夏椿の天使~あの日に出会った旋律

夏目奈緖

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 悠人へ電話をかけると、即座に出てくれた。何か調べていたのかな。俺たちと同じく会場へ向かう車の中だった。聴こえて来た曲は『月にウサギは住んでいません』という、佐久弥のソロ活動の楽曲だ。

「……もしもし。ゆうとー。おはよう。今朝はスッキリ起きられた?」
「……おはよう。大丈夫だったよ!あの……、どうしたのー?」
「黒崎さんから聞いたよ。俺にIKUからオファーがきているって。悠人がアルバムの参加を迷っているのは、俺のことがあるから?」
「えーーと。夏樹が黒崎さんのことを説得したから、都内に来たんだよ。裕理さんと出会えたのは、2人のおかげなんだ。……夏樹は黒崎製菓グループで勉強するじゃん。そっちを選ばないといけない状況になるかもって……」
「まだそういう心配はしていないよ。ならないかも知れないし。まだ来てもいない未来を、不必要に怖がることはないよ。……オファーをされたら受ける。だから悠人もね!」
「なつきー。うぇっ、うぇっ」
「泣くなよ~。俺の方の気が回らなくてさ。ごめんね」
「そんな事はないよ……」
「ありがとう。こんなに考えてくれたんだね。もうすぐ会場に着くから。明日、ゆっくり話そうね」
「うん。……ちょっと待ってて。……さくやー。あとで紹介するってば!……ごめん、さっきのセリフがシビれたんだって。佐久弥が家にマスコミが来るからって、うちに逃げてきたんだよー。カレシの家に逃げろって。……あのさ、一緒に会場へ向かっているんだ」
「家に泊まったの?そっか、マスコミがね。……うんうん」
「気にしないでよ。さすがに裕理さんと佐久弥は連絡を取り合っていないよ。俺か佐久弥のカレシ経由だから……、バカーー!」
「うんうん、あとで会おうね」
「あとでね。裕理さんまで。何だよー、いい子マンは引っ込んでてよー」

 向こうの状況を想像して呆然とした。いくらパートナーの『昔』の恋人でも、あんなに仲良くは出来ない。いい子マンとは、早瀬さんのことだろう。賑やかな車内を想像した。

「黒崎さーん。向こうは修羅場かもしれないよーー」
「……そうか」
「あんたは修羅場のプロだろうけど、悠人はね、純粋でさ。あんたみたいな……」
「……電話を切れ。聞こえているぞ」

 慌てて電話を切った。黒崎からどうしたのかと聞かれた。聞こえいたのに動じていないところが凄い。さすがだという言葉を飲み込んだ。

「黒崎さん。すごい状況だったよ~~」
「どういう事だ?」
「早瀬さんの車で会場へ向かっているけど、佐久弥も一緒に乗っているんだ。昨夜は家に泊まったそうだよ」
「そうか……」

 黒崎が前を向いたままで吹き出した。俺は笑えないのに。さらに肩を揺らして笑い出してしまった。

「いくら本人たちがよくても、びっくりしたんだよ~」
「お前なら怒り狂うだろうな」
「当たり前だよ。そりゃあ、佐久弥がいい人だって分かるよ?そうじゃないと付き合いができないよ」
「……俺も驚いた」
「そうだろー?笑っているけどさ~」
「……裕理は距離を置くつもりでも、悠人君が気を遣っているんだろう。その心の広さを見習え」
「ふふん。黒崎さんはどうだよー?広い心で受け入れるのかよ?」
「無理だ。近づけない」
「だろー?」

 そうは言いつつも、さっきの電話では悠人は楽しそうだった。嘘をつけない子だから、本当に嫌なら態度に出る。

 だんだんと会場が見えてきた。関係者用の駐車場へ停めるように指示されているから、一般客用出入口を通り過ぎた。そして、関係者用駐車場の看板が見えてきた時、カメラを持った人達が立っていた。

「あれは?コンテストの関係かな」
「……裏側に回る。悠人君に電話をかけろ」
「うん。どうしたの?」
「佐久弥の関係かもしれない。先に裏側を確認しておく。そこから入ればいい」
「分かった!」

 さっそく電話をかけた。すっかり今朝のニュースを忘れていた。黒崎は冷静だと、改めて実感した。

 車がUターンして少し走った後、スタッフ専用の出入口に向かった。トラックやワゴン車が停まっているのが見えた。搬出作業が進められているようだ。ここならスタッフしか出入りしないだろう。俺達の先に入った車の窓越しに、警備担当者が用件を聞いている。

「このままだと入れない。連絡を取る」
「悠人に掛けようか」
「いや。待て」

 黒崎が電話をかけ始めた。相手は遠藤さんだ。さっきのカメラマン達のことを伝え、この場所から入りたいと話している。

「……了解しました。ここで本人達を降ろします。ありがとうございました。……夏樹、連絡をしろ。C8の看板表示どおりに来いと。北側だ」
「うんっ。……もしもし。C8の看板どおりに来て。うん、北側。遠藤さんのOKを貰ったからね。ここで待つよ。うん……」

 電話を切った後、黒崎が、近くの広い場所で車を停めた。
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