上弦の月の天使~結ばれた約束の夜

夏目奈緖

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 会場へ入るのは早すぎるから、カウンターで振舞われているソフトドリンクを受け取り、資料を見ながら3人で話を始めた。深川さんと黒崎が入れ替わりながら、多くの人と話している姿を眺めた。

 忙しそうなのに、全く慌てる素振りが見られない。気が張っているのは、少しだけ分かる。かっこいい、羨ましい。その思いに加えて、頑張っているなという言葉がプラスされた。自分に自信がついて来たと思う。

 黒崎が俺達の方を見て、微笑み掛けて来た。それは家の中と同じもので、胸の鼓動が跳ねた。いっそう、素敵さが増したからだ。このままでは挙動不審だと、悠人から、お義父さんの背中に隠された。黒崎が苦笑していたからだった。

「……お久しぶりです」
「……こんにちは」

 さっそくお義父さんへ声をかけた人達がいた。邪魔にならないように立ち、昨日のことを思い浮かべた。晴海さんから聞いた、お義父さんからの暴露話の件だ。俺としては不思議に思っていたことが判明し、新たにもやっとした思いが出来たといえる。

 晴海さん自身は、黒崎家全体から馬鹿にされて育ったと話している。お義父さんが発破をかけた分、プレッシャーになった。それが悪循環になって自信が持てず、大学在学中に秘書を始めた後も、上手く出来なかった。

 ただし、深川さんとお義父さんは見抜いていた。経営者としてのセンスに長けていることを。秘書を辞めさせて経営企画部へ変更したのは、晴海さんも納得の上であり、やりがいを感じていた。

 その3カ月後のことだ。純白さんの副社長退任の理由を知り、そして、自分に対する周りからの仕打ちを目の前にして、苛立ちと絶望感しか持てなかったそうだ。お義父さんが晴海さんのことを役員にさせた上で、好きな事をさせようとしたのは、その思いを汲み取っての決断だった。お義父さんが説明しなかったから、晴海さんが誤解した。その後、役に立たない息子を貫き通したという。

「……晴海さんが呆れていたんだよ。お義父さんから、”お前の事は分かっている。好きなことをやれ”って言われたんだって。……それだけで分かるわけがないだろうって、晴海さんが言っていたよ。黒崎さんの秘書時代も、似たような話があるんだ。……”どうだ?……やっているか?”って、お義父さんから話しかけられたんだって。……仕事はどうだ?つらくないか?って、意味だったんだ。でも、黒崎さんはミスを指摘されたばかりだったから、叱りに来たんだと思ったそうなんだよ。でも、深川さんのフォローで、”君のことを心配して顔を見に来たんだよ”って教えてもらえたんだって」
「ふむふむ……」

 全てがいい話ではない。お義父さんは晴海さんと黒崎のことを兄弟間で競わせて、成長させるという方法を使ったからだ。その2人が許したことで、残っていた溝が埋まった。

 そして、二葉との誤解も埋まりつつある。しっかりした相手と結婚させると言い回っていたのは、周りへのけん制だった。二葉が都内に引っ越した時から、縁談が持ち込まれ始めたからだ。これも本人に説明しなかった。二葉を守るためだったのに。

 黒崎と二葉の溝も出来ていた。同性が好きかも知れないと打ち明けられる前に、二葉のことを本気で結婚させようとしたことが判明したからだ。営業企画部内で候補者を当たったが見つからず、枝川さんと橋本部長に、”グループ内で良い相手がいたら教えてくれ”と頼んだそうだ。実際の人となりを知るには、同年代の意見を参考にする方がいいからだ。それだけなら、火種になりづらかった。黒崎が会社で二葉に話しかけた時に、こう言ったそうだ。

「……”お前の結婚のことを、今は考えていないぞ”。……じゃあ、今は何を考えているんだ?って、二葉は受け取ったんだ。はっきり言ったり、言葉数が少なかったりする親子だよねえ。ヒャーー。いたた!何するんだよー」
「……ハンカチを振り回すな」

 いつの間に、そばに来ていたのだろう?黒崎が優しい笑顔のままで、下唇を引っ張って来た。嫌味たらしさが増したぞと言い返すと、帰った後で埋め合わせると囁かれた。さらに、周りに分からない角度で、息を吹きかけられた。

 赤くなった顔をハンカチで覆っている間に、向こうへ行ってしまった。このタイミングで会場アナウンスが流れて、俺達も会場へ入って行った。
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