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19時。
ガーーーー。
田町駅でタクシーを降りた。まだ外が暑い。駅周辺のビルやアスファルトからの熱がこもっている。風が出てきたから多少は涼しくなった。早く帰ってやりたいが、この湾沿いの遊歩道を歩きたい気分だ。悠人へ電話をかけた。
「……もしもしー?」
「……ゆうとー、いい子にしているか?」
「悪い子になってるよ。ご飯の前にお菓子を食べたから。へへへ」
「お仕置きをしてやる。もうすぐで帰るよ」
「これから駅を出るんだよね?ガーガー音がしてるから」
「そうだよ。じゃあ……」
通話を終えた後、やや後悔した。本音では悠人に迎えに来てもらいたかった。しかし、人通りが少ない道を一人で歩かせたくない。せっかくの機会だが。
IKUからは、プライベート管理をしっかりすることを言い聞かされた。何が起こるか分からない。最悪の事態を想定する必要がある。まだ無名の状態でも、悪いことを考える人間はどこにでもいる。薬物への誘惑や、異性や同性とのつながりなどだ。
湾沿いの遊歩道を歩きながら、夕暮れどきの空を眺めた。薄紫色だった雲間から日が差し込んできた。最後の光か?
まぶしくて目を細めた後、サーーっと、木が揺れる音がした。再び目を開くと、夕焼けに染まった道の向こうに、悠人が立っていた。大きく手を振った後、走ってきた。
デジャヴを感じている。いつだったか?ここへ越してきたばかりの時にも、こんな光景があった。初めてのことで、やっと悠人の方から来てくれたのかと感動した。心のドアを開いて出てきてくれたのだと。
「裕理さーん!」
「ゆうとー、迎えにきてくれたのか」
「トリャーー!」
ボフ!
飛びつくように抱きついてきた。肩までのエクステの髪の毛のシルバーと黒のカラーが夕焼けに反射している。この子の白黒思考のようだ。今では影を潜めているものだ。
「おかえりなさい!」
「ただいま。迎えに来てほしかった」
「やっぱり?一瞬だけ間があったんだよねー」
「……」
本当に耳がいい子だ。些細な音でも聞き逃すことがない。だからこそ、高校生のときに加入していたバンドで上手くいかなかったのだろう。IRON ANGELでの活動で磨きがかかったようだ。
エモーショナルな夏樹、冷静な悠人。その2人に、佐久弥が魔法をかけた。明日になれば、"ギタリストyu-to" がプレスの前に出る。本人には打ち上げパーティーと伝えている。本当は正式なお披露目なのだが。
悠人が無言になり、何かあったことが確定した。彼の鼻をつまんで引っ張ってやった。
「んがーーっ」
「白状しなさい。何をしたんだー?」
「んがーーっ」
「ほーら、いい子だねー」
手を離してやると、上目遣いで見上げてきた。童顔とはいえない顔立ちに変化した。全体的に鋭さえ感じるものだが、凛としているという表現が正しいだろう。この理知的ボディーには、極上に優しいユートが詰まっている。どれだけ影響されて救われたことか。莉奈のこともだ。
「あのねー、厚焼き玉子が成功したんだ!」
「何かの塊としてかー?」
「もうーーっ。スマホを見てよーー」
強引に画面を見せられると、いい色合いに焼けた、長方形の卵焼きが写っていた。料理の腕まで上がったのか?しかし、悠人が慌てはじめた。
「げえええっ、夏樹が作ったやつだった」
「どうりで……」
「こっちだよー。へへへ……」
「ふむふむ……」
そこに写っていたのは、正方形の卵焼きだった。10センチ四方に見える。どうやればこうなるのか?
