14 / 28
14
「いいですか、皆様! これはただの炊き出しではありませんわ! このノースランドの冬を越すための、命の輝き(カロリー)を分かち合う神聖な儀式ですのよ!」
シュバルツ城下の広場は、かつてない熱気に包まれていました。
例年であれば、収穫祭の食事といえば、カチカチに硬い黒パンと、塩辛いだけの干し肉のスープが定番。
しかし、今年の広場の中央に鎮座しているのは、ヴィラが特注で騎士たちに造らせた、直径二メートルを超える巨大な銅鍋でした。
「ヴィラ様! 『雪見イノシシ』のバラ肉、追加分が届きました!」
「よし、投入してちょうだい! 脂身が透き通るまで炒めたら、昨日から煮込んでおいた『霜降り大根』の出汁を合わせるのよ!」
ヴィラは、巨大な木べらを指揮棒のように振り回し、臨時の料理部隊――という名の、エプロンをつけた騎士たちにテキパキと指示を出していました。
「アンネ! 仕上げの生クリームと、私の秘密のスパイスを用意して!」
「お嬢様、もう準備万端ですわ! でも見てください、あの大行列を……。領民たちの目が、まるでお腹を空かせた狼のようですわよ!」
アンネが指差す先には、広場を三周半も取り囲む、終わりが見えないほどの大行列ができていました。
漂ってくるのは、濃厚なミルクの香りと、熟成された肉の旨味。そして、ヴィラが調合した「食欲を暴走させる魔のスパイス」の香り。
領民たちは、まだ器を受け取ってもいないのに、その香りだけで魂を抜かれたような顔をしていました。
「……お、おい。まだか。早くその『ヴィラ様特製・北国のクリームシチュー』とやらを食わせてくれ!」
「こっちは三日前から胃袋を空けて待ってるんだ!」
「前の奴、もたもたするな! 一口でいい、その汁を俺の口に流し込んでくれ!」
広場には殺気にも似た期待感が満ち溢れ、警備についている騎士ガイルも冷や汗を流していました。
「ヴィラ様、もう限界です! これ以上お待たせしたら、本当に暴動が起きます!」
「ふふ、お待たせしましたわね。……配給、開始ですわ!」
ヴィラが宣言した瞬間、巨大な鍋の蓋が開け放たれました。
真っ白な湯気と共に、黄金色の脂が浮いた真っ白なシチューがお披露目されます。
「……う、うおおおっ!!」
地響きのような歓声が上がりました。
最初に配られた一杯を口にした老人が、その場で崩れ落ちるように膝をつきました。
「な……なんだ、これは……。冬の厳しさが、口の中で春の陽だまりに変わっていくようだ……。大根が……大根が肉より柔らかくて甘いぞ!」
「この肉! 噛まなくても溶けていく! ああ、神様、ヴィラ様! 俺は今日まで生きていてよかった!」
一人が叫べば、あとはもうパニックでした。
「おかわりだ! おかわりを持ってこい!」
「俺の娘にも食べさせてやりたいんだ! この鍋ごと売ってくれ!」
「ヴィラ様万歳! 美味しいものは正義だ!」
領民たちがシチューを求めて押し寄せ、広場はもみくちゃの状態に。
「ちょ、皆様、押し合わないで! 鍋は逃げませんわよ! ああっ、そこのおじ様、鍋に飛び込まないで!」
ヴィラが必死に制止しますが、理性を失った食欲の波は止まりません。
そこへ、重厚な鎧の音と共に、凛とした声が響き渡りました。
「――静粛にせよ! これ以上の混乱は、辺境伯の名において許さん!」
「氷狼」アルベルトの登場です。
彼は、騒乱の現場を鎮めるべく、いつもの冷徹な威圧感を放ちながら現れました。
領民たちはその迫力に一瞬怯みましたが、食欲は恐怖を上回っていました。
「か、閣下! 閣下も食べてみてくださいよ! これ食ったら、説教なんてしてられなくなりますから!」
「黙れ。私はこの混乱を……」
アルベルトが言葉を続けようとした、その時。
ヴィラが、シチューをたっぷり入れた木皿を彼の鼻先に突き出しました。
「はい、閣下。毒味の時間ですわ。これを食べれば、領民たちの気持ちが分かりますわよ?」
「……ヴィラ。貴様、私がこんな騒ぎの中で……」
「いいから、あーん、して。ほら、冷めると脂が固まってしまいますわよ?」
