夏椿の天使~あの日に出会った旋律

夏目奈緖

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 カタカタ……。

 トレーに乗せたお皿には、色とりどりの料理を乗せてある。朝ご飯が洋食だったから、和食系メインで選んできた。細かな仕切りのあるプレートを使ったから取りやすかった。二葉からは、幕の内弁当みたいねと言って、感心された。

 テーブルに戻って来た。すでにお義父さんの前には料理が並んでいた。いつもと変わらない量だ。二葉は違う。少なすぎる量だ。

「二葉ちゃん、足りないだろ?おかわりするよね?」
「これでいいのよ」
「野菜しか取ってないね。ステーキがあったのに」
「私だって女の子よ。いくらおじいちゃんの前でも、見栄を張りたいの。……あ、失礼しました」

 おじいちゃんと言ってしまったことで、二葉が慌てていた。頬が赤くなっているのを見て、お義父さんが笑った。軽く首を振っている。

「夏樹ちゃんがいけない。女性に失礼だ。もっと食べるといい」
「そうだよ~」
「たくさん食べると圭一から聞いている」
「二人とも。恥ずかしいから……」
「ごめんね……」

 二葉から叱られたことで、空気が軽くなった。お義父さんから、大学のことや、ビジネスコンテストのこと、黒崎製菓のインターンシップに参加しないかという話題が出てきた。

「隆さん。今日はその話はしないんだろ?黒崎さんからも言われているよね?」
「注意事項だ。約束はしていないよ」
「隆さん……」

 いつものお義父さんのはずなのに、急に違う姿を見せ始めた。今日は初めて会う席だ。普段の面白くて優しい人でいればいいのに。どうしてこんな時に、黒崎社長になるのか?すると、お義父さんと二葉が見つめ合った。

「二葉さん。察しがついているだろう?」
「はい……」
「黒崎家からのサポートの申し出を受けてほしい」
「単刀直入ですね」
「君はまわりくどいことを嫌うだろう」

 二葉が眉を寄せた後、静かな表情で頷いた。お義父さんから見つめられても動揺しないし、さらに堂々とした雰囲気に変わった。

「この場でお返事をします。その前に、私の話を聞いていただけますか?聞き苦しいことですが……」
「もちろんだ。時間はたっぷりある」
「ありがとうございます。私の父が母に暴力を振るいました。それは以前からのことです。小さな頃から、父には可愛がられました。母は圭一お兄さんのことを可愛がらなかったと聞きました。それなのに、私たちのことを可愛がれたのは、心に余裕があったからだと思います。幸せだったからです」
「二葉ちゃん……」
「私には本当の父親がいると、昨日母から聞かされました。近いうちに会いたいと言われていることも。……私としては会う気はありません。父は一人しかいないからです。母がつらい思いをしているのに守れなかった人を、どうして父と呼べるでしょうか?……これが私の家庭環境と考えです」
「ああ……」

 お義父さんが表情を変えずに頷いた。二葉の結論を待つしかない。自分が出来るのは、この話が終わった後だ。きっと傷ついている2人のことを、それぞれの帰る場所に送り届けることだ。

 二葉が目を閉じて深呼吸をした後、もう一度、お義父さんのことを見つめた。まるでスローモーション映像を観ているかのようだ。

 お義父さんがわずかに俯いた。この後に告げられる言葉を待ち、怖がっている気がした。こんなに弱い人だったろうか。俺が大けがをして入院した病室では泣いていた。今のお義父さんは、それすらも出来ないのだと思った。

「お返事を申しあげてよろしいですか?」
「ああ。聞かせてくれ」
「お世話になります」
「ああ……」

 思わず声をあげたのは、お義父さんも同じだった。今までの話の流れからは、とても予想できないものだったからだ。

「……理由があります。黒崎製菓グループのことに興味があり、勉強をしたいからです。いずれは圭一お兄さんの力になりたいことと、朝陽のことがあります。弟は医学部志望です。合格すれば、たくさんの学費が必要です。しっかり勉強してもらいたい。……お世話になるなら、都内の大学へ入り直すことになりますよね?学費を出して頂けると聞きました。そうですか?」
「生活費もだ。それ以外に必要なものがあれば出させてもらう」
「それはお断りします。金銭的なサポートは、学費のみにしてください」
「いや、それは……」
「それなら、このお話をお断りします。私にもプライドがあります。小さなものでしょうけれど、自分にとっては大事にしているものです」
「分かった。ありがとう……」

 最後はお義父さんの声が震えていた。膝の上で握りしめている手の甲には、涙が落ちている。その手に、自分の手を重ねた。
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