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王都の王宮、謁見の間。
そこは今、反乱を画策するヴィル卿と、その取り巻きの貴族たちによって占拠されていた。
「……まもなくだ。国王に退位の署名をさせ、ユリウス殿下を新たな王として担ぎ上げる。そうすれば、あの生意気なエーミに奪われた利権も、我らの元に返ってくるのだ!」
「その通りですな。あんな小娘に家計を握られるなど、屈辱以外の何物でもない!」
彼らが祝杯を挙げようとした、その時だった。
謁見の間の重厚な扉が、まるで紙のように吹き飛んだ。
「――お待たせいたしました。借金の返済期限、一分たりとも延長は認めませんわよ」
土煙の中から現れたのは、磨き上げられた算盤を武器のように構えたエーミ。
そして、その後ろには漆黒の鎧に身を包んだラインハルトと、精強な騎士たちが控えていた。
「エ、エーミ!? 貴様、なぜここへ! 警備の兵はどうした!」
「警備の皆様なら、私の関連会社への『転職』を条件に、全員ストライキに入っていただきましたわ。……今の彼らの給料、あなたがたの『不渡り手形』より、私の『即金払い』の方が信用に値しますもの」
エーミは優雅に歩み寄り、ヴィル卿の鼻先に一枚の分厚い書類を突きつけた。
「な、なんだこれは……」
「あなたの家の全債務リストよ。……ヴィル卿、あなたが過去三年間に贅沢品として購入した『黄金の馬車』、および『愛人に買い与えた宝石』。これら全ての債権は、昨日付で私が買い取らせていただきましたわ」
ヴィル卿の手がガタガタと震え出す。
債権を買い取ったということは、今この瞬間、エーミは彼の「法的な主人」になったことを意味する。
「つまり、私が『返せ』と言えば、あなたは今すぐその服を脱いで、全財産を差し出さなければならないの。……さあ、どうされる? 即座に武装解除して投降するか、それとも破産して路頭に迷うか。……三秒で選びなさい」
「ふ、ふざけるな! 我らにはユリウス殿下がついている! 殿下さえ即位すれば、そんな借金など無効に――」
「――残念だが、その『神輿』はもう、お前たちを乗せるつもりはないぞ」
冷徹な声と共に、一人の男が歩み出た。
それは、作業着の袖をまくり、手には掃除用ブラシを握りしめたユリウス王子だった。
「で、殿下!? その格好は一体……!」
「ヴィル卿。お前たちが望んでいるのは、私という存在ではない。私の名前を隠れ蓑にした、お前たちの『怠惰な生活』の継続だろう? ……あいにくだが、私は今の生活の方が気に入っている。泥を落とし、価値を磨き、正当な報酬を得る……。お前たちのような『寄生虫』に、私の国を汚させるわけにはいかない!」
ユリウスの堂々たる宣言に、反乱軍の貴族たちは言葉を失った。
かつての「バカ王子」の面影はない。
そこにあるのは、現場で叩き上げられた、真実の価値を知る男の姿だった。
「……さて、皆様。殿下からも拒絶されましたわね。……アンナ、次のステップへ」
「はい、お嬢様。……これより、反乱に参加した全貴族の資産差し押さえ、および爵位の剥奪に伴う清算手続きを開始いたします」
アンナが冷静に事務処理を進めると、騎士たちが次々と貴族たちを取り押さえていく。
もはや抵抗する気力すら、彼らには残っていなかった。
「金」という名の生命線を断たれた彼らにとって、エーミは剣よりも恐ろしい死神に見えたに違いない。
「……エーミ、終わったぞ」
ラインハルトが、拘束された国王を救出し、彼女の隣に並んだ。
国王は少し疲れた様子ではあったが、エーミとユリウスを見て、深く頷いた。
「……エーミ嬢。そしてユリウス。……王国を救ったのは、武力ではなく、お前たちが辺境で学んだ『誠実な算盤』であったな」
「陛下、お褒めいただき光栄ですわ。……ですが、この救出作戦にかかった経費、後でしっかり国庫に請求させていただきますので。……もちろん、救出プレミアムとして三割増しで」
「……ははは! お前らしい。……よかろう、全額支払おうではないか」
国王の笑い声が、謁見の間に響き渡る。
その傍らで、ユリウスは静かにブラシを壁に立てかけた。
彼はもう、誰かに操られる操り人形ではない。
「……エーミ。私は、これから本当の王になるための『修行』を始めるつもりだ。……もちろん、君への借金をすべて返してからだがね」
「あら、期待しているわよ、殿下。……でも、私の利息は高いわよ?」
エーミは不敵に微笑み、窓の外に広がる王都の景色を見つめた。
不透明な負債を抱えた王国は今、一人の「元・悪役令嬢」の手によって、劇的な黒字化への道を歩み始めたのである。
「……さて、ラインハルト。一段落したら、温泉に帰りましょうか。……王都の空気は、少し『計算違い』が多くて疲れますわ」
「ああ。……俺も、お前とゆっくり温泉に浸かる時間を、今から計上しておくとしよう」