有無を言わさないヴィラの勢いに、アルベルトは数秒の葛藤の後、観念したように口を開けました。
一口、黄金のシチューが彼の舌を支配した瞬間。
「…………っ!?」
アルベルトの銀色の瞳が、かつてないほど激しく揺れました。
「……な、何だ……。この……暴力的なまでの……慈愛は……」
「閣下、お顔が幸せそうに蕩(とろ)けておりますわよ?」
ヴィラが茶化すように言うと、アルベルトは顔を真っ赤にして、しかし皿を離そうとはしませんでした。
「……諸君。……この食事は、我らノースランドの新たな誇りである」
アルベルトは、スプーンを握りしめたまま、領民たちに向かって宣言しました。
「……だが、秩序を乱す者には次の一杯は与えん。全員、整列しろ。……私も、二杯目を並ぶつもりだ」
「閣下が並ぶのかよ!!」
広場に爆笑と歓声が巻き起こりました。
結局、収穫祭は夜更けまで続き、用意した三つの巨大鍋は底が見えるまで綺麗に平らげられました。
領民たちは誰もが満腹で、幸せそうな顔をして雪道を帰っていきました。
「……ふう。疲れましたわね、アルベルト閣下」
ヴィラは、空になった鍋の横で、アルベルトと並んで腰を下ろしました。
「……ヴィラ。貴様という女は、本当に恐ろしいな。剣一本使わずに、この領民たちの心を、これほどまで容易く掌握してしまうとは」
「あら、閣下。胃袋を掴むのは、心の鍵を開ける一番簡単な方法なんですのよ」
ヴィラは、アルベルトの肩にそっと頭を預けました。
「次は、何を皆様に食べさせてあげようかしら……」
「……まずは、私の分の『特別な夜食』を考えてもらおうか。……今日のシチュー、三杯目はガイルに横取りされたからな」
「ふふ、閣下、意外と執念深いですわね」
北の夜空に、満天の星が輝いていました。
悪役令嬢として追放されたはずのヴィラは、今やこの凍てつく地の、温かな「美食の太陽」となっていたのでした。
シュバルツ城下の広場は、かつてない熱気に包まれていました。
例年であれば、収穫祭の食事といえば、カチカチに硬い黒パンと、塩辛いだけの干し肉のスープが定番。
しかし、今年の広場の中央に鎮座しているのは、ヴィラが特注で騎士たちに造らせた、直径二メートルを超える巨大な銅鍋でした。
「ヴィラ様! 『雪見イノシシ』のバラ肉、追加分が届きました!」
「よし、投入してちょうだい! 脂身が透き通るまで炒めたら、昨日から煮込んでおいた『霜降り大根』の出汁を合わせるのよ!」
ヴィラは、巨大な木べらを指揮棒のように振り回し、臨時の料理部隊――という名の、エプロンをつけた騎士たちにテキパキと指示を出していました。
「アンネ! 仕上げの生クリームと、私の秘密のスパイスを用意して!」
「お嬢様、もう準備万端ですわ! でも見てください、あの大行列を……。領民たちの目が、まるでお腹を空かせた狼のようですわよ!」
アンネが指差す先には、広場を三周半も取り囲む、終わりが見えないほどの大行列ができていました。
漂ってくるのは、濃厚なミルクの香りと、熟成された肉の旨味。そして、ヴィラが調合した「食欲を暴走させる魔のスパイス」の香り。
領民たちは、まだ器を受け取ってもいないのに、その香りだけで魂を抜かれたような顔をしていました。
「……お、おい。まだか。早くその『ヴィラ様特製・北国のクリームシチュー』とやらを食わせてくれ!」
「こっちは三日前から胃袋を空けて待ってるんだ!」
「前の奴、もたもたするな! 一口でいい、その汁を俺の口に流し込んでくれ!」
広場には殺気にも似た期待感が満ち溢れ、警備についている騎士ガイルも冷や汗を流していました。
「ヴィラ様、もう限界です! これ以上お待たせしたら、本当に暴動が起きます!」
「ふふ、お待たせしましたわね。……配給、開始ですわ!」
ヴィラが宣言した瞬間、巨大な鍋の蓋が開け放たれました。
真っ白な湯気と共に、黄金色の脂が浮いた真っ白なシチューがお披露目されます。
「……う、うおおおっ!!」
地響きのような歓声が上がりました。
最初に配られた一杯を口にした老人が、その場で崩れ落ちるように膝をつきました。
