11 / 28
11
「アンネ! 鍬(くわ)よ! もっと鋭角に大地を穿つ、情熱的な鍬を持ってきてちょうだい!」
朝靄(あさもや)が立ち込めるシュバルツ城の庭園――もとい、ただの凍りついた空き地で、ヴィラの凛とした声が響き渡りました。
彼女は今、ポム公爵家特注の最高級シルクドレスの裾を、膝上まで大胆に捲り上げて紐で固定しています。
その足元には、泥にまみれた長靴。手には、王都から持参した「農具セット(金メッキなしの実用本位)」が握られていました。
「お、お嬢様……。公爵令嬢がそのような格好で土を弄るなんて、もし王都の社交界に知られたら、今度こそ完全に除名されてしまいますわ!」
アンネが顔を覆いながら嘆きますが、ヴィラの決意は岩よりも固いものでした。
「アンネ、よく聞いて。昨日のイノシシ肉は最高でしたわ。でもね、肉だけを食べていては、美食の真理にはたどり着けないの。脂の乗った肉には、シャキシャキとした瑞々しい野菜が必要不可欠……! そう、栄養バランスこそが、次の食卓を輝かせるためのスパイスなのよ!」
ヴィラは、まるで聖戦に赴く騎士のような眼差しで、カチカチに凍った地面を睨みつけました。
「ですが、ここはノースランドですわよ? 一年中雪が降るこの地で、野菜なんて育つはずが……」
「ふふふ、甘いわねアンネ。私はこのために、父様の貯蔵庫から『魔力付与された腐葉土』と、極寒地でも育つように改良された『不屈の小松菜』の種を密輸……いえ、譲り受けてきたのよ!」
ヴィラは懐から、宝石箱のような小さな袋を取り出しました。
中には、黒光りする小さな種たちが、出番を待つ精鋭のように収まっています。
「さあ、まずはこの凍土を耕して、私の情熱(と堆肥)で温めて差し上げますわ!」
ヴィラが気合と共に鍬を振り下ろした、その時でした。
「……貴様、一体全体、何をやっているんだ」
低く、地鳴りのような声。
振り返ると、そこには朝の巡回中だったアルベルトが、信じられないものを見る目で立ち尽くしていました。
「あら、閣下。見ての通りですわ。私の胃袋の未来を切り拓くための、開墾作業ですの」
「開墾だと? 貴様、その格好……。令嬢としての矜持(きょうじ)はどこへ捨ててきた。泥だらけではないか」
アルベルトがこめかみを押さえながら近づいてきますが、ヴィラは全く動じません。
「矜持でお腹は膨れませんわ、閣下。それより見てください、この土! 一見凍っているようですが、少し掘れば火山の恵みを感じる豊かな黒土です。ここで育つ野菜は、さぞかし力強い味がすることでしょうね」
ヴィラはスコップで掘り起こした土を鼻先に近づけ、ソムリエのように香りを嗅ぎました。
「……土の香りを嗅ぐ令嬢など、私は見たことがない」
「それは王都の令嬢たちが、完成された一皿しか見ていないからですわ。私は、その一皿が生まれる『根源』から愛したいのです」
ヴィラは腰に手を当てて胸を張りました。泥が頬についていますが、その笑顔は園遊会の誰よりも輝いています。
「閣下。この地を不毛と呼ぶのは、土地に対して失礼ですわ。ただ、誰も彼らを『美味しくしてあげよう』と情熱を注がなかっただけ。私は、この冬の沈黙を、野菜たちの歓喜の合唱に変えてみせます!」
アルベルトは、ヴィラのあまりにも真っ直ぐで(食欲に忠実な)瞳に、毒気を抜かれたように立ち尽くしました。
「……勝手にしろ。だが、腰を痛めて寝込まれては毒味の約束が果たせなくなる。……おい、そこの騎士たち」
アルベルトが背後の護衛たちに合図を送ると、屈強な男たちが三名、おずおずと前に出ました。
「こいつらに手伝わせろ。……勘違いするなよ。領内の土地を荒らされては困るから、管理させるだけだ」
「あら! 閣下、意外とお優しいのね!」
「……うるさい。私は仕事に戻る。夕食までに、その泥を落としておけよ」
アルベルトは足早に去っていきましたが、その耳たぶが微かに赤くなっているのを、ヴィラは見逃しませんでした。
「さて、皆様! 閣下の許可も出ましたし、さっそく取り掛かりましょう! そこのガイルさん、あなたには土運びを。こちらの騎士様には、ビニールハウス代わりの防風壁の設置をお願いしますわ!」
「は、はい! ヴィラ様のためなら、喜んで土になります!」
もはやヴィラの信徒と化した騎士たちが、一斉に鍬を手に取りました。
