上弦の月の天使~結ばれた約束の夜

夏目奈緖

文字の大きさ
112 / 514

12-5

しおりを挟む
 14時。

 荷解きや片づけは、ほぼ完了した。後は暮らすうちに並べ替えるぐらいだ。まずはひと休憩しようと、買ってきたお茶を飲んでいる。

 まだ冷蔵庫が冷えていないから、クーラーボックスに冷たい飲み物を入れてある。真羽は自炊派だ。この新居の周辺には飲食店が多いから、たまには外食すると言って、楽しそうにしている。

 大学寮は家具が用意されていたし、真羽自身が荷物の少ないタイプだ。夕方までかかる予定で来たけれど、すぐに荷物が片付き、手持ち無沙汰になった。

 片付けは伊吹の得意分野だから、早く終わった。俺との息も合った。実家では分担して家事をやっていたから、お互いのリズムを掴んでいることも理由だ。

(顔も似ているし、片付けのやり方も、動き方も似ているって言われた。否定できないよー)

 そんなことはないだろうと思っても、同じ答えが出てくる。嫌っていないし尊敬もしている。かなわない存在だと思っている。しかし、それでも、この暑苦しさには倒れそうだ。黒崎に話しかけている。

「夏樹はっ。片付けが得意なんです。小さい頃から教えたからでしょう。保育園児のうちからハンカチのたたみ方を教えておけば、習慣化しますから」
「……有り難いことだ。おかげで物が多い我が家が片付いている」
「黒崎さんは荷物が少ないタイプでしょう?その点うちの弟は、整頓上手な分だけ荷物が多い。それをクリアする腕を育てたのは俺です。いやーー、どこへ出しても恥ずかしくない子でして」
「……黒崎家としても同じ意見だ。近所の女性達から可愛がられている」
「夏樹はっ。俺の後ろを追いかけてくる子でして。井戸端会議のコツを知らず知らずのうちに身に着けたのでしょう。うひゃひゃ。三輪車に乗り込み、集まりに参加してですね……」
「やめろって。真羽、真に受けるなって」

 真羽は納得している様子だ。弟思いのいい兄貴で羨ましいと言っている。すると、伊吹が気を良くして、俺に聞いてきた。理学部での様子はどうだ?いじめっ子はいないのか?と。そして、量子学の神仙教授はクセが悪いが、決して悪い人物ではない。俺がそうさせたからだと言った。

「お兄ちゃん、何かしたのかよ?」
「夏樹!兄として当然のことだ。お前の話題を出して、会食の場を盛り上げている。これぐらいのサポートはさせてもらいたい」
「何の話をしているんだよ~」
「ドイツの出版社でも話題になった。……バーテルス氏の従兄弟が留学しているのか!?ノア君というのか。真羽、ぜひとも紹介してくれたまえ。同じ学科なのか」
「本人は人見知りでして」

 さすがに空気を読んだのか、真羽がやんわりと断ってくれた。ノアは伊吹の評判を知っていて、ドン引きしていた。あまり会いたくないだろう。しかし、バーテルスさんの方は伊吹に興味深々であり、プライベートで会いたいと話していた。

 それを盗み聞きしたのか、伊吹は知っていた。弟子の二葉が会いたがっているという、断りづらい口実まで持ち出した。たしかに俺にも言っていたから、否定してツッコめない。

「黒崎さんっ。バーテルス氏を紹介してください。来月、ドイツへ向かうので」
「彼は多忙だ。すれ違いが多い」
「羽音さんが、バーテルス氏との会食の席を予定していると、情報を得ましたが」
「ええ?」
「ひいいいいっ」

 伊吹の情報量に悠人が悲鳴を上げた。まさかその会食に割り込むつもりだろうか。できれば静かにしていてもらいたいのに。すると、悲鳴を上げた悠人に伊吹が微笑みかけた。
 
「悠人君!俺としては喜ばしい評価だ。……25歳の若き経営者は、古狸から下手に見られる。最近はメディアが持ち上げてきたけどな!……君たちとの繋がりで、佐伯久弥氏への顔つなぎをしてもらいたい。……黒崎製菓グループと千尋製菓さんには圧力をかけたから、俺一人の力でお前達を守り、ビビらせたいわけだ!」
「リスペクトするよーー」

 悠人が感激した。まるで伊吹の独演会の状況になった。そろそろお開きにして帰るべきだろう。タイミングを見計らうことなどない。

「お兄ちゃんの演説は、もうお腹いっぱいだよ。ここでお開きにしようね」
「夏樹!いつからそんな悪い子になったんだ?お兄ちゃんの話を聞きたがっていたじゃないか。小学校に上がった時、どんな風なのかと……」
「諸行無常だよ。あの時の俺は、あの時に存在したのであって、今の俺ではないんだ」
「うぬぬぬ……」
「せっかくだ。みんなで食事に行こう」
「はーい!やったー」

 黒崎が皆のことを食事に誘い、上手く矛先を変えることに成功した。

 そして、エントランスを出て、マンションを見上げた。

 名前は“ニュームーン”だ。

 引越し作業が無事に終わり、新しい生活が始まる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

【完結】お義父さんが、だいすきです

  *  ゆるゆ
BL
闇の髪に闇の瞳で、悪魔の子と生まれてすぐ捨てられた僕を拾ってくれたのは、月の精霊でした。 種族が違っても、僕は、おとうさんが、だいすきです。 ぜったいハッピーエンド保証な本編、おまけのお話、完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! トェルとリィフェルの動画つくりました!  インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 プロフのWebサイトから、どちらにも飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

没落令息はクラスメイトの執着に救われる

夕月ねむ
BL
突然父親の爵位がはく奪され、帰る屋敷も家名も失ったローレンス。貴族が集まる学院の寮からも放り出されるところだった彼を、クラスメイトのアルフレッドが引き留める。 「侯爵家の私であれば、従者をひとり授業に同席させることができる」と言って。 アルフレッドの従者となったローレンス。けれどその二年後、彼らの関係は再び大きく変わることとなった。 ※FANBOXからの転載です。 ※他サイトにも投稿しています。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

処理中です...