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「……ヴィラ、大変なことになった。王都から『勅命』が届いたぞ」
執務室に呼び出されたヴィラを待っていたのは、かつてないほど苦虫を噛み潰したような顔のアルベルトでした。
彼のデスクの上には、王家の赤い封蝋が押された、仰々しい羊皮紙が広げられています。
「あら、閣下。またジュリアン殿下からの『嫌がらせお手紙』かしら? ちょうどストーブの火が弱まっていたところですから、助かりますわ」
ヴィラは屈託のない笑顔で答えました。彼女の手には、先ほどまで厨房で試作していた「干し肉のスパイス和え」が握られています。
「いや、今回はそうもいかん。……来月開催される『春の園遊会』への出席要請だ。それも、貴様個人を指名しての召喚だ」
「……園遊会? あの、見栄っ張りな貴族たちが集まって、パサパサのカナッペをつまみながら他人の悪口を言い合う、あの退屈な行事のことですの?」
ヴィラは心底嫌そうな顔をして、干し肉を一口齧りました。
「そうですわ。あそこの食事は、彩りばかりを気にして素材の味が置いてけぼりなんですもの。あんな場所に行くくらいなら、私はこの地下室でカビの花を愛でている方がマシですわ」
「……だが、断れば『不敬罪』を問われる可能性がある。どうやら、例の文官オマールの報告が効きすぎたらしいな。国王陛下が、北方の変わり果てた貴様の様子を直接確かめたいと仰せだそうだ」
アルベルトは椅子から立ち上がり、窓の外の雪景色を見つめました。
「……ヴィラ。無理に行く必要はない。私が『病気で動けない』とでも報告して、握り潰してやってもいいんだぞ?」
アルベルトの声には、微かな震えが混じっていました。
彼は、ヴィラが王都に戻れば、そのまま公爵家へ引き戻され、自分の前からいなくなってしまうのではないかと、本気で恐れていたのです。
しかし、当のヴィラはと言えば。
「…………待ってください。園遊会ということは、王都中の有力貴族が集まるということですわよね?」
ヴィラの瞳が、キラリと怪しく光りました。
「ええ、そうだが。それが何か?」
「……閣下! これは千載一遇のチャンスですわ! これほど効率的な『展示即売会』が他にあるでしょうか!」
ヴィラは、手に持っていた干し肉を机に叩きつけ(アルベルトがビクッとしました)、身を乗り出しました。
「いいですか、閣下! 今、ノースランドには最高の食材が溢れています。でも、販路が足りませんの。あの王都の舌の肥えた……いえ、財布の肥えた貴族たちに、この『雪見イノシシの燻製』や『山蜂蜜』の素晴らしさを直接叩き込むのですわ!」
「……展示、即売会?」
「そうですわ! 私が園遊会に乗り込み、圧倒的な『美食の暴力』を見せつければ、王都中の注文がこの領地に殺到します。そうなれば、ノースランドの財政は潤い、閣下の執務室の暖房ももっと豪華にできますわよ!」
ヴィラは拳を握りしめ、熱く語りました。彼女の脳内ではすでに、園遊会の会場が巨大な市場(マルシェ)へと書き換えられていました。
「ヴィラ。貴様……。王都に帰るのが怖くないのか? あそこには、貴様を陥れたジュリアンやリリアンがいるのだぞ」
「あら、閣下。お腹がいっぱいなら、過去の遺恨なんてどうでもいいことですわ。それよりも、彼らが私の持ち込んだ『北方ジビエのテリーヌ』を一口食べて、悔しさのあまり泡を吹いて倒れる姿を想像する方が、よほど健康的で楽しいと思いません?」
ヴィラは、邪悪なほどに明るい笑みを浮かべました。
アルベルトは、呆れたように、しかし深く安堵したように息を吐きました。
「……ふん。貴様らしいな。……わかった。ならば私も同行しよう。私の『大切な専属料理人(および胃袋の守護者)』を、あの腐った王都に一人でやるわけにはいかんからな」
「嬉しいですわ、閣下! 心強い護衛役……いえ、荷物運び役がいれば百人力ですわね!」
「……今、さらりと失礼なことを言わなかったか?」
こうして、ヴィラ・ド・ラ・ポムの「王都凱旋マーケティング計画」が始動しました。
それからの数週間、離れの屋敷は戦場のようになりました。
「アンネ! ドレスの裏地に保冷魔法をかけてちょうだい! 一番いい部位の生ハムを隠し持っていくんだから!」
「お嬢様! ドレスの中に生ハムを仕込む令嬢なんて、歴史上どこを探してもいらっしゃいませんわよ!」
「うるさいわ! 宝石よりも、熟成された脂身の方が輝いているに決まっているでしょう!」
ヴィラは、ドレスのデザインよりも「どれだけ多くの試食品を隠し持てるか」という機能性を重視し、特注の「美食用ドレス」を作り上げました。
そして、馬車には宝石箱の代わりに、厳選された最高級のスパイス、干し肉、そして熟成チーズがぎっしりと詰め込まれました。
「さあ、出発ですわよ、アルベルト閣下! 王都の薄っぺらな舌を、北方の重厚な旨味で教育し直して差し上げましょう!」
「……ああ。……だがヴィラ、会場でいきなり肉を捌き始めるのだけはやめてくれよ。私の胃袋が持たん」
