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12時半。
黒崎製菓本社ビル一階にあるカフェへ入った。『Charlotte's kitchen』という名前だ。会社で扱っている菓子をコンセプトに、メニューを展開している。一般客向けに使ったカフェだが、社員も利用可能だ。100席の広い店舗だ。昼食時ということもあって客が多い。
一番奥の隅の席に腰かけた。今日一緒に昼食を取るのは、父と深川副社長だ。深川副社長がほうじ茶を飲み、父が白玉ぜんざいを食べている。2人とも満面の笑顔を浮かべている。
するとその時だ。数人の社員の姿が視界に入った。俺たちを見るなり驚いていた。それには納得できる。社長、副社長が揃っているから、居合わせた社員が落ち着けない。それがありながらも、この店を選んだのは理由がある。父である黒崎社長が、俺のことを特別扱いすると宣言するためだ。心置きなく、息子面をさせてもらう。社内に活気を起こすためだ。変化があった方がいいという深川副社長の意見だった。
深川さんは65歳で、父とは年齢差がある。しかし、二人は黒崎製菓入社当時からの友人であり、こうして肩を並べて話している姿からも、仲の良さが分かる。
「深川君。このぜんざいを食べてみろ。いい味だ」
「デザートで頂くよ」
「よく利用しているのか?」
「いや。2人で利用するのは、今回が初めてだ」
「そうなんだよ。2人で来たくても。人目が気になっていたからね。社員が落ち着けない。今もそうらしい」
「圭一君が目立つからだ。ここまで目立てば、開き直るしかない」
「そうだ。私たち2人では中途半端だ」
「おかげで念願が叶ったよ」
「はははは」
本気で楽しそうな笑い声を立てられた。深川さんは、俺にとって大切な人だ。秘書時代に悔し泣きをしていた時、見ないふりをしてくれた。そして、落ち着いた頃に声を掛けてくれた。神様は乗り越えられる人にしか、試練を与えないのだと。その言葉を大切にして、ここまでやって来られた。
最初の会社を任されて以来、深川さんは常に相談役になってくれた。いつの間にか相談事をする回数が減り、プライベートの話題が中心になっていった。その後、黒崎製菓グループの方向性の話題が中心に変わった。その話が出る度に、俺は黒崎ホールディングス側の立場で意見を出し、深川さんも黒崎製菓側の人間として答えてくれた。
深川さんのようになることが俺の目標だ。しかし、超えられない壁だ。こうして副社長と常務としての立場で向かい合える日が来た。俺のことを認めてもらえた証だと思う。常務取締役をやらないかという話が出た時は、今までの疲れが解放された思いだった。
今日昼食に呼ばれたのは、息子面させるためだけではないだろう。他に何か理由があるのは承知の上だ。黒崎製菓の経営は安定しているが、伸びてもいない。合併によって黒崎ホールディングスのレストラン事業を承継するのは、今後の見通しではプラスになるだろう。つまり、経営のことで話したいことがあるのではないかと思った。
「単刀直入に聞く。この船は沈みかかっているのか?」
「相変わらずストレートだね」
「親父。そうなのか?」
「新しいかじ取りが必要だ。沈みかかってはいない。黒崎ホールディングスの代表取締役社長を迎えられて肩の荷が下りた。お前が来なければ、私は退任するところだった」
「3年後に海外へ放り出してやる」
「楽しみにしている。お前のことを若造だと見る人間はいるだろう」
「かえって都合がいい。様子を見られているうちに、トラップを仕掛けられる。3人いるだろう?派閥争いの相手は……」
派閥争いをしている状況ではないだろう。もちろん、2人は分かっている。社内の淀んだものを追い払い、循環させて見せる。3年後だ。
食事を終えて店から出た瞬間から、社長、副社長、常務としての顔に戻った。怪訝そうな視線を向けてくる相手を尻目に、エレベーターへ乗り込んだ。
