アイアンエンジェル~あの日の旋律

夏目奈緖

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 この店は、黒崎の知り合いの人がオーナーだそうだ。テーブル同士の間隔が広いし、吹き抜けの天井で開放感がある。広いカウンターがあり、スタッフと楽しそうにお客さんが話している。

 さっそく料理が運ばれて来た。どれもが少なめの量であり、コース料理なのに、まとめてテーブルに並んだ。一品ずつ食べると途中でお腹が張り、他の物が食べられなくなるからだ。少しでも食べてもらいたいと黒崎が言い、店を選んでくれている。

「いつもありがとう」
「できるかぎりだ。ここなら落ち着けるか?」
「うん。話しやすいよ。大人っぽいし」
「そうか?」
「うん……」

 テーブルには、エビやホタテが入ったパスタ、スープ、肉料理が並んでいる。黒崎がワインを飲んでいる姿を眺めた。地元にいた時は車を運転していたから、お酒を飲むことがなかった。今はタクシーを使っているから飲める。

 家でビールを飲んでいる彼の姿の時は、親父そのものだ。今は違う。素敵な人に変身している。今夜の甘い夜への序奏だ。きっとそうだ。黒崎も同じことを考えていると思った。

「さっきからどうした?」
「え?何でもないよ?」

 誤魔化しきれずに俯いた。目の前の気配が動いたから、慌てて窓の方を向いた。笑い声を立てられたから、意地悪だと思って正面を向くと、至近距離に顔があった。ベッドで向けられているような、甘くてクラクラするような眼差しだ。視線を絡み取られて、心臓の鼓動が跳ね上がった。そして、小声で囁かれた。

「何か期待しているのか?」
「ダメなわけ?」
「そんなわけあるか」
「黒崎さん……」

 唇からの吐息が顔に触れた。目を閉じてキスを待った。下唇に指先の感覚があったから、つまんで引っ張られないように警戒した。それは必要なかったようだ。指先で優しく唇を辿られた。早くキスをしてほしいのに、待ち望んでいる感触がない。焦れて目を開けると、頬へ痛みが走った。つねられてしまった。

「いたっ」
「口にソースが付いていた」

 平然として、黒崎が指先をナプキンで拭いた。その後はワイングラスを口に運び、満足そうにしていた。肩透かしを食らったから悔しい。

「うっうっ」
「ガキはこれを飲め。ノンアルコールだ。見た目だけを楽しめ」
「どうせ子供だよーー」
「誕生日の辺りから、背伸びを始めているように見えているぞ?大泣きするくせに。ガキのままで、自然体でいろ」
「うーーっ」
「そういう反応がガキだ」

 黒崎の言うとおりだ。こういうところは、俺は高校生の時から変わっていない。すぐに子供のような反応をしてしまう。大人に近づきたくて堪らなくなっているのに。
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