「な……なんだ、これは……。冬の厳しさが、口の中で春の陽だまりに変わっていくようだ……。大根が……大根が肉より柔らかくて甘いぞ!」
「この肉! 噛まなくても溶けていく! ああ、神様、ヴィラ様! 俺は今日まで生きていてよかった!」
一人が叫べば、あとはもうパニックでした。
「おかわりだ! おかわりを持ってこい!」
「俺の娘にも食べさせてやりたいんだ! この鍋ごと売ってくれ!」
「ヴィラ様万歳! 美味しいものは正義だ!」
領民たちがシチューを求めて押し寄せ、広場はもみくちゃの状態に。
「ちょ、皆様、押し合わないで! 鍋は逃げませんわよ! ああっ、そこのおじ様、鍋に飛び込まないで!」
ヴィラが必死に制止しますが、理性を失った食欲の波は止まりません。
そこへ、重厚な鎧の音と共に、凛とした声が響き渡りました。
「――静粛にせよ! これ以上の混乱は、辺境伯の名において許さん!」
「氷狼」アルベルトの登場です。
彼は、騒乱の現場を鎮めるべく、いつもの冷徹な威圧感を放ちながら現れました。
領民たちはその迫力に一瞬怯みましたが、食欲は恐怖を上回っていました。
「か、閣下! 閣下も食べてみてくださいよ! これ食ったら、説教なんてしてられなくなりますから!」
「黙れ。私はこの混乱を……」
アルベルトが言葉を続けようとした、その時。
ヴィラが、シチューをたっぷり入れた木皿を彼の鼻先に突き出しました。
「はい、閣下。毒味の時間ですわ。これを食べれば、領民たちの気持ちが分かりますわよ?」
「……ヴィラ。貴様、私がこんな騒ぎの中で……」
「いいから、あーん、して。ほら、冷めると脂が固まってしまいますわよ?」
有無を言わさないヴィラの勢いに、アルベルトは数秒の葛藤の後、観念したように口を開けました。
一口、黄金のシチューが彼の舌を支配した瞬間。
「…………っ!?」
アルベルトの銀色の瞳が、かつてないほど激しく揺れました。
「……な、何だ……。この……暴力的なまでの……慈愛は……」
「閣下、お顔が幸せそうに蕩(とろ)けておりますわよ?」
ヴィラが茶化すように言うと、アルベルトは顔を真っ赤にして、しかし皿を離そうとはしませんでした。
「……諸君。……この食事は、我らノースランドの新たな誇りである」
アルベルトは、スプーンを握りしめたまま、領民たちに向かって宣言しました。
「……だが、秩序を乱す者には次の一杯は与えん。全員、整列しろ。……私も、二杯目を並ぶつもりだ」
「閣下が並ぶのかよ!!」
広場に爆笑と歓声が巻き起こりました。
結局、収穫祭は夜更けまで続き、用意した三つの巨大鍋は底が見えるまで綺麗に平らげられました。
領民たちは誰もが満腹で、幸せそうな顔をして雪道を帰っていきました。
「……ふう。疲れましたわね、アルベルト閣下」
ヴィラは、空になった鍋の横で、アルベルトと並んで腰を下ろしました。
「……ヴィラ。貴様という女は、本当に恐ろしいな。剣一本使わずに、この領民たちの心を、これほどまで容易く掌握してしまうとは」
「あら、閣下。胃袋を掴むのは、心の鍵を開ける一番簡単な方法なんですのよ」
ヴィラは、アルベルトの肩にそっと頭を預けました。
「次は、何を皆様に食べさせてあげようかしら……」
「……まずは、私の分の『特別な夜食』を考えてもらおうか。……今日のシチュー、三杯目はガイルに横取りされたからな」
「ふふ、閣下、意外と執念深いですわね」
北の夜空に、満天の星が輝いていました。
悪役令嬢として追放されたはずのヴィラは、今やこの凍てつく地の、温かな「美食の太陽」となっていたのでした。
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
『お前の顔は見飽きた!』内心ガッツポーズで辺境へ
夏乃みのり
恋愛
「リーナ・フォン・アトラス! 貴様との婚約を破棄する!」
華やかな王宮の夜会で、第一王子ジュリアンに突きつけられた非情な宣告。冤罪を被せられ、冷酷な悪役令嬢として追放を言い渡されたリーナだったが、彼女の内心は……「やったーーー! これでやっとトレーニングに専念できるわ!」と歓喜に震えていた!
