回転木馬の音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 午前9時半。 

 この会議室にいる80名の参加者を見守った。ざわめきが治まり、張り詰めた空気に変わった。壇上のスクリーンには、”黒崎製菓株式会社・インターンシップに際して”という文字が表示されている。

 司会進行役の南波なんばが、3日間のスケジュールを説明している。オリエンテーション、講義形式、グループワーク、社内見学と進み、注意事項の説明に入った。

「……注意事項として、参加者の皆さんお願いしたいことがあります。3日間のインターシップ期間中、個人間での連絡先の交換を控えて下さい。集中して頂くためです。……つぎに、社を代表して、常務取締役、営業企画部部長よりご挨拶を……」

 紹介された後、黒崎が壇上にあがった。マイクの前に立ち、会場を見渡して微笑んだ。これぞ”優しそうな人”だ。次に登場する、俺という”鬼”が引き立つ。そして、よく通る声が会場内に響き渡った。

「……皆さん、おはようございます」 
「おはようございます……」
「おはようございます!」 

 会場内からは控えめな挨拶が響いた。夏樹の隣に座っている男子大学生だけが、元気な挨拶を返した。彼の名前は如月涼介《きさらぎりょうすけ》という。悠人と同じ時期に、推進室にてバイトをしていた。

 如月の大きな声での挨拶に、黒崎が微笑んだ。イジることに決めたようだ。如月の方へ視線を向けて微笑んだ。そして、全体を眺めた後、真ん中の列に視線を向けた。誰をイジろうかと探しているのだろう。黒崎の得意技のひとつだ。

「……みなさん、元気がないですね。起きている方はもう一度、挨拶をしてください」

 会場内に小さな笑い声が起きた。さっきよりも大きな声で『おはようございます』と、声があがっていく。それを聞きながら、1人ずつ挨拶を返していく。

 ひと通り済んだ後、中央辺りで動画を撮影している、部下の平田へ視線を向けた。去年入社したばかりだ。ムードメーカー的な役目をしている。いい切り返しが期待できるだろう。黒崎からの視線に気づいて、平田が顔を上げた。

「……平田君。ここは上司の顔を立ててほしかった。寂しいよ。挨拶を返してくれないか。無視なのか?」
「いえ!とんでもありません。……おはようございます!」

 平田が敬礼するかのような仕草をしたことで、どっと笑いが起きた。マイクを通さなくても聞こえるぐらいの大きな声だ。ますます笑いが起きた。

 会場内の空気が変わりつつあるタイミングで、黒崎が如月へと視線を向けた。周りにそれを知らせるような動作をしたため、前方の席の参加者たちが振り向いた。如月は動じていない。笑顔のままだ。

「君は最初から気合が入っていたね?」
「気合なら誰にも負けません!」
「……期待しているよ。説明会で君のことを覚えたよ。如月涼介君」
「はい!」

 会場内から笑い声と、どよめきが起きた。前回の説明会でも、さっきのように元気な挨拶をしていた。イジられたことを知っている子も、ここにいるだろう。目立つことで覚えてもらった。採用に有利だと。そんな視線を向けている者がいる。しかし、当の本人は意に介していない。

「……今朝もしっかり朝ごはんを食べてきたんだね?」
「はい!田中屋のアンパンです!」
「……わが社の商品名を言わないところがいいね」
「あ……っ」

 如月が慌てた様子になったことで、一気に会場内が沸いた。イジられた如月には、黒崎からの優しい笑顔が向けられて挨拶が終わった。

 理久はどうしているだろう?集中できているだろうか?後方の席に視線を向けると、熱心にペンを走らせていた。

(成長したか。さすがにあのままじゃないだろう……)

 理久は無邪気で深く考えていない性格をしていた。その反面、人の顔色を窺う面もあった。中学生の頃の話だ。今回のインターンシップでは周りと上手くやれるだろうか。何かやりそうだと心配になる。

 黒崎が壇上から戻ってきた。俺と話している姿を見た参加者から悲鳴があがり、その様子を見ると、何か誤解をされているようだ。ここでもデキていると思われたのに違いない。黒崎は気にしておらず、夏樹のことを見て微笑んでいた。
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