聖なる雫の音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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7-5(早瀬視点)

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 13時。
 
 午後の打ち合わせに入る前に、休憩を取ることが出来た。年始挨拶回りの来客対応があり、分刻みのスケジュールだ。営業企画部長としての役目を、黒崎と分担している。手土産の手配や受け取り、アポイントの電話対応は、全て秘書室が行っている。

 俺を担当しているのは林田だ。今年26歳ながら機転が利き、見ざる聞かざるを徹底できる。秘書向きだが、営業企画部にも合う人材だ。希望通りに配属されないが、こっちに引きたいほど目立っている。その林田から声をかけられた。

「早瀬代理。R&W社の高野様がお越しになられます。予定通りの時間です。こちらへご案内してよろしいでしょうか」
「ああ、頼む。今年は配属希望を出さないのか?秘書には向いているが、この部署を経験してみないか?入社時は……、広報だったか」
「はい。2年間です。まだ1年しか秘書室で経験していないので」
「十分に積み上げているぞ。推すことが出来るぞ?」
「もうしばらく続けたいです」
「実際に助かっているよ。黒崎常務の分もカバーしてもらえて」
「とんでもございません。勉強させて頂いています!」

 ここで留めておこう。合間の休憩だ。悠人に連絡を取ることにした。このオフィスからは出られない。デスクから離れて壁沿いに立った。そばにいる枝川から会釈を受けた。気を遣ったようだ。

 枝川も今回の件を知っている。理久を黒崎家へ遊びに行かせているからだ。悠人の気が紛れるならと。佐久弥のことを間近にして育った分、理解できる部分があるそうだ。

(応援団が付いている。俺が居なくても大丈夫だ……)

 望んだ姿だというのに、どうして胸が痛いのか。落ち込んでも、何も変わらない。こんな状態の声を聞かせると、耳のいい悠人に気づかれる。

「ん?何かあったのか……」

 電話をかけようとすると視線を感じた。林田からだ。伝達抜かりだろうか?ジェスチャーをすると、何もありませんと返って来た。黒崎のデスク近くで立っている。

(何かあるだろう。圭一さんは居ないのか。高野君は訪ねて来ていないか……)

 オフィス内へ視線を巡らせることが習慣になっている。特に今日は出入りが激しい上に、上役が訪れている。部下たちが来客対応に慣れていない。

 社長が交代することが、業界内に広まっている。副社長へ進むのは ”黒崎常務” だと、暗黙の了解になっている。営業企画部長である間は対面しやすい。今から顔つなぎをしておくということだ。反対の立場なら俺もそうする。

(グループ内の企業を任されるのか。引き受けたい。それには取締役会へ入る必要がある……)

 何を躊躇しているのか?望んだ力が手に入る、第一歩を踏み出せばいい。部長代理へ昇進する前にも、この話を条件に出された。千尋製菓が沈む寸前の頃だった。承諾したからこそ、今のポストに就いている。

 出来ないのか?自信がないのか?いや、こなせる自信はある。今までそうして来れたからだ。自分一人の力ではなく、支えてもらっての結果だ。その助けがなくなるのが怖いのか?自分の力で上がる必要がある。そういうことか?

 親父からの話を思い出した。出世欲がないと断言された。欲しいものがあるなら手を伸ばせと、そう言われたも同じだ。

(悠人を守りたい。来客だ。電話は後だな……)

 他の秘書から名前を呼ばれた。考え事をしていて、悠人に電話をするタイミングを逃した。夕方まで時間が取れない可能性がある。その来客はプラセルの役員だった。

 さっそくデスクへ向かった。心当たりがない。アポイントのリストを思い巡らすこともない。秘書から名刺を預かった。 

「早瀬代理。プラセルコーポレーション常務取締役、如月さんです」
「はじめまして。早瀬裕理と申します」
「如月正人です。急な訪問を申し訳ございません。近くまで来たもので」
「とんでもございません。どうぞ……」
「いえ、こちらで」

 定型通りのやり取りの後、如月が紙袋の中から冊子を取り出した。”MIDSHIP”のロゴが印刷されている。

「島川代表からです。お好きなものを手配いたします。ご家族さまにお渡しください」
「ありがとうございます」

 ここは断らないでおこう。メールにて礼を伝えておく。

 あっさりと会話が終わり、如月常務をオフィスの外まで見送った。渡された冊子には、島川氏本人からのメッセージカードが入っていた。悠人をモデルに起用したいと添えられている。

 ミユー企画と提携を結ぶ話が出ていた。その関連なのか?それとも、千尋製菓への誘いが繋がっているのか?悠人のことをバックアップする。その意味には違いなさそうだ。今回の報道の件も耳に入っているのだろう。また協力者が現れた。何かの罠だろうかと思うのは悪い癖だ。今は好意を受け止めた。
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