聖なる雫の音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

文字の大きさ
142 / 144

22-2

しおりを挟む
 ザーーー。

 洗面器に洗剤を入れて、Tシャツを浸けた。上半身裸だ。家の中ではインナーを着ていない。背後に気配がしたと思ったら、すがりついて来た男がいた。

 口うるさい親父になったのに、エロい習性には変化がない。ぐりぐりと頬ずりをされて、キス攻撃に遭った。一昨日の夜に、ゴニョゴニョしたのに。今からするのか?

「裕理さん。明るいところは嫌だってば。夜にしてよー」
「目の前で脱ぐからだ。おじさんはエロいのが普通だ。昼ご飯はオムレツにするぞ。チリトマトソースを作ってあげる。新しくして、ジャガイモを追加してもいい。ソースに」
「えええ?食べたい!あああ……」
「今晩はビーフシチューだ。仕込みも済ませてある。好物が続くね。俺の予定しだいだ。裕理さん大好きって言って、キスをしてこい」
「もう……」
「モウモウ言うとウシになるぞ?」
「ヤギになってもいいけど、口を聞かないよ?」
「もう……」

 親父に勝ったところで部屋へ上がり、早瀬からプレゼントされた、大人っぽいシャツに着替えた。センスのいい人だと思う。すでに試着した時から、似合っている。可愛い系の服を買ってくるから、そのイメージが付いた。最近はそうでもなくて、カッコいい系を選ばれている。

 ほとんどがプラセルのブランドだ。MIDSHIPの仕事を受けた以上、普段から身に着けたい。着こなしておくために。島川さんに話すと感激していた。社長の方だった。こんな顔も出来るのかと驚いた。

 下へ降りていくと、ビーフシチューの煮込みの匂いがした。鼻をピクピクさせて向かうと、やっぱりそうだった。黒いエプロン姿は見慣れたものだ。

 出会った頃に家に訪ねた時も、美味しい料理をご馳走になった。今から思えば、早瀬自身の魅力というよりも、それをネタに捕獲されたようなものだ。

「裕理さん。そういうことじゃないの?」
「時系列がおかしいぞ。前半を聞かせてくれ」
「ミルティープリントが似合うねー。ふむふむ……」
「こーら。話が飛んだぞ。つい口から滑ったのか?聞かれると不味いことか?」
「なんだったか忘れたんだよー」

 誤魔化すために冷蔵庫を開けた。こうすると思い出すのだと、佳代子さんが話していた。しかし忘れていないから、新たな誤魔化しが必要だ。照れくさいからだ。

 すると上段の方に、ラッピングされた箱を発見した。ピンクの包装紙だ。今日は黒崎家へ訪ねて行くから土産だろうか?桑園さんも来るそうだ。

 すると今度は、顔の横に腕が伸びてきた。ふわっと早瀬の匂いがした。休みの日は香水を付けていないから、天然100%の匂いだ。グリーン系の匂いがしない。鼻が慣れたのか、最近では気づかないほどだ。

「仕事の日、香水を付けている?匂いがないんだよ」
「付けていない。汗が減ったし、匂いが気にならなくなった。おじさんのわりには……」
「そうなんだ?たしかに、クンクン……。スーツを脱いだ後も臭くないもんねー」
「規則正しい生活と、食べ物がいいんだろう。君と一緒にいるとリズムを崩せない。こういう面も責任を持つと、久田さんと約束した」
「へえー。そうなんだ?」

 どうしよう?嬉しい発言だ。油断しているとクルっと振り向かされて、ちゅっと音を立ててキスをされた。可愛いなあとつぶやきながら。大人になるな。このままでいろ。ただし色気を出してくれと、無茶な要求付きだ。

 俺自身は随分と大人びたと言われている。早瀬だけではなく。二年前の俺のことを知っている黒崎さん、遠藤さん達からだ。

 佐久弥は変わらないと笑っていた。夏樹は気づかないと言い、キョトンとしていた。彼とは一緒に成長したから、お互いに分からない。ふとした時に気づく。

「悠人……」
「あ……」

 プルルル……。

 甘いムードをぶち壊したのが、島川さんからの電話だ。早瀬の方へ掛かってきた。俺にも聞こえるようにしてくれた。今日は桑園さんとの食事があるそうだ。初対面で緊張しているようで、アドバイスを求められた。憧れの人だし、プラセルの命運が掛かっているのだと言っていた。