黒崎製菓本社ビル一階にあるカフェへ入った。『Charlotte's kitchen』という名前だ。会社で扱っている菓子をコンセプトに、メニューを展開している。一般客向けに使ったカフェだが、社員も利用可能だ。100席の広い店舗だ。昼食時ということもあって客が多い。
一番奥の隅の席に腰かけた。今日一緒に昼食を取るのは、父と深川副社長だ。深川副社長がほうじ茶を飲み、父が白玉ぜんざいを食べている。2人とも満面の笑顔を浮かべている。
するとその時だ。数人の社員の姿が視界に入った。俺たちを見るなり驚いていた。それには納得できる。社長、副社長が揃っているから、居合わせた社員が落ち着けない。それがありながらも、この店を選んだのは理由がある。父である黒崎社長が、俺のことを特別扱いすると宣言するためだ。心置きなく、息子面をさせてもらう。社内に活気を起こすためだ。変化があった方がいいという深川副社長の意見だった。
深川さんは65歳で、父とは年齢差がある。しかし、二人は黒崎製菓入社当時からの友人であり、こうして肩を並べて話している姿からも、仲の良さが分かる。
「深川君。このぜんざいを食べてみろ。いい味だ」
「デザートで頂くよ」
「よく利用しているのか?」
「いや。2人で利用するのは、今回が初めてだ」
「そうなんだよ。2人で来たくても。人目が気になっていたからね。社員が落ち着けない。今もそうらしい」
「圭一君が目立つからだ。ここまで目立てば、開き直るしかない」
「そうだ。私たち2人では中途半端だ」
「おかげで念願が叶ったよ」
「はははは」
本気で楽しそうな笑い声を立てられた。深川さんは、俺にとって大切な人だ。秘書時代に悔し泣きをしていた時、見ないふりをしてくれた。そして、落ち着いた頃に声を掛けてくれた。神様は乗り越えられる人にしか、試練を与えないのだと。その言葉を大切にして、ここまでやって来られた。
最初の会社を任されて以来、深川さんは常に相談役になってくれた。いつの間にか相談事をする回数が減り、プライベートの話題が中心になっていった。その後、黒崎製菓グループの方向性の話題が中心に変わった。その話が出る度に、俺は黒崎ホールディングス側の立場で意見を出し、深川さんも黒崎製菓側の人間として答えてくれた。
深川さんのようになることが俺の目標だ。しかし、超えられない壁だ。こうして副社長と常務としての立場で向かい合える日が来た。俺のことを認めてもらえた証だと思う。常務取締役をやらないかという話が出た時は、今までの疲れが解放された思いだった。
今日昼食に呼ばれたのは、息子面させるためだけではないだろう。他に何か理由があるのは承知の上だ。黒崎製菓の経営は安定しているが、伸びてもいない。合併によって黒崎ホールディングスのレストラン事業を承継するのは、今後の見通しではプラスになるだろう。つまり、経営のことで話したいことがあるのではないかと思った。
「単刀直入に聞く。この船は沈みかかっているのか?」
「相変わらずストレートだね」
「親父。そうなのか?」
「新しいかじ取りが必要だ。沈みかかってはいない。黒崎ホールディングスの代表取締役社長を迎えられて肩の荷が下りた。お前が来なければ、私は退任するところだった」
「3年後に海外へ放り出してやる」
「楽しみにしている。お前のことを若造だと見る人間はいるだろう」
「かえって都合がいい。様子を見られているうちに、トラップを仕掛けられる。3人いるだろう?派閥争いの相手は……」
派閥争いをしている状況ではないだろう。もちろん、2人は分かっている。社内の淀んだものを追い払い、循環させて見せる。3年後だ。
食事を終えて店から出た瞬間から、社長、副社長、常務としての顔に戻った。怪訝そうな視線を向けてくる相手を尻目に、エレベーターへ乗り込んだ。
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