海のそばの音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 20時半。 

 バンドメンバー達がくつろいでいる。部屋の中では、早瀬と遠藤さんが話をしている。俺は音楽ライターからの取材を受けている。新人として取り上げるそうだ。早瀬も取材を頼まれていたが、黒崎製菓の社員のためNGだ。ステージでは名前を出していない。あれは誰だと、問い合わせが入ったそうだ。もう何件もだ。その取材が終わった後、植本さんから呼ばれた。

「ベテルギウスのカバーアルバムを出す計画がある。悠人君に出演してもらいたい。俺がIKUに推薦する」
「……ええ?」
「遠藤さん。是非とも、お願いします」

 早瀬が笑っている。すでに植本さんから聞いていた話だそうだ。スッキリとした顔をしている。まるで憑き物が落ちたという表現が合う。5年分の後悔と、自信を持てなかったことをクリアしたからだろうか。今日のステージを、心のアルバムに保存したと言っていた。さらに、遠藤さんから声をかけられた。

「悠人君。うちのレコード会社に所属してほしい」
「え?」
「僕は本気だ。夏樹君にも話をする。考えてほしい」
「夏樹も?嬉しいです!」
「もちろん、君のいるバンド全員に声をかけさせてもらう。ただねえ……、夏樹君が参加できるかどうかなんだ……」

 遠藤さんが早瀬の方を向いた。顔を見合わせて、2人がウーンと唸っている。どうしてだろう。夏樹はYESという返事だと思うのに。

「夏樹は、本気で歌を続けると言っています」
「いや、黒崎家の事情があるんだ」
「裕理さん。それって養子のことに、関係があるの?」
「……そうだよ。夏樹君には話していないことだ。彼は黒崎製菓グループで勉強する方向で考えられている。黒崎社長の意向だ。圭一さんは、そうさせる気がない。音楽活動をメインにさせる考えだ」
「……黒崎社長は、音楽活動をするのは賛成だと言っている。……しかしこの先、音楽の方が大きくなっても、両立は難しいだろう。彼は体が弱い。激しい歌唱は体に負担をかける。そのことが、黒崎社長の心配事だ」
「圭一さんも同じ考えだ」
「夏樹の意見は?」
「2人の意見が合ってから話すという事は聞いているよ」
「そんな……」

 そこには、夏樹の意志がないようだ。そんな事はないだろう?俺の家のように縛られるのか?せっかく、縛らない両親の元で育ったというのに。

「どうして?夏樹の意志は?黒崎製菓で働くかも知れないって、本人は知っているの?」
「黒崎家に従うと言っているそうだ。圭一さんを助けるためだ」
「それなら参加できません。あの子のおかげもあって、自由になれたんだから。裕理さんと出会えたのは、夏樹のおかげだよ。俺だけ自由にはなれない」
「悠人。よく考えて答えを出そう」
「うん……」

 夏樹は自ら『家』に飛び込んだのか。パートナーが同じ意見なら、そうすればいいのに。でも、そうできない事情というものがある。俺に何が出来るだろう。どれを選んでも、俺は夏樹のそばにいる。そう決めた。
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