眠れる森の星空少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 23時。

 大学の寮の前に車が停車された。寮に帰ってきた。この時間は出入りが少なくて静かだ。さっきまで流れていたベテルギウスの楽曲を止めて、車から降りる準備をした。授業が詰まっていた分だけ荷物が多い。これでギターケースまであると大変だった。

「ありがとうー」
「どういたしまして。大きな寮だね。どのくらいの人数がいるんだ?」
「えーっと。部屋は600人分あるよ。満員だって聞いた」 
「実家から大学へ通学していたから、寮生活に興味があったんだよ」 
「そうなんだー。どこの大学?」
「O大学だよ。理工学部、情報理工学科」 
「バンドメンバーの藤沢と一緒だよ。経済学部だよ」
「いじめっ子上司も、同じ大学出身だよ」 

 これはマズイ。話題を逸らしておきたい。早瀬のことはどうでもいいが、夏樹達に失礼だ。ところが、イジられると覚悟をしていたのに、何も言い返されなかった。
 
「黒崎さんとは大学の先輩と後輩の関係だよ。同じ学部で学科だった。俺よりも4歳年上。入れ替わりに入学したけど、繋がりの強い学科だからね。交流があったんだ」
「ふうん……」 

 そうだったのか。お互いにフランクな感じで話していた理由が分かった。大きな企業だから、もっと堅苦しいものだと想像していたのに。

「そうだ……。寮生同士で集まって遊んでいる?」 
「うん。大きなホールとラウンジで、ご飯を食べたことがあるよ。コンパに誘われて行ったこともあるんだ」
「いつのこと?」 
「えーっと。4月の終わり頃だよ。乗り気じゃなかったけど、人数が集まらないから頼み込まれたんだ。仕方なしに出た感じだよー」
「そうか……」 

 早瀬が僅かに眉をひそめた後、思案顔になり、俺の方へ向き直った。 

「告白をしてきた相手は同じ寮にいるのか?」 
「一人は同じだよ。学部が違うから、隣のB棟にいるよ」
「部屋は個室でも、狭くて使いづらくない?」
「もう慣れたよ。お風呂とトイレが一緒なのは抵抗あるけど……」
「ああ、それは不便だね」
「それがさー」 

 どこに抵抗感があるのかを説明した。俺は掃除好きであり、ユニットバスは狭すぎて、細かい場所を綺麗にしづらいことを。実はキッチンなどにいる黒い虫が大の苦手だからだ。そのことは恥ずかしいから言えなかった。

「一人暮らしは難しいのか?」
「出来なくはないよ。でも、月一万五千円の寮費は魅力的だよ。我慢する」
「そうか。次のデートは、僕のマンションへおいで」

 デートだなんて言われたくない。また何か余計な発言がありそうだから、さっさと車から降りることにした。後部座席から荷物を取っていると、急に頬が温かくなった。グリーン系の爽やかな匂いもする。それだけ至近距離にいるからだ。

「なにー?」
「ばいばい。また明日ね。連絡するよ」
「ひいいいいいっ」 

 頬に軽くキスをされてしまった。本日2回目のものだ。唇ではないから、まだマシだ。走り去って行く黒い車を見ながら、どっと疲れが起きた。こうして一日が過ぎていった。
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