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第4話
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”朝比奈美月”は。どこにでもいる、普通の二十歳の女の子じゃない。
「(今日は、つかれた……)」
インタビュアーの悪意ない質問に。
どっと心労が溜まる。
分かっている。
私は”朝比奈美月”だ。
”朝比奈美月”にしかなれないし、ならなくてはいけない。
分かっているのに……。
最近の私はどうかしてるんだ。
築き上げてきたキャリアは、立場は、私の誇り。
簡単に崩されるものじゃない。
だけど、最近は、少し分からなくなってきた。
胸に手を当てれば思い出す。
あの人の笑顔や言葉に、呆気なく仮面を剥がされる自分を。
それは、とても怖いこと……。
それでも。
「(……あの場所でだけなら、私は゛普通゛になれる気がするの)」
カラン。
と言う音ともに、夕日が店内に差し込む。
磨き上げられたカップ。
木のテーブル。
窓辺に置かれている鉢植え、その全てが黄金色に色づき輝いている。
「いらっしゃい」
差し出されたのは。
手のひらのように、あたたかな声。
胸の奥が、ぎゅっと疼いた。
(どうして、こんなにほっとするんだろう)
ふと、陽さんの視線と重なる。
ただそれだけで、心の奥に隠していた疲れも、不安も、あっさりと解けていくようだった。
──だけど。
「今日は、甘めにしますか? それとも、少しほろ苦い方?」
「……」
ほんのささいな問いかけなのに、どうしてか、言葉が喉に詰まる。
“朝比奈美月”としてなら、笑顔で即答できる。
でも私は今、その仮面を外してしまいたくて。
「……陽さんの、おまかせで」
ようやく口にしたその言葉は、きっと陽さんにとっては何でもない一言。
けれど私にとっては、心を預けてしまったみたいで。
少し怖くて、でも、どうしようもなく嬉しかった。
湯気の立つカップが、そっと目の前に置かれる。
淡い香りがふわりと立ちのぼり、胸の奥まで満たしていく。
「どうぞ」
柔らかな声に促され、カップを両手で包み込む。
その温度に、どうしてか涙が出そうになった。
(こんなの、だめだ。プロの私が、こんな気持ちになるなんて──)
でも。
ここでだけは、“女優・朝比奈美月”じゃなくていい。
一人の二十歳の女の子として、陽さんに甘えたくなる。
だから、気づけば口が動いていた。
「……あの」
「はい?」
ゆっくりと顔を上げ、真っ直ぐに陽さんを見つめる。
鼓動が早鐘を打つのを、もう隠せなかった。
「……私と、恋の練習をしてくれませんか」
静かな店内に落ちた言葉は、想像以上に重くて。
陽さんの手が一瞬止まり、カップの中でスプーンが小さく触れ合った。
「……え?」
目を瞬かせる陽さん。
その顔が本当に驚いていて、私は思わず小さく笑ってしまう。
「ごめんなさい、変なこと言って」
「いや、変とかじゃなくて……。えっと、その……」
陽さんは言葉を探すように視線を泳がせ、やがて困ったように笑った。
その不器用な反応が、どうしようもなく優しくて。
(ああ……やっぱり、この人だ)
胸の奥が温かく満ちていく。
「私ね、ずっと“朝比奈美月”でいなきゃいけなくて。でもここに来ると……普通の女の子に戻れる気がするの。だから……あなたと、そういう時間を過ごしたいの」
陽さんは少し黙り込んだまま、真剣な目で私を見ていた。
その視線に、今度は私が息を呑む番だった。
「……俺なんかでいいの?」
かすれた声に、私は力強く頷く。
「陽さんだから、いいの」
言葉にしてしまった瞬間、頬が熱くなる。
けれど後悔はなかった。
むしろ、心の奥から溢れる安堵と高鳴りに包まれて、心地よい熱に頭の中がとろけていく──。
「(今日は、つかれた……)」
インタビュアーの悪意ない質問に。
どっと心労が溜まる。
分かっている。
私は”朝比奈美月”だ。
”朝比奈美月”にしかなれないし、ならなくてはいけない。
分かっているのに……。
最近の私はどうかしてるんだ。
築き上げてきたキャリアは、立場は、私の誇り。
簡単に崩されるものじゃない。
だけど、最近は、少し分からなくなってきた。
胸に手を当てれば思い出す。
あの人の笑顔や言葉に、呆気なく仮面を剥がされる自分を。
それは、とても怖いこと……。
それでも。
「(……あの場所でだけなら、私は゛普通゛になれる気がするの)」
カラン。
と言う音ともに、夕日が店内に差し込む。
磨き上げられたカップ。
木のテーブル。
窓辺に置かれている鉢植え、その全てが黄金色に色づき輝いている。
「いらっしゃい」
差し出されたのは。
手のひらのように、あたたかな声。
胸の奥が、ぎゅっと疼いた。
(どうして、こんなにほっとするんだろう)
ふと、陽さんの視線と重なる。
ただそれだけで、心の奥に隠していた疲れも、不安も、あっさりと解けていくようだった。
──だけど。
「今日は、甘めにしますか? それとも、少しほろ苦い方?」
「……」
ほんのささいな問いかけなのに、どうしてか、言葉が喉に詰まる。
“朝比奈美月”としてなら、笑顔で即答できる。
でも私は今、その仮面を外してしまいたくて。
「……陽さんの、おまかせで」
ようやく口にしたその言葉は、きっと陽さんにとっては何でもない一言。
けれど私にとっては、心を預けてしまったみたいで。
少し怖くて、でも、どうしようもなく嬉しかった。
湯気の立つカップが、そっと目の前に置かれる。
淡い香りがふわりと立ちのぼり、胸の奥まで満たしていく。
「どうぞ」
柔らかな声に促され、カップを両手で包み込む。
その温度に、どうしてか涙が出そうになった。
(こんなの、だめだ。プロの私が、こんな気持ちになるなんて──)
でも。
ここでだけは、“女優・朝比奈美月”じゃなくていい。
一人の二十歳の女の子として、陽さんに甘えたくなる。
だから、気づけば口が動いていた。
「……あの」
「はい?」
ゆっくりと顔を上げ、真っ直ぐに陽さんを見つめる。
鼓動が早鐘を打つのを、もう隠せなかった。
「……私と、恋の練習をしてくれませんか」
静かな店内に落ちた言葉は、想像以上に重くて。
陽さんの手が一瞬止まり、カップの中でスプーンが小さく触れ合った。
「……え?」
目を瞬かせる陽さん。
その顔が本当に驚いていて、私は思わず小さく笑ってしまう。
「ごめんなさい、変なこと言って」
「いや、変とかじゃなくて……。えっと、その……」
陽さんは言葉を探すように視線を泳がせ、やがて困ったように笑った。
その不器用な反応が、どうしようもなく優しくて。
(ああ……やっぱり、この人だ)
胸の奥が温かく満ちていく。
「私ね、ずっと“朝比奈美月”でいなきゃいけなくて。でもここに来ると……普通の女の子に戻れる気がするの。だから……あなたと、そういう時間を過ごしたいの」
陽さんは少し黙り込んだまま、真剣な目で私を見ていた。
その視線に、今度は私が息を呑む番だった。
「……俺なんかでいいの?」
かすれた声に、私は力強く頷く。
「陽さんだから、いいの」
言葉にしてしまった瞬間、頬が熱くなる。
けれど後悔はなかった。
むしろ、心の奥から溢れる安堵と高鳴りに包まれて、心地よい熱に頭の中がとろけていく──。
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