「善処しますわ!」
不敵な笑みを浮かべるヴィラを乗せ、馬車は白銀の領地を後にしました。
かつては涙と共に(実際にはケーキを抱えて)去ったその道を、今度は王都を胃袋から征服するという野望と共に駆け抜けていくのでした。
執務室に呼び出されたヴィラを待っていたのは、かつてないほど苦虫を噛み潰したような顔のアルベルトでした。
彼のデスクの上には、王家の赤い封蝋が押された、仰々しい羊皮紙が広げられています。
「あら、閣下。またジュリアン殿下からの『嫌がらせお手紙』かしら? ちょうどストーブの火が弱まっていたところですから、助かりますわ」
ヴィラは屈託のない笑顔で答えました。彼女の手には、先ほどまで厨房で試作していた「干し肉のスパイス和え」が握られています。
「いや、今回はそうもいかん。……来月開催される『春の園遊会』への出席要請だ。それも、貴様個人を指名しての召喚だ」
「……園遊会? あの、見栄っ張りな貴族たちが集まって、パサパサのカナッペをつまみながら他人の悪口を言い合う、あの退屈な行事のことですの?」
ヴィラは心底嫌そうな顔をして、干し肉を一口齧りました。
「そうですわ。あそこの食事は、彩りばかりを気にして素材の味が置いてけぼりなんですもの。あんな場所に行くくらいなら、私はこの地下室でカビの花を愛でている方がマシですわ」
「……だが、断れば『不敬罪』を問われる可能性がある。どうやら、例の文官オマールの報告が効きすぎたらしいな。国王陛下が、北方の変わり果てた貴様の様子を直接確かめたいと仰せだそうだ」
アルベルトは椅子から立ち上がり、窓の外の雪景色を見つめました。
「……ヴィラ。無理に行く必要はない。私が『病気で動けない』とでも報告して、握り潰してやってもいいんだぞ?」
アルベルトの声には、微かな震えが混じっていました。
彼は、ヴィラが王都に戻れば、そのまま公爵家へ引き戻され、自分の前からいなくなってしまうのではないかと、本気で恐れていたのです。
しかし、当のヴィラはと言えば。
「…………待ってください。園遊会ということは、王都中の有力貴族が集まるということですわよね?」
ヴィラの瞳が、キラリと怪しく光りました。
「ええ、そうだが。それが何か?」
「……閣下! これは千載一遇のチャンスですわ! これほど効率的な『展示即売会』が他にあるでしょうか!」
ヴィラは、手に持っていた干し肉を机に叩きつけ(アルベルトがビクッとしました)、身を乗り出しました。
「いいですか、閣下! 今、ノースランドには最高の食材が溢れています。でも、販路が足りませんの。あの王都の舌の肥えた……いえ、財布の肥えた貴族たちに、この『雪見イノシシの燻製』や『山蜂蜜』の素晴らしさを直接叩き込むのですわ!」
「……展示、即売会?」
「そうですわ! 私が園遊会に乗り込み、圧倒的な『美食の暴力』を見せつければ、王都中の注文がこの領地に殺到します。そうなれば、ノースランドの財政は潤い、閣下の執務室の暖房ももっと豪華にできますわよ!」
ヴィラは拳を握りしめ、熱く語りました。彼女の脳内ではすでに、園遊会の会場が巨大な市場(マルシェ)へと書き換えられていました。
「ヴィラ。貴様……。王都に帰るのが怖くないのか? あそこには、貴様を陥れたジュリアンやリリアンがいるのだぞ」
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ヴィラは、邪悪なほどに明るい笑みを浮かべました。
アルベルトは、呆れたように、しかし深く安堵したように息を吐きました。
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「嬉しいですわ、閣下! 心強い護衛役……いえ、荷物運び役がいれば百人力ですわね!」
「……今、さらりと失礼なことを言わなかったか?」
こうして、ヴィラ・ド・ラ・ポムの「王都凱旋マーケティング計画」が始動しました。
それからの数週間、離れの屋敷は戦場のようになりました。
「アンネ! ドレスの裏地に保冷魔法をかけてちょうだい! 一番いい部位の生ハムを隠し持っていくんだから!」
「お嬢様! ドレスの中に生ハムを仕込む令嬢なんて、歴史上どこを探してもいらっしゃいませんわよ!」
「うるさいわ! 宝石よりも、熟成された脂身の方が輝いているに決まっているでしょう!」
ヴィラは、ドレスのデザインよりも「どれだけ多くの試食品を隠し持てるか」という機能性を重視し、特注の「美食用ドレス」を作り上げました。
そして、馬車には宝石箱の代わりに、厳選された最高級のスパイス、干し肉、そして熟成チーズがぎっしりと詰め込まれました。
「さあ、出発ですわよ、アルベルト閣下! 王都の薄っぺらな舌を、北方の重厚な旨味で教育し直して差し上げましょう!」
「……ああ。……だがヴィラ、会場でいきなり肉を捌き始めるのだけはやめてくれよ。私の胃袋が持たん」
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