「通訳など辞書で足りる」と追放された令嬢——三国会談で、婚約者は一言も話せなくなった
歩人
ファンタジー
宮廷通訳官エレノーラは五つの言語を操り、婚約者クラウスの外交を陰で支えてきた。
だがクラウスは言った。「通訳など辞書で足りる。お前は要らない」
追放されたエレノーラは隣国で新たな道を歩み始める。
一方、クラウスは三国会談の場で辞書片手に立ち往生。
誤訳が外交問題に発展し、窮地に陥ったその場に、隣国の通訳官として現れたのは——。
「その言葉は、もう翻訳できません」
王子、おひとり様で残りの人生をお楽しみください!
ちゃっぴー
恋愛
「ラーニャ、貴様との婚約を破棄する!」
卒業パーティーの真っ最中、ナルシストな第一王子ウィルフレッドに身に覚えのない罪で断罪された公爵令嬢ラーニャ。しかし、彼女はショックを受けるどころか、優雅に微笑んで拍手を送った。
なぜなら、ラーニャはとっくに王子の無能さに愛想を尽かし、この日のために完璧な「撤退準備」を進めていたからだ。
悪役令嬢は間違えない
スノウ
恋愛
王太子の婚約者候補として横暴に振る舞ってきた公爵令嬢のジゼット。
その行動はだんだんエスカレートしていき、ついには癒しの聖女であるリリーという少女を害したことで王太子から断罪され、公開処刑を言い渡される。
処刑までの牢獄での暮らしは劣悪なもので、ジゼットのプライドはズタズタにされ、彼女は生きる希望を失ってしまう。
処刑当日、ジゼットの従者だったダリルが助けに来てくれたものの、看守に見つかり、脱獄は叶わなかった。
しかし、ジゼットは唯一自分を助けようとしてくれたダリルの行動に涙を流し、彼への感謝を胸に断頭台に上がった。
そして、ジゼットの処刑は執行された……はずだった。
ジゼットが気がつくと、彼女が9歳だった時まで時間が巻き戻っていた。
ジゼットは決意する。
次は絶対に間違えない。
処刑なんかされずに、寿命をまっとうしてみせる。
そして、唯一自分を助けようとしてくれたダリルを大切にする、と。
────────────
毎日20時頃に投稿します。
お気に入り登録をしてくださった方、いいねをくださった方、エールをくださった方、どうもありがとうございます。
とても励みになります。
断罪中、味方が多すぎて王子が孤立している件について
夏乃みのり
恋愛
バーンスタイン伯爵家の令嬢ラミリアは、魔力も剣の才能もない「ごく普通」の地味な女性。
ある日のパーティーで、婚約者であるジェラルド第二王子から「地味で無能で嫉妬深い」と罵られ、身に覚えのない罪で婚約破棄を突きつけられてしまう。
しかし、断罪劇は予想外の展開へ。
婚約破棄される前に、帰らせていただきます!
パリパリかぷちーの
恋愛
ある日、マリス王国の侯爵令嬢クロナは、王子が男爵令嬢リリィと密会し、自分を「可愛げのない女」と罵り、卒業パーティーで「婚約破棄」を言い渡そうと画策している現場を目撃してしまう。
普通なら嘆き悲しむ場面だが、クロナの反応は違った。
『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています
六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。
しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。
「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!