上弦の月の天使~結ばれた約束の夜

夏目奈緖

文字の大きさ
12 / 514

3-2(黒崎視点)

しおりを挟む
 午前7時半。

 スーツに着替えて下へ降りていくと、夏樹が洋服ブラシを持って待っていた。埃ひとつない姿で出勤するために。深川副社長から教え込まれた方法だ。出勤前にスーツにブラシを掛ける。これを日課にすれば、自然と清潔感を保てる。20歳の秘書時代から数えると、16年間続いている。夏樹との年齢差と同じだと気づいた。

「黒崎さん。背中を掛けるからね。今日のスーツ、アマトリチャーナだよね?大事な会議があるの?」
「ああ。ワタベ電機の代表取締役と会う。アッタンリーニだぞ」
「そうだっけ?6日後に誕生日だね。37歳か~。33歳だったのにね。あの時は」
「16歳差になる。おじさんは嫌いか?」
「そんなことないよ。昨夜はビールと湿布の匂いがしてたけど。今はいい感じだよ」

 ビールの本数を減らされている状況だ。会食で飲む分、やめておけといって。自覚しているから言い返しができない。さらに追加で憎まれ口を叩かれて、唇を塞いでやった。わざと濃厚にしたのはお仕置きだ。

 そして、家の前にタクシーが停車した。規則に従って出勤し始めて、2年半以上が経った。前職で社長を務めていた時は、自分の運転で出勤していた。その方が小回りが利くからだ。

 高校時代の夏樹の送迎をして、車内で会話をした。その時間が無くなり、当初は寂しかった。夏樹は大学までは電車で通学している。たった一人で。大きなことが起こらずに済んでいるのは、近所の人の協力がある。

 門のそばには、その人達が立っている。今朝は4人で見送られている。夏樹が可愛がられて、駅までの道や、通学電車で一緒になることが多い。助かっている。さっそく声を掛けた。

「……宮川さん。和菓子をありがとうございました。父も一緒に頂きました。さっそく買い求めていました」
「こちらこそ。ミルクカボチャ食パンをありがとう」
「……田辺さん。先日は夏樹がお世話になりました」
「いいえ。とんでもない。主人も喜んでいました」
「いってらっしゃーい」

 女性達へ微笑みを返した後、夏樹とアンの頭をなでた。行って来る、いってらっしゃい。この短いやり取りに幸せを感じている。

 夏樹が着ている粋な柄をした綿入り半纏が、よく似合っている。和柄を好む本人のために、怜がデザインした柄の生地を提供してくれた。さらに、一貴という4番目の兄がミシンを使い、この半纏を作ってくれた。首に巻き付けてあるのは、冷え防止の手ぬぐいだ。いっそう可愛い。

「夏樹君。後でミカンを持ってくるわ。美味しくて、多めに買ったの」
「ありがとうございます。黒崎さんも好きなんです」
「本当に歌手のナツキ君なのかしら?ステージだと激しいのに。こうしている時は、おっとりしているから」
「よく言われるんだ~」

 ステージとは別人だという話だ。色気のあるイケメンから、のんびりした男の子になる。近所の人達が、本当に夏樹君かしら?と、人形のような顔立ちの彼を眺めていた。家の中では、色気を醸し出して翻弄されている。とても外では言えない。

 タクシーに乗り込んだ後、全員へ微笑みかけた。走り出した後で外を眺めると、夏樹を中心に物々交換が始まっていた。おかげで、安心して出勤することが出来た。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

サラリーマン二人、酔いどれ同伴

BL
久しぶりの飲み会! 楽しむ佐万里(さまり)は後輩の迅蛇(じんだ)と翌朝ベッドの上で出会う。 「……え、やった?」 「やりましたね」 「あれ、俺は受け?攻め?」 「受けでしたね」 絶望する佐万里! しかし今週末も仕事終わりには飲み会だ! こうして佐万里は同じ過ちを繰り返すのだった……。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

【完結】お義父さんが、だいすきです

  *  ゆるゆ
BL
闇の髪に闇の瞳で、悪魔の子と生まれてすぐ捨てられた僕を拾ってくれたのは、月の精霊でした。 種族が違っても、僕は、おとうさんが、だいすきです。 ぜったいハッピーエンド保証な本編、おまけのお話、完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! トェルとリィフェルの動画つくりました!  インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 プロフのWebサイトから、どちらにも飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

没落令息はクラスメイトの執着に救われる

夕月ねむ
BL
突然父親の爵位がはく奪され、帰る屋敷も家名も失ったローレンス。貴族が集まる学院の寮からも放り出されるところだった彼を、クラスメイトのアルフレッドが引き留める。 「侯爵家の私であれば、従者をひとり授業に同席させることができる」と言って。 アルフレッドの従者となったローレンス。けれどその二年後、彼らの関係は再び大きく変わることとなった。 ※FANBOXからの転載です。 ※他サイトにも投稿しています。

処理中です...