恋人はメリーゴーランド少年だった~永遠の誓い編

夏目奈緖

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 病室での光景が遠ざかり、今度は黒崎家に引っ越した時の映像が流れ始めた。小学校入学前に引っ越した家には拓海兄さんがいた。それまでは母と二人で住んでいる家だった。家族が増えることが嬉しかった。拓海兄さんと暮らせるならと喜んでいた記憶がある。その家には、10歳年上の晴海兄さんが住んでいた。俺のことを嫌っていたが、理由は分からない。

 新しい環境が心細かった。それまでの友人達から離れ、知らない子ばかりの小学校へ入学した。父から褒められたいと思った。そして、もっと視線を向けてもらいたくて、いい子にしていようと思った。しかし、ある日、拓海兄さんから指摘された。 

「いい子のふりをしなくてもいいんだぞ?」 
「ふりなんかしていないよ?」 
「楽しくない時でも笑っているぞ?お兄ちゃんは見ているんだぞ?楽しくない時には笑わなくていい。悲しいときには泣け。腹が立ったら怒れ。いいか?」 
「うん……。あ……、はい!」 
「俺の前では、”うん”。他では、”はい” にすればいい。まだ難しかったか?」
「ううん、大丈夫。ありがとう。……お兄ちゃん」 

 この時の、拓海から頭を撫でてもらった手の温かさは、今でも覚えている。

(新しい場面だ……)

 これは、いつのことだろう?テストの答案用紙を持って、父の書斎から出て来た。眉間に皺を寄せた顔が怖かった。沈み込んだ気持ちのままで、拓海兄さんの部屋へ向かった。 

「……98点か。問題をよく読みなさいって?……圭一に期待しているんだ。俺の学校の成績が悪かったから」
「そんなことないだろ?」
「いいや。お父さんは順位が好きなんだ。1番が好きだから、ああいうことを言う。お前はお前だからな?」
「うん!」 

 その後も、父から同じことを言われ続けた。あまり見舞いに来なかったくせに、テストの結果や勉強のこと、質問と答えの繰り返しの会話をしていた。学校の友達のことは、何も聞かれたことはない。

 すると今度は、あの病室の光景へ戻った。贈られた色鉛筆を使って、兄さんをモデルにして絵を描いている。 

(楽しかった。褒めてもらう期待をしていなかった。思うがままに描いた時だ……)

「上手いなあ。俺なんか、褒められたことがないぞ」 
「ピアノが上手だからいいよ」 
「圭一も上手いだろう?俺の7歳の時とは、比べ物にならない。大きくなったら、画家かピアニストの、どっちになりたいんだ?両方か?」 
「ピアノの方がいい。ママは絵を見てくれないけど、ピアノを聴いてくれた時は、褒めてくれたんだ」 
「左手が痛いだろう?」 
「痛いけど、我慢するよ」 

 点滴が終わった後、白いガーゼで覆われていた。するとその時だ。映像の中に夏樹の左手が出てきた。ガーゼを当てられた俺の左手と、夏樹の白い包帯が巻かれた左手が重なっていた。そして、兄さんの姿がどんどん遠くへ行った。追いかけようとしても、ベッドからは抜け出せなかった。呼び戻したくて必死に呼んだ。

(……ここは広場か?……夏樹がいる)

 再び景色が変わり、丸池公園広場に立っていた。そばにいる夏樹が、夜空を指して笑った。 

「……俺の名前の ”夏樹”は、”夏の大三角” から取った名前だよ!」 
「……そうか」

 あの子の笑顔は、いつでも光に包まれている。だから寂しくないと思った。だんだんと目が覚めていき、部屋の天井が見えてきた。なんてリアルな夢だったのか。拓海兄さんに会えたと思い、嬉しくなった。
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