青い月の天使~あの日の約束の旋律

夏目奈緖

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 書斎の中で椅子の背に身体を預けて、のびをした。すると、箱の中のアンドリューも同じ仕草をした。そして、偶然にもアンまで同じことをした。これらのことに笑い声が出てしまった。俺は今、幸せの中にいる。一方で、北添は凍り付く海の中にいる気分だろう。いつ自分がその立場になるかと思えば、キツイ言葉など掛けられるわけがない。山下のことは気のせいだなど、言えない。

 しかし、こういう見方をする人がいるだろう。北添からの嫌がらせで、山下のことを追い落としたくてありもしないことを言ったのだと。それは山下に味方をする者だ。だったら俺は誰の味方か。はっきりと言いたい。北添えの味方だと。それだけ山下の去年秋の行動は滅法行為だった。
 
 月曜日には山下に事情を聞いておきたい。俺が聞いたことで北添に攻撃がされる恐れもあるが、話を聞いた以上、調査は必要だ。北添は自分のことも見られることを覚悟の上で俺に話したはずだ。もう辞めるつもりでいるから、何でも言ってしまえの心の内だったかも知れない。

(言ってくれた方がいい。これが本当なら、山下は迂闊な奴だ。本当にそうじゃない可能性はどれだけあるだろうか……)

 いざこざはあるのは大所帯ならではだ。黒崎ホールディングス時代も社員数を多く抱えていたが、俺という社長の目がどこにでもあるという思いからか、いざこざが起きなかった。パワハラで強引でと、そんなことを言われていたかも知れない。マズいのは俺の立場だったかも知れないとまで思った。

 前に比べて今の会社は社員が大人しい。その中で陰湿なことが起きてもみなが隠してしまう。いじめというのは、人がいる限り起こるものだ。幸せではない人間が起こし、自分と同じような境遇にしようとする。そして、満足感を得る。その満足の供給源になってたまるものか。

(北添えの兄貴はどんな人なんだ?実家にいるとなると、兄貴も一緒か?)

 そこで、俺は自分が覚えている人事ファイルを思い起こした。北添和史は25歳で、16歳年上の異父兄がいるはずだ。兄は結婚し、家庭があると聞いてあった。実家には両親がおり、どちらも健康だった。今日電話があったのは、彼の父方の祖父からだ。かなりな高齢で、何度も同じ話をして、父が手を焼いていた。長寿を目指す会の世話人として、会員の悩みなどを聞く役目をしている以上、話を聞かなければならなかっただろう。あの父が誰かの世話をするなど、考えられないことだった。

 すると、北添からショートメッセージが届いた。彼の個人メールアドレスだ。早速俺はそれを登録した。そして、ついでに兄貴のことを聞いておこうと思った。

「“お兄さんとは仲が良いのか?俺の記憶だと、仲が悪かったように思っている”。送信」

 送信した後、返事を待っていると、返信があった。そしてそれを読み、ため息をついた。北添が休職することなったことが親族に広まり、居心地の悪い思いをしているそうだ。特に兄には言って欲しくなかったのに、母親が兄と兄の妻に話したそうだ。電話での愚痴のようなものだったらしい。和史がこんなことになって心配でという言い方だったが、兄は僕が倒れたことを喜んでいるのだと思うと書いていた。それは被害妄想じゃないかと言いたくなったが、そういう親戚はいる。この黒崎家がそういうところがある。

「“仲の悪い兄に知られたくなかったです。僕が風邪を引いて寝込んだときには兄の奥さんが心配しているっていうメールを寄越してきたのに、僕が精神科に受診したことを知ってなのか、何もないです。今日は家に来ていました。でも、僕のことは無視していました。12歳の姪っ子もでした。怖いものを見るかのような目つきでした”か。これは母親が偏見の目で何か言ったんだろう。いや、兄貴がか。兄弟が奥さんにありもしないことをいって洗脳することがある」

 メールの文面を読んで、さっと頭に北添家の様子が浮かび上がった。心配する母とそれを笑う兄一家という図式だ。それは本当のことかも知れないし、そうではないかも知れない。兄弟間のひがみというのは、たしかに世の中には存在する。
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