夏椿の天使~あの日に出会った旋律

夏目奈緖

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 12時半。

 リストランテ森下に到着した。今日は奥の方の席に案内された。小さめの店内の天井が高くて開放的で、ここからでも小さな庭が見える。今の自分に必要な場所だと思った。

 表立った仕事が始まり、以前の自分からは比べようもないほどに人前に出ている状況だ。こまめにバランスを取って行こうと言われて、すーっと肩の力が抜けた。

 テーブルに並んだ料理を見て美味しそうだと思った。ちょうど食べたくなっていたものが並んでいる。しじみのスープ仕立てのパスタ、鶏肉のグリル、サラダだ。

 黒崎がガッツリとステーキを食べている。ランチコースだけでは足りないからと、魚のグリル料理を追加オーダーした。この量を食べても太らないし、早食いするのに綺麗な食べ方をしている。まるで悠人のようだ。かぼちゃグラタンを食べている間、口元が汚れるのを見たことがない。

「秘書をやっている頃、食べる時間が無かったよね?合間で済ませるしかなくて。早瀬さんも食べるのは早いそうだし。あんたの早食いって、秘書時代に培ったもの?」
「そうだと思う。懐かしい。お前はゆっくり食べろ」
「うん。しじみのパスタが美味しいよ。メニュー開発に組み入れるよ」
「大学生向けはボリュームが多い。そのすき間を狙った。お前の小食を話題に出して、計画が出てきた」
「そうなんだね。けっこう小食の子がいるんだよ。でもね、レディースランチ的なものを注文したくても、恥ずかしくてできないんだ。大学の子から聞いたよ」

 メニュー開発の仕事が面白い。美味しそうな料理を思いついても、コストがかかり過ぎものはNGだ。シャルロットキッチンのコンセプトは、週一回の気分転換に行く店というものだ。毎朝寄っている人が多い、マリーズカフェのような店ではなく。スイーツだけでお腹を満たすわけではなく、ちゃんとご飯も食べて、デザートを食べたい。しかし、普通にランチを食べるとデザートが入らないというジレンマがある。そういう人向けのメニューを作りたい。

「何種類も同時進行で作るもんね。その手間を考えつつのメニュー構成になるんだ。流行りの食材とか、調理法を取り入れての定番メニューだよ。ヘルシー志向はいいし……」
「ガッツリ系の小食メニューはどうだ?」
「それいいね~。カツサンド、チキン南蛮プレート、少量のカツカレー」
「お前の特技が活かせてきたじゃないか。楽しそうにしている」
「うんっ。楽しいよ。支えてくれてありがとう」
「何でもないことだ。この焼き野菜はどうだ?」
「チキン南蛮と合わせたいなあ。悠人に試食してもらうよ。マニアだし……」

 あれこれ考えていると、味が分からなくなってしまった。一緒に暮らすまでの黒崎の食生活は、全てが外食だった。レストランに採用したいものや流行りなど、常にアンテナを巡らせていたという。

最後の料理を食べた後、お待ちかねのデザートが登場した。ドルチェにエスプレッソという組み合わせだ。

「……夏樹。着物を増やさないか?」
「もう要らないよ。稽古着を2着も買ったじゃん。帯もあるよ」
「これから暑くなるだろう。汗が染みて嫌だろう?」
「それなら解決済み。中山のおばあちゃんから稽古着を送ってもらうんだ」
「そうか……」

 あっさりと口にできた。中山家の祖父母とは、12歳の時から数えるほどしか会っていない。万理のことが起きた時、母だけが一方的に攻められた結果、父が中山家とは縁を切ると宣言したからだ。

 最後に会ったのが、両親とも親しい人のお葬式だった。その夜に祖父の背中を流してあげて、二言だけ話したのを覚えている。許せない思いが強かったのに、怖い存在だった人が弱く見えて、自分の方から話しかけた。小さい頃のように背中を流すよと。あれで最後だと思った。
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