断罪されるのは勝手ですが、お茶会のケーキだけは包ませてください!

小梅りこ

文字の大きさ
18 / 28

18

「……ふぅ、完成ですわ。これこそが、王都の甘ったるい悪意を浄化するための『極上・野兎と冬野菜のコンソメスープ』ですわ!」


離れのキッチンに、雑味のない、透き通った芳醇な香りが満ち溢れました。


ヴィラは満足げに、お玉をマイクのように握りしめてポーズを決めました。


昨日のマカロン騒動。砂糖の塊に汚染された口内をリセットするため、彼女は一晩かけて出汁を取り、徹底的に「滋養強壮とデトックス」にこだわった最高の一皿を作り上げたのです。


そこへ、いつものように足音を忍ばせて、アルベルトがやってきました。


「……ヴィラ。昨日の毒……ではなく、砂糖の過剰摂取による体調不良はないか?」


アルベルトの顔には、隠しきれない心配の色が浮かんでいました。


彼は昨夜、ヴィラが倒れる悪夢を見て、三回も跳ね起きたことを誰にも言えずにいました。


「あら、閣下。見ての通り、お肌のツヤも胃袋の調子も絶好調ですわ。さあ、心配してくださったお礼に、この『魂のスープ』を召し上がれ」


ヴィラが差し出したスープを、アルベルトは神妙な面持ちで受け取りました。


一口、黄金の液体を口に含んだ瞬間――。


「…………っ。ああ……」


アルベルトの閉じた瞼から、一筋の感動(のようなもの)が漏れました。


「……雑味がない。体に染み渡る。……昨日のあの忌々しい甘みが、嘘のように消えていくようだ」


「でしょう? 素材の味を信じ、余計なものを削ぎ落とした結果ですわ。美食とは、時に引き算なんですのよ」


ヴィラは得意げに胸を張りました。その横顔を、アルベルトはじっと見つめました。


この北の最果て。雪に閉ざされ、誰もが「不毛」と呼び、寄り付こうとしなかった場所。


そこに彼女が現れてから、城には常に「美味しい匂い」が漂い、騎士たちは活気付き、自分自身の凍てついた日常さえも、彼女の振るうフライパンの熱で溶かされていきました。


(……この女を、手放したくない)


アルベルトの胸の内に、かつてないほど強烈な所有欲と、名前のつかない感情が渦巻きました。


それは、単なる「料理のファン」という枠を、とうに超えていたのです。


「……ヴィラ。一つ、真面目な話をしたい」


アルベルトはスープの皿を置き、ヴィラの正面に立ちました。


彼の銀色の瞳には、戦場へ向かう時のような、悲壮なまでの決意が宿っています。


「あら、改まって。……もしや、明日の朝食の献立についてのお願いかしら?」


「違う。……貴様は、いずれ王都へ戻るつもりなのか? 罪が許され、ジュリアンが愚かさに気づけば、貴様は公爵令嬢としての地位に戻れるはずだ」


ヴィラは少しだけ目を丸くしました。


「王都へ? ……あんな、鮮度の低い食材と、見栄だけの晩餐会しかない場所へ? 冗談は顔だけにしていただきたいわ、閣下」


「……ならば、一つ提案がある」


アルベルトは一歩踏み込み、ヴィラの両肩を掴みました。


「ヴィラ・ド・ラ・ポム。……私は、貴様の作る飯を、一生食べ続けたいと思っている」


空気が、一瞬で凍りつきました。


……いや、それはヴィラの脳内でのみ起きた現象かもしれません。


(……え? 今、何ておっしゃいましたの?)


ヴィラの頭の中の「美食演算回路」が、猛烈なスピードで回転を始めました。


(一生、私の飯を。……つまり、これって……!)