「ゆうとくーん。四角いですよー?」
「あのねー。牛乳パックを使ったんだ。クッキー型みたいにして。佐久弥からコツを教わったんだよ。形を作るのが苦手だって話したら、これでやってみろって」
「高さがあるのはどうしてだ?」
「ベーキングパウダーを使ったからだよ。小麦粉も入れたよー」
「ははははー。厚焼き玉子を作ると言わなかったのか?」
「言ったよー?そしたら、この方法を教えてくれたんだ」
「……ぷっ」
それを素直に受け取るこの子は、どういうことか?可愛くてしかたがない。肩を揺らして笑い続けていると、ブーブー文句を言い出した。お返しに、汗くさいシャツを押し付けるようにして抱きしめた。
「もうーー」
「帰ろうか……」
「遠回りして帰ろうよー」
「そうだね」
悠人の手を引いて歩き始めた。今日のことを何も聞こうとしない。そっと手を握り返されただけだ。立ち止まった時間が動き始めたのは、この子のおかげだ。自然と涙が出そうになった時に、悠人から声をかけられた。
「……泣かない方がいいよ」
「……どうしてだ?」
「……いいことで泣こうねって教えてくれただろ」
「……そうしようか」
「……でも、今日は良いかもしれないね」
「……ああ」
ますます涙が出そうだ。ユートの最大級の呪いによって。最愛なる悲しい思い出ごと、この温かい手に包み込まれた。
ガーーーー。
田町駅でタクシーを降りた。まだ外が暑い。駅周辺のビルやアスファルトからの熱がこもっている。風が出てきたから多少は涼しくなった。早く帰ってやりたいが、この湾沿いの遊歩道を歩きたい気分だ。悠人へ電話をかけた。
「……もしもしー?」
「……ゆうとー、いい子にしているか?」
「悪い子になってるよ。ご飯の前にお菓子を食べたから。へへへ」
「お仕置きをしてやる。もうすぐで帰るよ」
「これから駅を出るんだよね?ガーガー音がしてるから」
「そうだよ。じゃあ……」
通話を終えた後、やや後悔した。本音では悠人に迎えに来てもらいたかった。しかし、人通りが少ない道を一人で歩かせたくない。せっかくの機会だが。
IKUからは、プライベート管理をしっかりすることを言い聞かされた。何が起こるか分からない。最悪の事態を想定する必要がある。まだ無名の状態でも、悪いことを考える人間はどこにでもいる。薬物への誘惑や、異性や同性とのつながりなどだ。
湾沿いの遊歩道を歩きながら、夕暮れどきの空を眺めた。薄紫色だった雲間から日が差し込んできた。最後の光か?
まぶしくて目を細めた後、サーーっと、木が揺れる音がした。再び目を開くと、夕焼けに染まった道の向こうに、悠人が立っていた。大きく手を振った後、走ってきた。
デジャヴを感じている。いつだったか?ここへ越してきたばかりの時にも、こんな光景があった。初めてのことで、やっと悠人の方から来てくれたのかと感動した。心のドアを開いて出てきてくれたのだと。
「裕理さーん!」
「ゆうとー、迎えにきてくれたのか」
「トリャーー!」
ボフ!
飛びつくように抱きついてきた。肩までのエクステの髪の毛のシルバーと黒のカラーが夕焼けに反射している。この子の白黒思考のようだ。今では影を潜めているものだ。
「おかえりなさい!」
「ただいま。迎えに来てほしかった」
「やっぱり?一瞬だけ間があったんだよねー」
「……」
本当に耳がいい子だ。些細な音でも聞き逃すことがない。だからこそ、高校生のときに加入していたバンドで上手くいかなかったのだろう。IRON ANGELでの活動で磨きがかかったようだ。
エモーショナルな夏樹、冷静な悠人。その2人に、佐久弥が魔法をかけた。明日になれば、"ギタリストyu-to" がプレスの前に出る。本人には打ち上げパーティーと伝えている。本当は正式なお披露目なのだが。
悠人が無言になり、何かあったことが確定した。彼の鼻をつまんで引っ張ってやった。
「んがーーっ」
「白状しなさい。何をしたんだー?」
「んがーーっ」
「ほーら、いい子だねー」
手を離してやると、上目遣いで見上げてきた。童顔とはいえない顔立ちに変化した。全体的に鋭さえ感じるものだが、凛としているという表現が正しいだろう。この理知的ボディーには、極上に優しいユートが詰まっている。どれだけ影響されて救われたことか。莉奈のこともだ。
「あのねー、厚焼き玉子が成功したんだ!」
「何かの塊としてかー?」
「もうーーっ。スマホを見てよーー」
強引に画面を見せられると、いい色合いに焼けた、長方形の卵焼きが写っていた。料理の腕まで上がったのか?しかし、悠人が慌てはじめた。
「げえええっ、夏樹が作ったやつだった」
「どうりで……」
「こっちだよー。へへへ……」
「ふむふむ……」
そこに写っていたのは、正方形の卵焼きだった。10センチ四方に見える。どうやればこうなるのか?
「ゆうとくーん。四角いですよー?」
「あのねー。牛乳パックを使ったんだ。クッキー型みたいにして。佐久弥からコツを教わったんだよ。形を作るのが苦手だって話したら、これでやってみろって」
「高さがあるのはどうしてだ?」
「ベーキングパウダーを使ったからだよ。小麦粉も入れたよー」
「ははははー。厚焼き玉子を作ると言わなかったのか?」
「言ったよー?そしたら、この方法を教えてくれたんだ」
「……ぷっ」
それを素直に受け取るこの子は、どういうことか?可愛くてしかたがない。肩を揺らして笑い続けていると、ブーブー文句を言い出した。お返しに、汗くさいシャツを押し付けるようにして抱きしめた。
「もうーー」
「帰ろうか……」
「遠回りして帰ろうよー」
「そうだね」
悠人の手を引いて歩き始めた。今日のことを何も聞こうとしない。そっと手を握り返されただけだ。立ち止まった時間が動き始めたのは、この子のおかげだ。自然と涙が出そうになった時に、悠人から声をかけられた。
「……泣かない方がいいよ」
「……どうしてだ?」
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