断罪されるのは勝手ですが、お茶会のケーキだけは包ませてください!

小梅りこ

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シュバルツ城の執務室に、王都からの早馬が届きました。


アルベルトの手元に置かれたのは、豪華な装飾が施された封筒。第一王子ジュリアンの直筆による、公式な「ヴィラ・ド・ラ・ポムの罪状書」です。


そこには、彼女がいかに傲慢で、冷酷で、か弱きリリアン男爵令嬢を虐げたかが、おどろおどろしい修飾語と共に綴られていました。


「……なるほど。王都での彼女は、まさに『悪の権化』というわけか」


アルベルトは手紙を置き、窓の外を見ました。


視線の先にあるのは、昨日ヴィラが騎士たちを動員してリフォームした「離れ」です。


そこからは今、王都からの告発状の内容とはおよそ結びつかない、香ばしい肉の焼ける匂いが漂ってきていました。


「……おい、ガイル。ヴィラを呼んでこい。……いや、私が直接行く」


アルベルトは、自分でも無意識のうちに足が離れの方へ向いていることに気づかないふりをして、部屋を出ました。


離れのキッチンの扉を開けると、そこにはエプロン姿で巨大な肉の塊と格闘するヴィラの姿がありました。


「あら、閣下! ちょうどいいところに! この『雪見イノシシ』のバラ肉、見てくださいな。この脂の層、まるでお菓子のミルフィーユのようですわ!」


ヴィラは、王族からの告発など露ほども知らない様子で、血の滴るような包丁を手に満面の笑みを浮かべました。


「……ヴィラ。今、王都から手紙が届いた。貴様の余罪についてだ」


アルベルトはあえて声を低くし、冷徹な「氷狼」としての顔を作りました。


「貴様がリリアン嬢の宝飾品を奪い、彼女を暗い地下室に閉じ込めたという報告がある。これについて、何か言い分はあるか?」


ヴィラは肉を切る手を止め、少しの間、考え込むように小首を傾げました。


「……地下室、ですわね。確かに閉じ込めましたわ」


「……認めるのか?」


アルベルトの眉がピクリと動きました。


「ええ。ですが、それは閉じ込めたのではなく、誘ったのです。我が家の地下貯蔵庫にだけ発生する『幻の青カビチーズ』の熟成具合を、彼女にも確認していただこうと思って。……でも、彼女ったら、中に入った瞬間に『臭い! カビ臭くて死んでしまう!』と泣き叫んで逃げ出しましたの。失礼しちゃいますわよね、あんなに高貴な香りですのに」


「…………」


「宝飾品を奪ったというのも心外ですわ。彼女が付けていた真珠のネックレスが、あまりにも『大粒のタピオカ』に見えたので、ついじっと見つめてしまっただけです。奪うくらいなら、私は同じ重さの干し肉を選びますわよ」


ヴィラはフンと鼻を鳴らすと、再び肉の調理に戻りました。


フライパンの上で脂が弾け、醤油と蜂蜜、そして隠し味のスパイスが混ざり合った、理性を狂わせるような香りが室内に充満します。


「閣下。王都の方々は、私を『悪役』に仕立て上げたいようですけれど。……悪役を演じるのって、実はすごく体力がいるんですのよ?」


「体力……だと?」


「ええ。人を陥れるための計画を練る暇があったら、新しいソースの配合を考えたい。陰口を叩く暇があったら、美味しいものを咀嚼したい。私の人生は、そんな無駄なことに割くほど長くはありませんの」


ヴィラは焼き上がったばかりの厚切り肉を、フォークでブスリと刺しました。


そして、あふれんばかりの肉汁を滴らせながら、それを豪快に口の中へ放り込みました。


「んんっ……! この……噛むほどに溢れる野生の旨味! 閣下、このイノシシ、最高ですわ! 噂なんて、この肉の旨味の前では雪解け水よりも薄っぺらなものですわね!」


幸せそうに頬を膨らませるヴィラの姿には、陰湿な悪意も、冷酷な計算も、微塵も感じられません。


そこにあるのは、ただひたすらに、純粋で、暴力的なまでの「食欲」だけでした。


アルベルトは、手の中にある重苦しい告発状を見つめました。


そこに書かれた「氷のような女」という描写と、目の前で脂を口の端につけながら肉を食らう「嵐のような女」を比較し……。


彼は、静かに告発状を丸めて、キッチンの薪ストーブの中に投げ込みました。


「……閣下!? 何をして……」


「ゴミを処分しただけだ。燃えやすい紙は、火を熾すのに役立つだろう」


アルベルトは、ふいと顔を背けました。


「……ヴィラ・ド・ラ・ポム。貴様の言う通りだ。他人の評価など、腹の足しにもならん。……その肉、私にも毒味させろ」


「あら、嬉しい! 閣下の分は、特別に山わさびをたっぷり添えて差し上げますわね!」


ヴィラは嬉々として、皿に山盛りの肉を盛り付けました。


炎に包まれて灰になっていく王都からの「真実(噂)」。


それよりも、今この瞬間、皿の上でジュージューと音を立てる「真実(肉)」の方が、この二人にとっては遥かに重要だったのでした。


「……美味いな」


「でしょう? 悪役令嬢特製、反省の色なしイノシシステーキですもの!」


二人の笑い声(と咀嚼音)が、北の離れから夜の空へと響いていきました。
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