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教会に続いている煉瓦づくりの小道を歩き、大きな屋根の下にある、広いベンチのそばに行った。3人の先客がいる。泣いているのに、こっちを見るそぶりがない。気づかないふりをしてくれたようだ。
ここに持って来たのは、タオルハンカチだけだ。これ以外は思いつかなかった。早瀬が俺のスマホを持っていたから、忘れていたのだと気づいた。加藤さんからは早瀬の方に電話が入る。今は頼りなさいと、加藤さんから念押しされた。
「みんな優しいね……」
「同じことがあったのかも知れない。ここなら泣いても平気だ」
「うん……」
「……佐久弥から電話がかかってきた。向こうで話すよ。いいか?」
「うん。大丈夫だよ」
早瀬に直接連絡が入るのは、初めてのことだ。いつもは俺か蔵之介さんを経由している。ふと、昨日のことを思い出した。病室の外で待っている間、佐久弥から肩を抱かれていた。彼も落ち込んでいた。そして、搬送された後の、スタジオ内のことを教えてくれた。
(……夏樹の気迫に押されて、5人のスタッフが倒れた。終了した後のことだ)
(……そんなに大勢? )
(……こんな言い方はよくないけど、IKUの中で噂が広まったぞ。すごい新人が出たって。悠人のこともだぞー?)
(……マイナスなこと?)
(……違うぞ。俺と夏樹のコントロールが上手い子だと、あちこちで評判になっている)
早瀬の電話は続いている。さっきよりも離れた場所に立っているのは気にならない。佐久弥との通話が終わり、今度は黒崎さんと話し始めた。仕事の段取りだろう。休みを取る必要がある。
「はあ……。気持ちがいいなあー」
この病院は湾沿いの土地に建てられている。風に乗って、水辺の匂いがした。都内だというのに静まり返っている。通り過ぎる歩行者もいない。
小高いこの場所からは湾が見える。水面が穏やかに揺れて、太陽の光に反射している。何羽かの鳥が飛んでいるのが見えた。あれはカモメだろう。一匹だけが近くに飛んできて、白とグレーのコントラストのある羽を広げて旋回した。そして、仲間のところに戻って行った。
あの子のように、自分も誰かと一緒に居たいと思っていた。今はそうでもない。たった一人で静かに過ごすのも心地いい。
「……こちら、構いませんか?」
「……どうぞ」
「……ありがとう」
一人分だけ離れた位置に、60代ぐらいの男性が腰かけた。お見舞い用の花を持っている。誰かを待っているのかな?ただ静かに、湾の方を眺めはじめた。帽子をかぶっているから、男性の顔は見えない。
(……何か話しかけた方がいいのかな?)
少しだけ視線を上げた後、やっぱり話しかけるのをやめた。今の時間を必要としているのだろう。俺も同じだ。しかし、泣いているのがバレたようで、大丈夫ですか?と声をかけてくれた。そして、静かに2人で湾を眺めた。
俺は人の輪に入りたかった。いつも誰かと一緒につるんで騒ぐ。それを見た人は友達が多いと感じる。そうしたくて輪の中に入っていた。その呪いが解けてきて、静かにしているのもアリだと知った。
(靴ひもが解けていたのか……)
スニーカーの靴紐が解けていた。何をやっても不器用なのに、なぜか靴紐を結ぶのは得意だ。誰でもそうか?いや、夏樹は苦手だと言っていた。
(こんなことも言っていたなあ……)
上手く結べないでいると、黒崎さんから下手くそだと笑われていたそうだ。まるで人間関係のようだとも言われたと言っていた。俺もそう思った。いくつもの穴を交差して通されていく。たまに絡み合って、ふいに解けて、再び結ばれる。そう思うと、自分も結ぶのが下手なのかも知れない。
(……気合を入れて結ぼう!)
