断罪されるのは勝手ですが、お茶会のケーキだけは包ませてください!

小梅りこ

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「……ヴィラ。もう一度聞くが、正気か? この猛吹雪の中、山へ入るなど正気の沙汰ではないぞ」


シュバルツ城の重厚な玄関ホールで、アルベルトが深い溜息をつきました。


彼の前には、何枚もの毛皮を重ね着し、ダルマのように着膨れしたヴィラの姿がありました。


しかし、その瞳には吹雪をも溶かしそうなほどの熱い情熱が宿っています。


「閣下、何を弱気なことを。今この瞬間、森の奥深くでは『雪見熊』が冬眠の最終段階に入っているのですよ? この時期の熊は、体に溜め込んだ良質な脂肪が熟成され、まるで最高級のバターのような甘みを放つのですわ!」


ヴィラは、自分の腰にぶら下げた特製のナタを愛おしそうに撫でました。


「それを逃すなんて、美食家として死んでも死にきれませんわ。さあ、閣下! 私を案内してちょうだい。私の嗅覚が、あのお肉の香りを呼んでいるのです!」


「……お前の嗅覚は、魔物除けの結界さえも貫通するのか。わかった、ガイルたちを同行させる。だが、私の傍を離れるな。いいな?」


アルベルトは諦めたように肩をすくめると、自身も大剣を背負い、ヴィラの隣に並びました。


一行が極寒の森へと足を踏み入れると、そこは音のない白銀の世界でした。


刺すような冷気が肌を刺しますが、ヴィラの鼻は休むことなくヒクヒクと動いています。


「……お嬢様。あ、あそこに何か影が……! 魔物でしょうか!?」


護衛のガイルが剣を引き抜こうとしたその時、ヴィラが鋭く制止しました。


「待って! あれはただの魔物ではありませんわ。……見なさい、あの毛並みのツヤを。そして、あの丸々と肥えた後ろ足! 間違いない、あれこそが私が求めていた『森のバター』……雪見熊ですわ!」


雪を蹴散らし、巨大な熊が咆哮を上げました。


その巨体は、立てば三メートルはあろうかという大迫力です。


アルベルトが即座に前に出、ヴィラを庇うように剣を構えました。


「下がっていろ、ヴィラ! こいつは並の猟師では太刀打ちできん。私が仕留める!」


「閣下! ダメです、剣で斬りつけては!」


「何だと!? この状況で何を……!」


ヴィラはアルベルトの腕を必死で掴み、叫びました。


「そんな大きな剣で斬ったら、一番美味しい『ハラミ』に傷がついてしまうではありませんか! 血が回って味が落ちたらどうするのです! 仕留めるなら、延髄を一突き、あるいは窒息させるのが理想ですわ!」


「…………貴様、死の間際にある熊を前にして、解体後のクオリティの話をしているのか?」


アルベルトは戦慄しました。目の前の魔物よりも、ヴィラの食に対する執念の方が遥かに恐ろしいと感じたからです。


「閣下、私に策がありますわ。……これを使うのです!」


ヴィラが懐から取り出したのは、何やら怪しげな、茶色いドロリとした塊でした。


「それは何だ? 爆薬か?」


「いいえ。王都から持参した『発酵熟成・激辛ハバネロ味噌』ですわ。これをあの子の鼻先に投げつければ、あまりの香りの暴力に一瞬で意識が飛ぶはずです。その隙に、閣下がガツンと気絶させてちょうだい!」


「……もはや、狩りではなく料理の準備だな」


アルベルトは言われた通り、ヴィラの投げた味噌に合わせ、電光石火の速さで剣の柄を熊の眉間に叩き込みました。


ドォォォォォン……。


巨大な熊が、一度も爪を振るうことなく、雪の上に沈みました。


「やりましたわ! 見てください閣下、この完璧な気絶っぷり! これならストレスで肉が硬くなることもありませんわね!」


ヴィラは歓喜の声を上げ、倒れた熊の腹部を指先でツンツンと突き始めました。


「んんっ、素晴らしい弾力! 閣下、今夜はこの子を主役にした『ジビエ祭り』を開催しましょう! 赤ワインとベリーのソースで煮込めば、閣下の心も体もとろとろに溶かして差し上げますわ!」


「……私はすでに、貴様のその図太さに心が溶けかかっているがな」


アルベルトは溜息をつきながらも、どこか楽しげに口元を緩めました。


「おい、ガイル。こいつを城まで運ぶぞ。……ヴィラ、満足か?」


「ええ、大満足ですわ! でも閣下、あそこの茂みに『氷結キノコ』が自生しているのを見逃しませんでしたわよ。それも収穫してから帰りましょう!」


「……強欲な女だ。だが、嫌いではない」


アルベルトはボソリと呟きましたが、ヴィラはすでにキッチンの献立作りに夢中で、その言葉を聞いてはいませんでした。


数時間後、シュバルツ城の厨房からは、これまでになく野性的で芳醇な、肉の焼ける香りが立ち込めました。


「さあ、皆様! 冬の厳しさを、このお肉で吹き飛ばしましょう!」


ヴィラが振る舞った熊肉のステーキは、口の中で甘い脂が弾け、騎士たちの胃袋を瞬時に虜にしました。


「う、うますぎる……。熊って、こんなに優しくて深い味がするのか?」


「ヴィラ様、あなたは我らの女神だ! いや、食卓の支配者だ!」


城内がお祭り騒ぎになる中、ヴィラはアルベルトの隣で、特別に柔らかい部位を彼の皿に運びました。


「閣下、お疲れ様でした。はい、あーん、してくださいな」


「……ヴィラ。人目がある。自分で食べられる」


「あら、閣下の腕は熊を気絶させるために酷使されたのでしょう? 労わって差し上げるのが、私の『雇用契約』に含まれる義務ですわ」


アルベルトは顔を赤くしながらも、素直に口を開けました。


とろけるような肉の旨味。そして、ヴィラの悪戯っぽい微笑み。


「……美味いな」


「お肉が、ですか? それとも、私が?」


「…………肉だ。決まっているだろう」


アルベルトはプイと顔を逸らしましたが、その手はヴィラのドレスの裾を、離したくないと言わんばかりに、そっと握りしめていたのでした。


外は猛吹雪。しかし、城の中にはヴィラが作り出した、世界で一番温かくて美味しい時間が流れていました。
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