「……閣下。それは、つまり」


ヴィラは、震える声で言葉を紡ぎました。


アルベルトは、顔を真っ赤にしながらも、彼女の瞳から目を逸らしません。


「そうだ。一生だ。私の傍を離れず、ずっと、その……」


「……一生、福利厚生付きの『専属無期限雇用契約』を結びたい、ということでよろしいかしら!?」


「………………は?」


アルベルトの感動の表情が、一瞬で「無」に帰しました。


「しかも、閣下! 一生食べたいということは、私が老いて歯が抜けても、お粥の出汁の加減まで見届けてくださるという、究極のリピーター宣言ですわね!? ああ、なんて名誉なことかしら! 料理人冥利に尽きますわ!」


ヴィラは、アルベルトの手をがっしりと握り返し、ブンブンと激しく上下させました。


「わかりましたわ、アルベルト閣下! その契約、お受けします! 退職金はいりませんから、その代わりに私の厨房の予算を三倍に、そして冬用の燻製小屋を増築していただきたいのですけれど!」


「……ヴィ、ヴィラ。待て。私の言い方が悪かったかもしれないが、今のは、その、求婚というか……」


「求婚!? あら、閣下ったら面白い冗談を。料理と結婚しろとおっしゃるの? 確かに私はフライパンを愛しておりますけれど、さすがに入籍はできませんわ」


ヴィラは「あはは」と愉快そうに笑い飛ばしました。


アルベルトは、その場に膝をつきそうになるのを必死で耐えました。


「氷狼」の渾身の告白は、ヴィラの「食いしん坊フィルター」という名の鉄壁の防御層によって、ただの『雇用条件の相談』へと変換されてしまったのです。


「……ふぅ。よし、閣下の熱意は伝わりましたわ! 一生食べたいと言わせるからには、明日からはもっと気合を入れなくてはね!」


「……ヴィラ。……もういい。スープのおかわりをくれ。……心を落ち着けたいんだ」


「ええ、喜んで! 閣下、そんなに私のスープが好きだなんて、本当に可愛いところがありますわね」


ヴィラは鼻歌を歌いながら、再びお玉を握りました。


アルベルトは、空になった皿を見つめながら、遠い空を仰ぎました。


(……この女を落とすには、愛の言葉よりも、希少なスパイスを捧げた方が早いのかもしれないな)


北の地の恋模様は、粉雪が舞う空よりも、さらに前途多難で美味しい予感に満ちていたのでした。
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

王子、おひとり様で残りの人生をお楽しみください!

ちゃっぴー
恋愛
「ラーニャ、貴様との婚約を破棄する!」 卒業パーティーの真っ最中、ナルシストな第一王子ウィルフレッドに身に覚えのない罪で断罪された公爵令嬢ラーニャ。しかし、彼女はショックを受けるどころか、優雅に微笑んで拍手を送った。 なぜなら、ラーニャはとっくに王子の無能さに愛想を尽かし、この日のために完璧な「撤退準備」を進めていたからだ。

『お前の顔は見飽きた!』内心ガッツポーズで辺境へ

夏乃みのり
恋愛
「リーナ・フォン・アトラス! 貴様との婚約を破棄する!」 華やかな王宮の夜会で、第一王子ジュリアンに突きつけられた非情な宣告。冤罪を被せられ、冷酷な悪役令嬢として追放を言い渡されたリーナだったが、彼女の内心は……「やったーーー! これでやっとトレーニングに専念できるわ!」と歓喜に震えていた!

誘拐された公爵令嬢ですが、なぜか皇帝に溺愛されています』

富士山麓
恋愛
舞踏会で王太子から婚約破棄を告げられそうになった瞬間―― 目の前に現れたのは、馬に乗った仮面の皇帝だった。 そのまま攫われた公爵令嬢ビアンキーナは、誘拐されたはずなのに超VIP待遇。 一方、助けようともしなかった王太子は「無能」と嘲笑され、静かに失墜していく。 選ばれる側から、選ぶ側へ。 これは、誰も断罪せず、すべてを終わらせた令嬢の物語。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

婚約破棄!ついでに王子をどん底に突き落とす。

鏡おもち
恋愛
公爵令嬢パルメは、王立学院のパーティーで第一王子リュントから公開婚約破棄を突きつけられる。しかし、周囲の同情をよそにパルメは歓喜した。

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

婚約破棄だ!と言われ実家に帰ったら、最推しに餌付けされます

黒猫かの
恋愛
王国の第一王子クレイスから、衆人環視の中 で婚約破棄を言い渡されたローゼン侯爵令嬢ノエル。