夏椿の天使~あの日に出会った旋律

夏目奈緖

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 保安検査場を通過し、搭乗口に到着した。もう戻ることができない。二葉の様子は落ち着いている。けっして涙を見せなかった。我慢しているのだろう。

 少々時間がある。何か会話をしよう。ここから機体が見られる。その中には、テレビで見かけたキャラクターがペイントされたものが停まっていた。しかし、どう声をかけようかと躊躇した。

「お兄ちゃん。あのキャラクターを見たことがある?」
「ああ。名前は知らないが」
「可愛いキャラね」
「ああ。……枝川か?」

 視界の中に、枝川の姿を見つけた。出張の予定がないが、スーツを着ていた。こちらの身内の急用だろうか?理久の姿もある。旅行には見えない。二人は恋人同士だ。

「理久君が来ているぞ。声をかけてこい」
「ええ……?」
「向こうにいる。手を振ってやれ」
「理久……」

 理久の方から手を振ってきた。二葉が立ち上がった時、枝川から会釈された。二葉が嗚咽を漏らしている声がした。理久と二葉は親友同士になっている。だからこその涙だろう。俺には見せたくないだろう。

 二葉の背中を押して促した後、まっすぐに枝川の元に向かった。理久が彼女の方に歩いてくるのが見えた。

「……枝川。今日はどうした?」
「お疲れ様です。理久が二葉さんを迎えに行くというので、強引についてきました。ちょうど空席があったので……」
「そうか。やっとそういう真似をするようになったか。早瀬には打ち明けないのか?大事な弟分の恋人だと」
「打ち明けます!これで自信がついた」
「いつ言うんだ?立ち会ってやる」
「久弥さんが、ヴィジブルレイのステージに立つ日にします。理久に背中を押されました。情けない……」
「そうか。自分で認めたのなら情けなくない」

 これは自分への励ましだ。俺は弱い人間だ。過去に置き去りにした記憶と向き合うことができなかった。検査場を抜けた時に剥がれ落ちた。

 佐久弥のトラウマのことを、伊神さんと早瀬から聞いた。生みの母親から女の子として育てられたそうだ。7歳まで。あの母親であるバイオリニストは、変わった趣向を持つことで知られている。夢の世界に浸っている人だという話だ。夏樹と悠人には話していない。

 するとその時だ。理久が二葉の名前を呼んだ。

「ふたばーー!俺の名前を呼び捨てにしろ!」
「りくーー!わたしの名前を呼べーー」
「……俺の名前だろ?」
「分かったよ。りくーー、俺の名前を呼べーー!」
「ふたばーーー!」

 搭乗客が驚いて振り向いた。それに対して軽く手をあげると、安心したかのように元通りの様子に戻った。ここでは、理久と二葉の様子を見守ろう。親友同士が抱き合っている姿を。

「二葉さんから断られましたが、理久が強引に飛行機のチケットを取った。必ず帰ってくるはずだから、ここで待つと言って聞かなかったんです。……俺の泣き顔を見ないでください」
「夏樹以外は見たくない。あいにくだ」
「相変わらず、嫌な言い方しかしませんね。おかげで強くなれた。……見てください。2人が遊びはじめた」
「何だって?ああ……」

 二葉たちが背中を合わせて、背負い合っている。お互いに顔を赤くして。明るい笑顔つきだ。

 今日は土産の山を持ち帰ることになる。ここから配送を手配する気になれなかった。夏樹に手渡したい。今日の思い出と一緒に。ありがとう。この言葉つきで。
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