恋人はメリーゴーランド少年だった。

夏目奈緖

文字の大きさ
69 / 152

8-18(黒崎視点)

しおりを挟む
 21時。

 葉月優衣とのメールを終えて、携帯電話を閉じた。夏樹に話して良かったと思った。そして、さっきの夏樹の表情を思い浮かべて、背中に汗が流れた。そして、微笑みが浮かぶのを感じた。夏樹は俺に対して恋愛感情を持っているのだと思った。さっきは無理に付き合えと言ってしまったことを後悔した。俺としては、自然に恋人同士になれればいいと思っている。彼のことを離すつもりはない。

 この家に夏樹を呼んでよかったと思っている。さっきはこの部屋で初めて星空を眺める経験をした。仕事と家との往復では、こういう時間を過ごすことが少なかった。子供の頃には実家の庭で星を眺めたり、庭の白い花の絵を描いたりした後、両親にそれを見せていた。とても上手に描けたねと褒めてもらいたかったからだ。あの頃は誰かそばにいてもらいたいという気持ちが強かった。今の自分はどうだろうか。夏樹と会うまでは、そういう気持ちを失っていた。しかし、今ここにいる自分は、また昔に戻ってきた気がする。夏樹にそばにいてもらいたいと思っているからだ。 

(昔の自分に戻れた気がする。夏樹にここで暮らしてもらえないか……)

 ここまで思うことが不思議だ。誰かと暮らすことなど、この先は無いとまで思っていたのに。夏樹から嫌みを言われても、何をされても、可愛くて仕方がない。ただ一緒にいるだけでは無く、どこでも一緒にでかける恋人同士の関係になりたい。

「夏樹。ケーキの味はどうだ?」
「美味しいよ!」

 夏樹のことを見つめた。ケーキを一口食べては美味しいと言い、微笑んでいる。可愛いと思った。さっきまでの俺の強引な態度を嫌がっていたが、また今度話すと言った後は普段通りに戻ってくれた。これまで付き合ってきた男女とは違うと思った。さっぱりした性格の一面があることがありがたいと思う。ますます彼に惹かれていきそうだ。

「あ、ニュースが始まったよ」
「お父さんが出るんだったな。記者会見の方なのか。コメンテーターかと思った」
「事件の方だよ。ない方がいいよね。俺もそうかと思っていたんだ」
「見なくてかまわない。チャンネルを変えよう」
「もうすぐ出るみたいだよ。あ、始まったよ」
「ああ」

 その時だ。テレビのニュースが進み、見慣れた人物が映し出された。夏樹の父親の中山和司氏だ。先月起きた事件の当事者の弁護団としての会見を行っている。

 父親としての顔とテレビ画面では、大きく印象が違う。プライベートの中山氏は、穏やかに笑いながら冗談を言う人だが、弁護士としての顔は冷静そのものだ。夏樹の表情とよく似ている。顔立ちは母親似だが、性格的なものが引き継がれたのだろう。

 ニュースが終わった後、夏樹が黙々とケーキを食べ始めた。何か声をかけたいが、言葉が出て来ない。泣いた理由と事件のニュースに関係はないだろうが、連想させた可能性がある。

「黒崎さん。話してもいい?……さっきの事件だけどさ。どんな人でも事情があるけど。良い事と悪い事は、シンプルなものじゃないかと思ってるんだ。誰が間違っているか正しいかどうかは、その時の状況で変わるもん。善と悪で判断する方がいいよ。……もっと話してもいい?」
「もちろんだ。聞かせてくれ」

 俺のことを言っているのだろうかと思い、胸の鼓動が高鳴った。そして、胸が痛くなった。さっきの自分は強引で悪いことをしたと思っている。しかし、彼に気持ちを伝えるためにやったことだ。あれが精一杯の気持ちの伝え方だった。不器用なことだと、自分を恥ずかしいと思った。キスをせずに、話すだけにすれば良かったと後悔した。

「うちのお父さんって、けっこう有名みたいでさ。小学生の時にさーー、学校に行くと、同じクラスの子から余計なことを言われたり、聞かれたりしたんだ。弁護士の息子として、何か言えってさ。馬鹿馬鹿しかったよ。中学のときはね、夏休みの宿題の研究発表とか、模試でいい結果を出すとね、あのお父さんの息子だからって、褒める大人がいたよ。開明へ入ってからは一切なくなったから、あの学校を選んで良かった。いつでもお父さんの名前が付いて回っていたから」

 夏樹の顔が赤くなった。何か思い出したのだろう。嫌なことかもしれない。彼は父親のことが好きだ。毎日の送迎では、話題に出ない日がない。いつも笑いながら話している。仲が良いことが羨ましいと思った。もっと話してくれと言うと、彼が軽く頷いた。父親のことを尊敬しているかと聞くと、また頷いていた。

