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お母さんが住んでいる番地の家へ行き着いた。玄関の門の壁には表札があった。表札の苗字は『倉口』だ。結婚相手の名字だ。黒崎の母親の旧姓は『烏丸』だ。お母さんは再婚したのだろう。
「見せたくないよ……」
ため息をついた。お母さんに腹が立っているのが正直な気持ちだ。黒崎のことを置いてけぼりにしたからだ。本当の事情を知らないし、向こうも腹を立てられる筋合いはないことは分かっている。それでも俺は嫌な思いが浮かんでいる。
「今更どうしようって言っても、始まらない……」
家の前から離れた。電気がついていないし、窓は閉まっている。すぐ目の前に小さな公園があり、その中へ入って家を眺めた。黒崎が待っているから、早く戻らないといけないのに。
「留守だな。戻ろうっと。あれ?」
戻ろうとした時、玄関のドアが開いた。まるで、スローモーションの画像を見ているようだ。母より年上に見える女性と女の子が出て来た。その子はメイクをして、髪の毛を茶色く染めている。大学生ぐらいだと思った。
黒崎からは、お母さんは離婚した後、再婚して、女の子を産んだのだと聞いた。きっと黒崎の妹に違いない。さっき会った自転車に乗った男の子と似ているから、彼は弟に違いない。
「見せたくないよ……」
公園から出て、黒崎のところへ向かって走り出した。もしも、黒崎が彼らを見たらどう思うだろうか。見ない方がいいと思った。寂しい気分になりそうだ。余計なお世話だと言われてもいい。これ以上、黒崎が傷つくのが嫌だからだ。俺が守りたいと思った。
「なかなか着かないな……」
走っている足の感覚が鈍い。待っている場所は遠くないのに、走っても行き着かない。本当に走っているのだろうかと思った。心臓が鼓動を強く打っているのに、ちっとも前に進まなかった。
もうすぐ角へ着く。この場から早く離れないといけない。そう思いながら走る足を止めて、歩いて角を曲がった。すると、黒崎が壁にもたれ掛っていた。腕を組んで空を見上げ、何か考え事をしている。とっさに俺は嘘をつこうと思った。黒崎にはお母さんを見てほしくないからだ。
「黒崎さん……。人違いだったよ」
「……どういう事だ?」
「窓が閉まっていたよ。留守だったら帰れるから、インターフォンを押したんだ。お爺さんが出てくれたよ。奥さんと2人暮らしだってさ……」
「表札は『倉口』だっただろう?」
「そうだったよ。最近、引っ越して来たばかりなんだって。倉口さんは前に済んでいた人で、表札が残していったんだって言っていたよ。もう帰ろうよー」
「お爺さんの苗字は?」
「聞かなかったよ。知らない奴に名前を教えたくないだろうから」
「夏樹」
「えーっと……」
俺の嘘がバレていると思った。こんな嘘しか思いつかない。それでもいい。この場所から連れ出せるのなら。不思議と涙が出ない。俺が泣いたら黒崎が泣けない。俺のことを慰めるのに忙しくなるからだ。さあ行こうと言い、歩き出そうとする前に、手を握り返された。
「せっかくだ。ここからは海岸線が近い。浜辺で遊んでいくか?」
「黒崎さん……」
「砂の家を好きなだけ作れ。夜中になってもいい」
「ありがとう……」
また慰められてしまった。大人になっても変わらない気がした。このままでは駄目だ。何か出来ることはないのかと思った。気分転換にカフェへ寄りたいと思ったけれど、深刻な話になりそうだからやめた方がいいだろうか。
「お昼ご飯をどうしようか?お腹が空いてないもんね?」
「先に浜辺で遊べ……」
「……圭一!……圭一でしょう?」
するとその時だ。歩き出した時に黒崎の名前を呼ばれた。振り返ると、さっきの女性が立っていた。黒崎に会わせたくないという思いが浮かんだけれど、すぐに消えてしまった。女性の表情を見たからだ。後悔とか悲しさ、嬉しさなどの感情が、ごちゃ混ぜになっている様だった。
(……すごく会いたかったのかな?)