二人の間に流れる時間は、もはやいかなる金貨よりも尊い、最高級の資産となっていた。
そこは今、反乱を画策するヴィル卿と、その取り巻きの貴族たちによって占拠されていた。
「……まもなくだ。国王に退位の署名をさせ、ユリウス殿下を新たな王として担ぎ上げる。そうすれば、あの生意気なエーミに奪われた利権も、我らの元に返ってくるのだ!」
「その通りですな。あんな小娘に家計を握られるなど、屈辱以外の何物でもない!」
彼らが祝杯を挙げようとした、その時だった。
謁見の間の重厚な扉が、まるで紙のように吹き飛んだ。
「――お待たせいたしました。借金の返済期限、一分たりとも延長は認めませんわよ」
土煙の中から現れたのは、磨き上げられた算盤を武器のように構えたエーミ。
そして、その後ろには漆黒の鎧に身を包んだラインハルトと、精強な騎士たちが控えていた。
「エ、エーミ!? 貴様、なぜここへ! 警備の兵はどうした!」
「警備の皆様なら、私の関連会社への『転職』を条件に、全員ストライキに入っていただきましたわ。……今の彼らの給料、あなたがたの『不渡り手形』より、私の『即金払い』の方が信用に値しますもの」
エーミは優雅に歩み寄り、ヴィル卿の鼻先に一枚の分厚い書類を突きつけた。
「な、なんだこれは……」
「あなたの家の全債務リストよ。……ヴィル卿、あなたが過去三年間に贅沢品として購入した『黄金の馬車』、および『愛人に買い与えた宝石』。これら全ての債権は、昨日付で私が買い取らせていただきましたわ」
ヴィル卿の手がガタガタと震え出す。
債権を買い取ったということは、今この瞬間、エーミは彼の「法的な主人」になったことを意味する。
「つまり、私が『返せ』と言えば、あなたは今すぐその服を脱いで、全財産を差し出さなければならないの。……さあ、どうされる? 即座に武装解除して投降するか、それとも破産して路頭に迷うか。……三秒で選びなさい」
「ふ、ふざけるな! 我らにはユリウス殿下がついている! 殿下さえ即位すれば、そんな借金など無効に――」
「――残念だが、その『神輿』はもう、お前たちを乗せるつもりはないぞ」
冷徹な声と共に、一人の男が歩み出た。
それは、作業着の袖をまくり、手には掃除用ブラシを握りしめたユリウス王子だった。
「で、殿下!? その格好は一体……!」
「ヴィル卿。お前たちが望んでいるのは、私という存在ではない。私の名前を隠れ蓑にした、お前たちの『怠惰な生活』の継続だろう? ……あいにくだが、私は今の生活の方が気に入っている。泥を落とし、価値を磨き、正当な報酬を得る……。お前たちのような『寄生虫』に、私の国を汚させるわけにはいかない!」
ユリウスの堂々たる宣言に、反乱軍の貴族たちは言葉を失った。
かつての「バカ王子」の面影はない。
そこにあるのは、現場で叩き上げられた、真実の価値を知る男の姿だった。
「……さて、皆様。殿下からも拒絶されましたわね。……アンナ、次のステップへ」
「はい、お嬢様。……これより、反乱に参加した全貴族の資産差し押さえ、および爵位の剥奪に伴う清算手続きを開始いたします」
アンナが冷静に事務処理を進めると、騎士たちが次々と貴族たちを取り押さえていく。
もはや抵抗する気力すら、彼らには残っていなかった。
「金」という名の生命線を断たれた彼らにとって、エーミは剣よりも恐ろしい死神に見えたに違いない。
「……エーミ、終わったぞ」
ラインハルトが、拘束された国王を救出し、彼女の隣に並んだ。
国王は少し疲れた様子ではあったが、エーミとユリウスを見て、深く頷いた。
「……エーミ嬢。そしてユリウス。……王国を救ったのは、武力ではなく、お前たちが辺境で学んだ『誠実な算盤』であったな」
「陛下、お褒めいただき光栄ですわ。……ですが、この救出作戦にかかった経費、後でしっかり国庫に請求させていただきますので。……もちろん、救出プレミアムとして三割増しで」
「……ははは! お前らしい。……よかろう、全額支払おうではないか」
国王の笑い声が、謁見の間に響き渡る。
その傍らで、ユリウスは静かにブラシを壁に立てかけた。
彼はもう、誰かに操られる操り人形ではない。
「……エーミ。私は、これから本当の王になるための『修行』を始めるつもりだ。……もちろん、君への借金をすべて返してからだがね」
「あら、期待しているわよ、殿下。……でも、私の利息は高いわよ?」
エーミは不敵に微笑み、窓の外に広がる王都の景色を見つめた。
不透明な負債を抱えた王国は今、一人の「元・悪役令嬢」の手によって、劇的な黒字化への道を歩み始めたのである。
「……さて、ラインハルト。一段落したら、温泉に帰りましょうか。……王都の空気は、少し『計算違い』が多くて疲れますわ」
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