靴ひもに指を掛けて、ぎゅっと力強い動作で結んだ。変な形の輪っかができてもいい。かっこ悪くてもいい。歩ければいい。転んでもいい。そう思ったのに、きれいなリボン結びができあがった。
(おおー、いつもながら綺麗な形だ。ふむふむ……)
何でもないことなのに、グルグル巻きにしていた紐が解けた気がした。実際には結んだのに。
「……ゆうとくーん、おいでー」
「あ……、終わったんだ」
結び終えた時に、早瀬から手招きされた。向こうへ行く前に大事なことがある。男性の方に振り向き、その前に立った。
「ありがとうございました!」
「ああ……」
この時間を一緒に過ごしてくれてありがとう。そうお礼を言った。すると、男性が何も言わずに微笑み返してくれた。さっきと同じく帽子に顔が隠れているが、口元だけが見えた。さらに離れた場所から手を振ると、また振り返してくれた。その瞬間に胸が熱くなり、涙が込み上げてきた。
早瀬のそばに行くと、夏樹が目を覚ましたと聞かされた。居ても立っても居られなくて、走り出そうとしたら止められた。
転んで怪我をするわけにはいかない。珍しく自分の方から、手を繋ごうと差し出した。早瀬が微笑んで握り返してきた。とても温かかった。
ここに持って来たのは、タオルハンカチだけだ。これ以外は思いつかなかった。早瀬が俺のスマホを持っていたから、忘れていたのだと気づいた。加藤さんからは早瀬の方に電話が入る。今は頼りなさいと、加藤さんから念押しされた。
「みんな優しいね……」
「同じことがあったのかも知れない。ここなら泣いても平気だ」
「うん……」
「……佐久弥から電話がかかってきた。向こうで話すよ。いいか?」
「うん。大丈夫だよ」
早瀬に直接連絡が入るのは、初めてのことだ。いつもは俺か蔵之介さんを経由している。ふと、昨日のことを思い出した。病室の外で待っている間、佐久弥から肩を抱かれていた。彼も落ち込んでいた。そして、搬送された後の、スタジオ内のことを教えてくれた。
(……夏樹の気迫に押されて、5人のスタッフが倒れた。終了した後のことだ)
(……そんなに大勢? )
(……こんな言い方はよくないけど、IKUの中で噂が広まったぞ。すごい新人が出たって。悠人のこともだぞー?)
(……マイナスなこと?)
(……違うぞ。俺と夏樹のコントロールが上手い子だと、あちこちで評判になっている)
早瀬の電話は続いている。さっきよりも離れた場所に立っているのは気にならない。佐久弥との通話が終わり、今度は黒崎さんと話し始めた。仕事の段取りだろう。休みを取る必要がある。
「はあ……。気持ちがいいなあー」
この病院は湾沿いの土地に建てられている。風に乗って、水辺の匂いがした。都内だというのに静まり返っている。通り過ぎる歩行者もいない。
小高いこの場所からは湾が見える。水面が穏やかに揺れて、太陽の光に反射している。何羽かの鳥が飛んでいるのが見えた。あれはカモメだろう。一匹だけが近くに飛んできて、白とグレーのコントラストのある羽を広げて旋回した。そして、仲間のところに戻って行った。
あの子のように、自分も誰かと一緒に居たいと思っていた。今はそうでもない。たった一人で静かに過ごすのも心地いい。
「……こちら、構いませんか?」
「……どうぞ」
「……ありがとう」
一人分だけ離れた位置に、60代ぐらいの男性が腰かけた。お見舞い用の花を持っている。誰かを待っているのかな?ただ静かに、湾の方を眺めはじめた。帽子をかぶっているから、男性の顔は見えない。
(……何か話しかけた方がいいのかな?)
少しだけ視線を上げた後、やっぱり話しかけるのをやめた。今の時間を必要としているのだろう。俺も同じだ。しかし、泣いているのがバレたようで、大丈夫ですか?と声をかけてくれた。そして、静かに2人で湾を眺めた。
俺は人の輪に入りたかった。いつも誰かと一緒につるんで騒ぐ。それを見た人は友達が多いと感じる。そうしたくて輪の中に入っていた。その呪いが解けてきて、静かにしているのもアリだと知った。
(靴ひもが解けていたのか……)
スニーカーの靴紐が解けていた。何をやっても不器用なのに、なぜか靴紐を結ぶのは得意だ。誰でもそうか?いや、夏樹は苦手だと言っていた。
(こんなことも言っていたなあ……)
上手く結べないでいると、黒崎さんから下手くそだと笑われていたそうだ。まるで人間関係のようだとも言われたと言っていた。俺もそう思った。いくつもの穴を交差して通されていく。たまに絡み合って、ふいに解けて、再び結ばれる。そう思うと、自分も結ぶのが下手なのかも知れない。
(……気合を入れて結ぼう!)
靴ひもに指を掛けて、ぎゅっと力強い動作で結んだ。変な形の輪っかができてもいい。かっこ悪くてもいい。歩ければいい。転んでもいい。そう思ったのに、きれいなリボン結びができあがった。
(おおー、いつもながら綺麗な形だ。ふむふむ……)
何でもないことなのに、グルグル巻きにしていた紐が解けた気がした。実際には結んだのに。
「……ゆうとくーん、おいでー」
「あ……、終わったんだ」
結び終えた時に、早瀬から手招きされた。向こうへ行く前に大事なことがある。男性の方に振り向き、その前に立った。
「ありがとうございました!」
「ああ……」
この時間を一緒に過ごしてくれてありがとう。そうお礼を言った。すると、男性が何も言わずに微笑み返してくれた。さっきと同じく帽子に顔が隠れているが、口元だけが見えた。さらに離れた場所から手を振ると、また振り返してくれた。その瞬間に胸が熱くなり、涙が込み上げてきた。
早瀬のそばに行くと、夏樹が目を覚ましたと聞かされた。居ても立っても居られなくて、走り出そうとしたら止められた。
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