「おはよう。え?桑園さんとの話題?自然に話せばいい」
「……俺がやらかしたことをご存知だ。嫌われるに決まっている」
「言い訳をしないことだ。悪いことをしたと認めただろう?聞かれた時にはそうですと、堂々と答えろ。悠人のことを守るためだったのは、圭一さんから伝えてある。ちゃんとした人だから、理解しているはずだ。提携話は慎重にならざるを得ない。信用されないとね。プラセルは悪すぎる」
「……改善している。ミユー企画にも謝ったし。スカイレール・レコードにも……」

 やれやれと、早瀬がため息をついた。黒崎家での庭での親睦会の日、コンビニで事件が起きた。言いがかりというもので、解決済みだ。

 相手はスカイレール・レコード会社の社員で、島川さんがぶつかってきたと訴えを起こされた。ただし俺が証拠写真を撮っており、ぶつかっていないのは一目瞭然だった。床が汚れていないし、防犯カメラがギリギリの位置で、接触していないことが証明された。

 もとは島川さんが蒔いた種で、穏便に済ませた。仕事上で陰険なやり方をしたから、恨まれていたそうだ。

 あれ以来、俺には頭が上がらなくなった。”島川社長”の方だ。黒崎さんが言うには、少しずつ融合しているようだ。少しでも力になれたなら嬉しい。少年の方だけでなく、社長の島川さんとも友達になれた。

「……そういうことだ。分かっているだろう。用事がなくても電話をかけてこい。気色悪い遠慮をするな」
「カズさーん。今、社長の方だろ?嫌っていないよ?俺も裕理さんも……」
「……ありがとう。夕方会おうね!」
「またね。夕方にね。行くときに電話するよ!」

 魔法の言葉をかけると、島川さんが笑っていた。今日は夕方から黒崎家へ訪ねて行く。ビーフシチューを持って。みんなの笑顔を引き出すためにだ。食事の後、桑園さんを黒崎家の庭に案内するそうだ。

「悠人君。プレゼントを見てくれ」
「うん。何かな?げえええっ」

 冷蔵庫に入っているのは、俺へのプレゼントだった。開封したと同時に、がっくり項垂れてしまった。マジカル少女ミカリンの、クルクルステッキだったからだ。これで遊べというのか?返事はYESだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛

中岡 始
BL
誰にも気づかれたくない。 誰の心にも触れたくない。 無表情と無関心を盾に、オフィスの隅で静かに生きる天王寺悠(てんのうじ・ゆう)。 その存在に、誰も興味を持たなかった――彼を除いて。 明るく人懐こい営業マン・梅田隼人(うめだ・はやと)は、 偶然見た「眼鏡を外した天王寺」の姿に、衝撃を受ける。 無機質な顔の奥に隠れていたのは、 誰よりも美しく、誰よりも脆い、ひとりの青年だった。 気づいてしまったから、もう目を逸らせない。 知りたくなったから、もう引き返せない。 すれ違いと無関心、 優しさと孤独、 微かな笑顔と、隠された心。 これは、 触れれば壊れそうな彼に、 それでも手を伸ばしてしまった、 不器用な男たちの恋のはなし。

タトゥーの甘い檻

マリ・シンジュ
BL
執着系わんこ攻(大学生)× 高潔な美形教授受(30代) どのお話も単体でお楽しみいただけます。 ​「先生、ここ……僕の瞳を入れるから。ずっと、僕だけを見てて」 ​真面目な大学教授・新城が、大学生の・羽生にだけ許した、あまりにも淫らな「わがまま」。 ​それは、誰にも見えない内腿の奥深くに、消えないタトゥーを刻むこと。 「下書き」と称して肌を赤く染めるペン先の冷たさ。 アトリエの無機質なライトの下、四つん這いで晒される大人の矜持。 ​ずっと年下の青年の、必死で、残酷で、純粋な独占欲。 愚かだと知りながら、新城はその熱に絆され、ゆっくりと「聖域」を明け渡していく――。 ​「……お前のわがままには、最後まで付き合う」 ​針が通るその時、二人の関係は一生消えない「共犯」へと変わる。 執着攻め×年上受け、密やかに刻まれる秘め事のお話。

