はないもん。この考え方は田中先生に教えてもらったんだ。俺に合ってると思う。だから、越えることを目指すのをやめたよ」
「自分自身がしっかりしていればいい」
「だから黒崎さんのことが好きなんだ!」
夏樹が弾けたように笑った。大人びた顔でニュースを見つめているかと思えば、小さな子供のように笑っている。そして、ケーキの皿を手に取り、嬉しそうに食べ始めた。クリームを口元に付けている。まるでメリーゴーランドのように表情が華やかだと思った。そして、彼のことが大好きだと思った。
こうして話している内にニュース画面が切り替わり、今度は動物園のカンガルーが映し出された。良かったら今度は動物園に行かないか?と夏樹に聞くと、嬉しそうに頷いていた。
今日買ったケーキが美味しいという感想も聞かせてくれた。ベランダでの怒りに震えていた姿とは正反対だ。楽しそうにテレビを見ている夏樹のことを見つめながら、初めてこの家に泊まってもらった夜が更けていった。
葉月優衣とのメールを終えて、携帯電話を閉じた。夏樹に話して良かったと思った。そして、さっきの夏樹の表情を思い浮かべて、背中に汗が流れた。そして、微笑みが浮かぶのを感じた。夏樹は俺に対して恋愛感情を持っているのだと思った。さっきは無理に付き合えと言ってしまったことを後悔した。俺としては、自然に恋人同士になれればいいと思っている。彼のことを離すつもりはない。
この家に夏樹を呼んでよかったと思っている。さっきはこの部屋で初めて星空を眺める経験をした。仕事と家との往復では、こういう時間を過ごすことが少なかった。子供の頃には実家の庭で星を眺めたり、庭の白い花の絵を描いたりした後、両親にそれを見せていた。とても上手に描けたねと褒めてもらいたかったからだ。あの頃は誰かそばにいてもらいたいという気持ちが強かった。今の自分はどうだろうか。夏樹と会うまでは、そういう気持ちを失っていた。しかし、今ここにいる自分は、また昔に戻ってきた気がする。夏樹にそばにいてもらいたいと思っているからだ。
(昔の自分に戻れた気がする。夏樹にここで暮らしてもらえないか……)
ここまで思うことが不思議だ。誰かと暮らすことなど、この先は無いとまで思っていたのに。夏樹から嫌みを言われても、何をされても、可愛くて仕方がない。ただ一緒にいるだけでは無く、どこでも一緒にでかける恋人同士の関係になりたい。
「夏樹。ケーキの味はどうだ?」
「美味しいよ!」
夏樹のことを見つめた。ケーキを一口食べては美味しいと言い、微笑んでいる。可愛いと思った。さっきまでの俺の強引な態度を嫌がっていたが、また今度話すと言った後は普段通りに戻ってくれた。これまで付き合ってきた男女とは違うと思った。さっぱりした性格の一面があることがありがたいと思う。ますます彼に惹かれていきそうだ。
「あ、ニュースが始まったよ」
「お父さんが出るんだったな。記者会見の方なのか。コメンテーターかと思った」
「事件の方だよ。ない方がいいよね。俺もそうかと思っていたんだ」
「見なくてかまわない。チャンネルを変えよう」
「もうすぐ出るみたいだよ。あ、始まったよ」
「ああ」
その時だ。テレビのニュースが進み、見慣れた人物が映し出された。夏樹の父親の中山和司氏だ。先月起きた事件の当事者の弁護団としての会見を行っている。
父親としての顔とテレビ画面では、大きく印象が違う。プライベートの中山氏は、穏やかに笑いながら冗談を言う人だが、弁護士としての顔は冷静そのものだ。夏樹の表情とよく似ている。顔立ちは母親似だが、性格的なものが引き継がれたのだろう。
ニュースが終わった後、夏樹が黙々とケーキを食べ始めた。何か声をかけたいが、言葉が出て来ない。泣いた理由と事件のニュースに関係はないだろうが、連想させた可能性がある。
「黒崎さん。話してもいい?……さっきの事件だけどさ。どんな人でも事情があるけど。良い事と悪い事は、シンプルなものじゃないかと思ってるんだ。誰が間違っているか正しいかどうかは、その時の状況で変わるもん。善と悪で判断する方がいいよ。……もっと話してもいい?」
「もちろんだ。聞かせてくれ」
俺のことを言っているのだろうかと思い、胸の鼓動が高鳴った。そして、胸が痛くなった。さっきの自分は強引で悪いことをしたと思っている。しかし、彼に気持ちを伝えるためにやったことだ。あれが精一杯の気持ちの伝え方だった。不器用なことだと、自分を恥ずかしいと思った。キスをせずに、話すだけにすれば良かったと後悔した。
「うちのお父さんって、けっこう有名みたいでさ。小学生の時にさーー、学校に行くと、同じクラスの子から余計なことを言われたり、聞かれたりしたんだ。弁護士の息子として、何か言えってさ。馬鹿馬鹿しかったよ。中学のときはね、夏休みの宿題の研究発表とか、模試でいい結果を出すとね、あのお父さんの息子だからって、褒める大人がいたよ。開明へ入ってからは一切なくなったから、あの学校を選んで良かった。いつでもお父さんの名前が付いて回っていたから」
夏樹の顔が赤くなった。何か思い出したのだろう。嫌なことかもしれない。彼は父親のことが好きだ。毎日の送迎では、話題に出ない日がない。いつも笑いながら話している。仲が良いことが羨ましいと思った。もっと話してくれと言うと、彼が軽く頷いた。父親のことを尊敬しているかと聞くと、また頷いていた。
「もちろん尊敬しているよ。お父さんの名前が出るのは仕方がないって思っているよ。お父さんのことを越えられたらいいなって思っていたんだ。今は超えなくても良いって思っているよ。どうしてか分かる?」
「意味がないと思っているからか?」
「うん。それに近いよ。将来何をしろとか言わない人なのに、去年、弁護士を目指したらどうかって言われたんだ。同じ職業だと、越えることなんて出来ないよ。別のことで勝負したいと思った。……でも、越えるってなんだろうね?基準はないもん。この考え方は田中先生に教えてもらったんだ。俺に合ってると思う。だから、越えることを目指すのをやめたよ」
「自分自身がしっかりしていればいい」
「だから黒崎さんのことが好きなんだ!」
夏樹が弾けたように笑った。大人びた顔でニュースを見つめているかと思えば、小さな子供のように笑っている。そして、ケーキの皿を手に取り、嬉しそうに食べ始めた。クリームを口元に付けている。まるでメリーゴーランドのように表情が華やかだと思った。そして、彼のことが大好きだと思った。
こうして話している内にニュース画面が切り替わり、今度は動物園のカンガルーが映し出された。良かったら今度は動物園に行かないか?と夏樹に聞くと、嬉しそうに頷いていた。
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