「もちろん尊敬しているよ。お父さんの名前が出るのは仕方がないって思っているよ。お父さんのことを越えられたらいいなって思っていたんだ。今は超えなくても良いって思っているよ。どうしてか分かる?」
「意味がないと思っているからか?」
「うん。それに近いよ。将来何をしろとか言わない人なのに、去年、弁護士を目指したらどうかって言われたんだ。同じ職業だと、越えることなんて出来ないよ。別のことで勝負したいと思った。……でも、越えるってなんだろうね?基準はないもん。この考え方は田中先生に教えてもらったんだ。俺に合ってると思う。だから、越えることを目指すのをやめたよ」
「自分自身がしっかりしていればいい」
「だから黒崎さんのことが好きなんだ!」

 夏樹が弾けたように笑った。大人びた顔でニュースを見つめているかと思えば、小さな子供のように笑っている。そして、ケーキの皿を手に取り、嬉しそうに食べ始めた。クリームを口元に付けている。まるでメリーゴーランドのように表情が華やかだと思った。そして、彼のことが大好きだと思った。

 こうして話している内にニュース画面が切り替わり、今度は動物園のカンガルーが映し出された。良かったら今度は動物園に行かないか?と夏樹に聞くと、嬉しそうに頷いていた。

 今日買ったケーキが美味しいという感想も聞かせてくれた。ベランダでの怒りに震えていた姿とは正反対だ。楽しそうにテレビを見ている夏樹のことを見つめながら、初めてこの家に泊まってもらった夜が更けていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

俺の推し♂が路頭に迷っていたので

木野 章
BL
️アフターストーリーは中途半端ですが、本編は完結しております(何処かでまた書き直すつもりです) どこにでも居る冴えない男 左江内 巨輝(さえない おおき)は 地下アイドルグループ『wedge stone』のメンバーである琥珀の熱烈なファンであった。 しかしある日、グループのメンバー数人が大炎上してしまい、その流れで解散となってしまった… 推しを失ってしまった左江内は抜け殻のように日々を過ごしていたのだが…???

有能副会長はポンコツを隠したい。

さんから
BL
2.6タイトル変更しました。 この高校の生徒会副会長を務める僕・東山 優真は、普段の仕事ぶりから次期生徒会長の最有力候補と言われている。……んだけど、実際は詰めの甘さやうっかりミスを根性論でカバーしてきたポンコツだ。 こんなに頑張れているのは、密かに思いを寄せている安西生徒会長のため。 ある日、なんの奇跡か会長に告白され晴れて恋人同士となった僕は、大好きな人に幻滅されないためにポンコツを隠し通すと決めたけど……!?(内容は他サイト版と同じですが、こちらの方がちょっと読みやすいはずです)

借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます

なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。 そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。 「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」 脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……! 高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!? 借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。 冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!? 短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。

イケメンに惚れられた俺の話

モブです(病み期)
BL
歌うことが好きな俺三嶋裕人(みしまゆうと)は、匿名動画投稿サイトでユートとして活躍していた。 こんな俺を芸能事務所のお偉いさんがみつけてくれて俺はさらに活動の幅がひろがった。 そんなある日、最近人気の歌い手である大斗(だいと)とユニットを組んでみないかと社長に言われる。 どんなやつかと思い、会ってみると……

死ぬほど嫌いな上司と付き合いました【完結】

三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。 皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。 涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥ 上司×部下BL

極度の怖がりな俺、ド派手な先輩とルームシェアが決まる

雪 いつき
BL
幽霊が怖い極度の怖がりな由井 明良(ゆい あきら)は、上京した翌日に、契約した部屋が事故物件だと知る。 隣人である鴫野 聖凪(しぎの せな)からそれを聞き、震えながら途方に暮れていると、聖凪からルームシェアを提案される。 あれよあれよと引っ越しまで進み、始まった新生活。聖凪との暮らしは、予想外に居心地のいいものだった。 《大学3年生×大学1年生》 《見た目ド派手な世話焼きバンドマン攻×怖がりピュアな受》

バズる間取り

福澤ゆき
BL
元人気子役&アイドルだった伊織は成長すると「劣化した」と叩かれて人気が急落し、世間から忘れられかけていた。ある日、「事故物件に住む」というネットTVの企画の仕事が舞い込んでくる。仕事を選べない伊織は事故物件に住むことになるが、配信中に本当に怪奇現象が起こったことにより、一気にバズり、再び注目を浴びることに。 自称視える隣人イケメン大学生狗飼に「これ以上住まない方がいい」と忠告を受けるが、伊織は芸能界生き残りをかけて、この企画を続行する。やがて怪異はエスカレートしていき…… すでに完結済みの話のため一気に投稿させていただきますmm

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

処理中です...