数時間後。
極寒のシュバルツ城の一角に、奇妙な熱気を孕んだ「ヴィラ菜園」の基礎が完成しました。
ヴィラは、丁寧に種を蒔き、その上にたっぷりと藁を被せました。
「いい子たちね。ゆっくりお休み。春を待たずとも、私の食欲で芽吹かせてあげますからね……」
種に向かって不気味な(慈愛に満ちた)囁きを投げかけるヴィラを、アンネは遠い目で見つめていました。
「お嬢様……。その野菜が育つ頃には、この領地の騎士様たちは全員、農夫に転職しているかもしれませんわね」
「あら、それも素敵なことじゃない? 剣を鍬に持ち替えて、美味しい野菜を作る。平和の象徴だわ」
ヴィラは泥だらけの手を洗い、満足げに空を仰ぎました。
北の冷たい風が吹きますが、ヴィラの脳内にはすでに、獲れたての小松菜とお肉を煮込んだ、温かいスープのイメージが完成していました。
「さあ、アンネ。次は……この作業で消費したカロリーを補給するために、最高に甘いおやつを作らなくてはね!」
「結局、食べるためなんですわね……」
ヴィラの「美食開拓」は、今や大地の下にまでその魔の手(愛情)を広げ始めていたのでした。
朝靄(あさもや)が立ち込めるシュバルツ城の庭園――もとい、ただの凍りついた空き地で、ヴィラの凛とした声が響き渡りました。
彼女は今、ポム公爵家特注の最高級シルクドレスの裾を、膝上まで大胆に捲り上げて紐で固定しています。
その足元には、泥にまみれた長靴。手には、王都から持参した「農具セット(金メッキなしの実用本位)」が握られていました。
「お、お嬢様……。公爵令嬢がそのような格好で土を弄るなんて、もし王都の社交界に知られたら、今度こそ完全に除名されてしまいますわ!」
アンネが顔を覆いながら嘆きますが、ヴィラの決意は岩よりも固いものでした。
「アンネ、よく聞いて。昨日のイノシシ肉は最高でしたわ。でもね、肉だけを食べていては、美食の真理にはたどり着けないの。脂の乗った肉には、シャキシャキとした瑞々しい野菜が必要不可欠……! そう、栄養バランスこそが、次の食卓を輝かせるためのスパイスなのよ!」
ヴィラは、まるで聖戦に赴く騎士のような眼差しで、カチカチに凍った地面を睨みつけました。
「ですが、ここはノースランドですわよ? 一年中雪が降るこの地で、野菜なんて育つはずが……」
「ふふふ、甘いわねアンネ。私はこのために、父様の貯蔵庫から『魔力付与された腐葉土』と、極寒地でも育つように改良された『不屈の小松菜』の種を密輸……いえ、譲り受けてきたのよ!」
ヴィラは懐から、宝石箱のような小さな袋を取り出しました。
中には、黒光りする小さな種たちが、出番を待つ精鋭のように収まっています。
「さあ、まずはこの凍土を耕して、私の情熱(と堆肥)で温めて差し上げますわ!」
ヴィラが気合と共に鍬を振り下ろした、その時でした。
「……貴様、一体全体、何をやっているんだ」
低く、地鳴りのような声。
振り返ると、そこには朝の巡回中だったアルベルトが、信じられないものを見る目で立ち尽くしていました。
「あら、閣下。見ての通りですわ。私の胃袋の未来を切り拓くための、開墾作業ですの」
「開墾だと? 貴様、その格好……。令嬢としての矜持(きょうじ)はどこへ捨ててきた。泥だらけではないか」
アルベルトがこめかみを押さえながら近づいてきますが、ヴィラは全く動じません。
「矜持でお腹は膨れませんわ、閣下。それより見てください、この土! 一見凍っているようですが、少し掘れば火山の恵みを感じる豊かな黒土です。ここで育つ野菜は、さぞかし力強い味がすることでしょうね」
ヴィラはスコップで掘り起こした土を鼻先に近づけ、ソムリエのように香りを嗅ぎました。
「……土の香りを嗅ぐ令嬢など、私は見たことがない」
「それは王都の令嬢たちが、完成された一皿しか見ていないからですわ。私は、その一皿が生まれる『根源』から愛したいのです」
ヴィラは腰に手を当てて胸を張りました。泥が頬についていますが、その笑顔は園遊会の誰よりも輝いています。
「閣下。この地を不毛と呼ぶのは、土地に対して失礼ですわ。ただ、誰も彼らを『美味しくしてあげよう』と情熱を注がなかっただけ。私は、この冬の沈黙を、野菜たちの歓喜の合唱に変えてみせます!」