2人の間には距離がある。お母さんは黒崎のそばへ来たいのに、それが出来ないでいることを感じた。もしも黒崎に会いたくないなら、こういう表情をしないだろうと思った。
イメージした姿は、”めったにお見舞いに来ない人”。”息子の病室へ行かずに、パーティーだけへ行く人”だ。さっき女の子と仲よく玄関から出て来た姿からは、そういう人には見えなかった。優しそうな人に見えた。
「見せたくないよ……」
ため息をついた。お母さんに腹が立っているのが正直な気持ちだ。黒崎のことを置いてけぼりにしたからだ。本当の事情を知らないし、向こうも腹を立てられる筋合いはないことは分かっている。それでも俺は嫌な思いが浮かんでいる。
「今更どうしようって言っても、始まらない……」
家の前から離れた。電気がついていないし、窓は閉まっている。すぐ目の前に小さな公園があり、その中へ入って家を眺めた。黒崎が待っているから、早く戻らないといけないのに。
「留守だな。戻ろうっと。あれ?」
戻ろうとした時、玄関のドアが開いた。まるで、スローモーションの画像を見ているようだ。母より年上に見える女性と女の子が出て来た。その子はメイクをして、髪の毛を茶色く染めている。大学生ぐらいだと思った。
黒崎からは、お母さんは離婚した後、再婚して、女の子を産んだのだと聞いた。きっと黒崎の妹に違いない。さっき会った自転車に乗った男の子と似ているから、彼は弟に違いない。
「見せたくないよ……」
公園から出て、黒崎のところへ向かって走り出した。もしも、黒崎が彼らを見たらどう思うだろうか。見ない方がいいと思った。寂しい気分になりそうだ。余計なお世話だと言われてもいい。これ以上、黒崎が傷つくのが嫌だからだ。俺が守りたいと思った。
「なかなか着かないな……」
走っている足の感覚が鈍い。待っている場所は遠くないのに、走っても行き着かない。本当に走っているのだろうかと思った。心臓が鼓動を強く打っているのに、ちっとも前に進まなかった。
もうすぐ角へ着く。この場から早く離れないといけない。そう思いながら走る足を止めて、歩いて角を曲がった。すると、黒崎が壁にもたれ掛っていた。腕を組んで空を見上げ、何か考え事をしている。とっさに俺は嘘をつこうと思った。黒崎にはお母さんを見てほしくないからだ。
「黒崎さん……。人違いだったよ」
「……どういう事だ?」
「窓が閉まっていたよ。留守だったら帰れるから、インターフォンを押したんだ。お爺さんが出てくれたよ。奥さんと2人暮らしだってさ……」
「表札は『倉口』だっただろう?」
「そうだったよ。最近、引っ越して来たばかりなんだって。倉口さんは前に済んでいた人で、表札が残していったんだって言っていたよ。もう帰ろうよー」
「お爺さんの苗字は?」
「聞かなかったよ。知らない奴に名前を教えたくないだろうから」
「夏樹」
「えーっと……」
俺の嘘がバレていると思った。こんな嘘しか思いつかない。それでもいい。この場所から連れ出せるのなら。不思議と涙が出ない。俺が泣いたら黒崎が泣けない。俺のことを慰めるのに忙しくなるからだ。さあ行こうと言い、歩き出そうとする前に、手を握り返された。
「せっかくだ。ここからは海岸線が近い。浜辺で遊んでいくか?」
「黒崎さん……」
「砂の家を好きなだけ作れ。夜中になってもいい」
「ありがとう……」
また慰められてしまった。大人になっても変わらない気がした。このままでは駄目だ。何か出来ることはないのかと思った。気分転換にカフェへ寄りたいと思ったけれど、深刻な話になりそうだからやめた方がいいだろうか。
「お昼ご飯をどうしようか?お腹が空いてないもんね?」
「先に浜辺で遊べ……」
「……圭一!……圭一でしょう?」
するとその時だ。歩き出した時に黒崎の名前を呼ばれた。振り返ると、さっきの女性が立っていた。黒崎に会わせたくないという思いが浮かんだけれど、すぐに消えてしまった。女性の表情を見たからだ。後悔とか悲しさ、嬉しさなどの感情が、ごちゃ混ぜになっている様だった。
(……すごく会いたかったのかな?)
2人の間には距離がある。お母さんは黒崎のそばへ来たいのに、それが出来ないでいることを感じた。もしも黒崎に会いたくないなら、こういう表情をしないだろうと思った。
イメージした姿は、”めったにお見舞いに来ない人”。”息子の病室へ行かずに、パーティーだけへ行く人”だ。さっき女の子と仲よく玄関から出て来た姿からは、そういう人には見えなかった。優しそうな人に見えた。
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