金の野獣と薔薇の番

むー
BL
結季には記憶と共に失った大切な約束があった。 ❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎ 止むを得ない事情で全寮制の学園の高等部に編入した結季。 彼は事故により7歳より以前の記憶がない。 高校進学時の検査でオメガ因子が見つかるまでベータとして養父母に育てられた。 オメガと判明したがフェロモンが出ることも発情期が来ることはなかった。 ある日、編入先の学園で金髪金眼の皇貴と出逢う。 彼の纒う薔薇の香りに発情し、結季の中のオメガが開花する。 その薔薇の香りのフェロモンを纏う皇貴は、全ての性を魅了し学園の頂点に立つアルファだ。 来るもの拒まずで性に奔放だが、番は持つつもりはないと公言していた。 皇貴との出会いが、少しずつ結季のオメガとしての運命が動き出す……? 4/20 本編開始。 『至高のオメガとガラスの靴』と同じ世界の話です。 (『至高の〜』完結から4ヶ月後の設定です。) ※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。 【至高のオメガとガラスの靴】  ↓ 【金の野獣と薔薇の番】←今ココ  ↓ 【魔法使いと眠れるオメガ】

【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。

ペガサスサクラ
BL
※あらすじ、後半の内容にやや二章のネタバレを含みます。 幼なじみの悠也に、恋心を抱くことに罪悪感を持ち続ける楓。 逃げるように東京の大学に行き、田舎故郷に二度と帰るつもりもなかったが、大学三年の夏休みに母親からの電話をきっかけに帰省することになる。 見慣れた駅のホームには、悠也が待っていた。あの頃と変わらない無邪気な笑顔のままー。 何年もずっと連絡をとらずにいた自分を笑って許す悠也に、楓は戸惑いながらも、そばにいたい、という気持ちを抑えられず一緒に過ごすようになる。もう少し今だけ、この夏が終わったら今度こそ悠也のもとを去るのだと言い聞かせながら。 しかしある夜、悠也が、「ずっと親友だ」と自分に無邪気に伝えてくることに耐えきれなくなった楓は…。 お互いを大切に思いながらも、「すき」の色が違うこととうまく向き合えない、不器用な少年二人の物語。 主人公楓目線の、片思いBL。 プラトニックラブ。 いいね、感想大変励みになっています!読んでくださって本当にありがとうございます。 2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。 最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。 (この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。) 番外編は、2人の高校時代のお話。

雪を溶かすように

春野ひつじ
BL
人間と獣人の争いが終わった。 和平の条件で人間の国へ人質としていった獣人国の第八王子、薫(ゆき)。そして、薫を助けた人間国の第一王子、悠(はる)。二人の距離は次第に近づいていくが、実は薫が人間国に行くことになったのには理由があった……。 溺愛・甘々です。 *物語の進み方がゆっくりです。エブリスタにも掲載しています

血のつながらない弟に誘惑されてしまいました。【完結】

まつも☆きらら
BL
突然できたかわいい弟。素直でおとなしくてすぐに仲良くなったけれど、むじゃきなその弟には実は人には言えない秘密があった。ある夜、俺のベッドに潜り込んできた弟は信じられない告白をする。

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

【完結】君の穿ったインソムニア

古都まとい
BL
建設会社の事務として働く佐野純平(さの じゅんぺい)は、上司のパワハラによって眠れない日々を過ごしていた。後輩の勧めで病院を受診した純平は不眠症の診断を受け、処方された薬を受け取りに薬局を訪れる。 純平が訪れた薬局には担当薬剤師制度があり、純平の担当薬剤師となったのは水瀬隼人(みなせ はやと)という茶髪の明るい青年だった。 「佐野さんの全部、俺が支えてあげますよ?」 陽キャ薬剤師×不眠症会社員の社会人BL。

処理中です...