アルベルトは、ヴィラのあまりにも真っ直ぐで(食欲に忠実な)瞳に、毒気を抜かれたように立ち尽くしました。
「……勝手にしろ。だが、腰を痛めて寝込まれては毒味の約束が果たせなくなる。……おい、そこの騎士たち」
アルベルトが背後の護衛たちに合図を送ると、屈強な男たちが三名、おずおずと前に出ました。
「こいつらに手伝わせろ。……勘違いするなよ。領内の土地を荒らされては困るから、管理させるだけだ」
「あら! 閣下、意外とお優しいのね!」
「……うるさい。私は仕事に戻る。夕食までに、その泥を落としておけよ」
アルベルトは足早に去っていきましたが、その耳たぶが微かに赤くなっているのを、ヴィラは見逃しませんでした。
「さて、皆様! 閣下の許可も出ましたし、さっそく取り掛かりましょう! そこのガイルさん、あなたには土運びを。こちらの騎士様には、ビニールハウス代わりの防風壁の設置をお願いしますわ!」
「は、はい! ヴィラ様のためなら、喜んで土になります!」
もはやヴィラの信徒と化した騎士たちが、一斉に鍬を手に取りました。
数時間後。
極寒のシュバルツ城の一角に、奇妙な熱気を孕んだ「ヴィラ菜園」の基礎が完成しました。
ヴィラは、丁寧に種を蒔き、その上にたっぷりと藁を被せました。
「いい子たちね。ゆっくりお休み。春を待たずとも、私の食欲で芽吹かせてあげますからね……」
種に向かって不気味な(慈愛に満ちた)囁きを投げかけるヴィラを、アンネは遠い目で見つめていました。
「お嬢様……。その野菜が育つ頃には、この領地の騎士様たちは全員、農夫に転職しているかもしれませんわね」
「あら、それも素敵なことじゃない? 剣を鍬に持ち替えて、美味しい野菜を作る。平和の象徴だわ」
ヴィラは泥だらけの手を洗い、満足げに空を仰ぎました。
北の冷たい風が吹きますが、ヴィラの脳内にはすでに、獲れたての小松菜とお肉を煮込んだ、温かいスープのイメージが完成していました。
「さあ、アンネ。次は……この作業で消費したカロリーを補給するために、最高に甘いおやつを作らなくてはね!」
「結局、食べるためなんですわね……」
ヴィラの「美食開拓」は、今や大地の下にまでその魔の手(愛情)を広げ始めていたのでした。
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
王子、おひとり様で残りの人生をお楽しみください!
ちゃっぴー
恋愛
「ラーニャ、貴様との婚約を破棄する!」
卒業パーティーの真っ最中、ナルシストな第一王子ウィルフレッドに身に覚えのない罪で断罪された公爵令嬢ラーニャ。しかし、彼女はショックを受けるどころか、優雅に微笑んで拍手を送った。
なぜなら、ラーニャはとっくに王子の無能さに愛想を尽かし、この日のために完璧な「撤退準備」を進めていたからだ。
『お前の顔は見飽きた!』内心ガッツポーズで辺境へ
夏乃みのり
恋愛
「リーナ・フォン・アトラス! 貴様との婚約を破棄する!」
華やかな王宮の夜会で、第一王子ジュリアンに突きつけられた非情な宣告。冤罪を被せられ、冷酷な悪役令嬢として追放を言い渡されたリーナだったが、彼女の内心は……「やったーーー! これでやっとトレーニングに専念できるわ!」と歓喜に震えていた!
誘拐された公爵令嬢ですが、なぜか皇帝に溺愛されています』
富士山麓
恋愛
舞踏会で王太子から婚約破棄を告げられそうになった瞬間――
目の前に現れたのは、馬に乗った仮面の皇帝だった。
そのまま攫われた公爵令嬢ビアンキーナは、誘拐されたはずなのに超VIP待遇。
一方、助けようともしなかった王太子は「無能」と嘲笑され、静かに失墜していく。
選ばれる側から、選ぶ側へ。
これは、誰も断罪せず、すべてを終わらせた令嬢の物語。
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。
黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」
豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。
しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。