眠れる森の星空少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 午前10時。

 大学到着後、2時限目の授業のドイツ語クラスの時間まで、学食で過ごした。早瀬から謝罪のラインが入ったが、返信しなかった。同じ内容しか返せないからだ。今日は寮へ帰るという返事しかしない。

 2時限目の授業が行われる教室へ向かうと、そこへ入る前に声を掛けられた。

「久田君」 
「なに?ああ……」 
「おはよう」 
「おはようございます」 

 振り向くと、経済学部の奥村が立っていた。音沙汰がなくて安心していたのに、こんなタイミングで会いたくなかった。挨拶と会釈だけをして教室内へ入った。すると、あっさり引き下がったようで、振り向くと姿がなかった。いったい何の用だったのか。

 教室の中央の列の端に座り、スマホへ視線を向けた。授業が始まる30分前だから、教室内は生徒がまばらだ。夏樹と森本と山崎は、まだ来ていない。奥村は3人を怖がっている様子で、一緒に居る時には声を掛けて来なくなった。

(早瀬裕理 8:53 今日は何時に終わる?迎えに行く……) 

 今朝のラインのメッセージを読んだ。まだ返信していない。着信履歴は3回も残っている。こんなに謝っているのに、すぐに許せる気になれない。

 ため息をついていると、教室の入り口付近が騒がしくなった。きっと夏樹が来たのだろう。そう思って顔を上げると、予想通りに、夏樹が立っていた。すごく優しい子であり、俺が守ると決めている。

 彼が教室内に居る生徒と話しながら、俺の方へ歩いて来ていた。この間欠席した生徒にノートを見せていた。そのお礼を言われていた。

「おはよう~」 
「中山君、この間は助かったよ」 
「ああ、いいんだよ」 
「わらび餅アイスを奢るよ。期間限定だから」
「あのさー、この授業のー」
「ああ、そこはねーー」
「中山君。いいTシャツだね!」
「うん。気に入っているんだ」

 夏樹の着ている服を眺めた。彼の服装は個性的だ。知り合いの人が大阪で買ってきてくれたという、大きな虎の顔がプリントされたTシャツと、浅草で買ったパーカーを着ている。パーカーには、『火消し・め組』の文字がある。浅草&大阪ミックスカジュアルというものだ。この個性的なスタイルに好感を持っている。気軽に買える範囲で個性を出す考え方には賛同するからだ。生徒からあまり人気が無かったという量子学の神仙教授が夏樹のファッションスタイルを気に入り、話題に出したことで、生徒と打ち解けるきっかけにもなった。

 入学当時の夏樹は目立っていた。全国模試にて、数学と物理で上位をキープしていたからだろう。そういうわけで、入学直後から、因縁に近い目を向けた奴がいた。それが同じドイツ語クラスの北添と山下だ。

 夏樹は真面目な子で、作成したレポートは教授の評価が高い。しかも綺麗な外見をしている。面白くないと思う奴が出てきても、おかしくない。それでも夏樹は負けていない。個性的なイケメンとして、受け入れられつつある。 

「悠人、おはよう」 
「夏樹、おはよう!」 

 いつものように夏樹が俺の隣へ腰かけた。そして、教科書類を取り出して綺麗に並べた。バッグの中も綺麗にしてある。おっとりしている分、忘れ物が多いそうだ。日頃から気をつけているのだと笑った時、そそっかしい俺としては共感できた。

 この間、夏樹からドーナツを貰った。さっそくお礼を言った。

「夏樹。あのドーナツ、美味しかったよ。ありがとう」 
「よかった。マリーズカフェの新作なんだよ。金曜日から発売していたよ」 
「そうだったんだ?知らなかったよ」 
「んー?珍しいね?マリーズカフェの常連なのに」
「あ……、バイトが忙しくてさっ」 

 口が滑ってしまった。夏樹には早瀬とのことを詳しく話していない。どう言えばいいのか迷っている。奥村へ写真を送ったことで、大学内で噂が広まるかと思っていたが、そうならなかった。焦った顔を誤魔化すために教科書を開くと、夏樹が心配そうに覗き込んできた。教科書が逆さまになっていたからだった。 

「何かあった?奥村さんのことだよ。最近は何もないよね?」
「うん!何もないよ。夏樹達のおかげだよ」 
「そう?」 

 これは本当のことだ。 早瀬とは何かあったが、嘘はついていない。すると、夏樹がバッグの中から、ひと口サイズのマフィンを差し出してきた。大袋の20個入りのものだ。 

「オレンジ味のマフィンだよ。まだ食べたことがなかったよね?紅茶と合うよ」 
「ありがとう」
「あのさ。早瀬さんのことだけど……」
「な、なに!?」
「よくご飯を食べに行っているよね?ロックとべヴィメタルが好きなら、ライブに行こうって話は出ないの?」
「ううん?まだ……、そういう話はないよ!?」
「そうなのか……」 

 夏樹が思案顔になった。言葉を選んでくれている。真面目な子だから困らせたくないのに、打ち明けられない。

「悠人。俺はハッキリ言う性格なんだ」
「うん、知っているよ。おっとりしているのに」
「オブラートに包んで発言することも苦手だよ」 
「うん。よく分るよ。な、なな、何か聞きたいことがあるの?」

 何でもないふりをして、手元のペットボトルの紅茶を口に含んだ。味が分からないぐらいに、胸がドキドキしてる。すると、夏樹が言った。

「ハッキリ言うよ?それ、蓋が開いてないよ」
「そうだったんだ!?」
「俺が開けてあげるよ。よいしょっと……」

 夏樹が俺の手元からペットボトルを取り、蓋を開けてくれた。打ち明ければ相談に乗ってくれるだろう。それでも恥ずかしくて言い出せない。 
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