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「待て、ナタリー! まだ話は終わっていない! 君をこのまま、こんな得体の知れない王子に任せておけるはずがないだろう!」
衛兵に引きずられていく間際、ウィルフレッド様が往生際悪く叫びました。
私は今、サイラス様に「特製のアイス枕」を後頭部に当ててもらい、脳内の熱量を冷却している最中でした。
「ウィルフレッド様……。お言葉ですが、今の私の脳内メモリは、貴方の罵声を受信するための空き容量を一切残しておりません。全セクター、次の昼寝の夢のプロットで埋まっておりますわ」
「夢のプロットだと!? ふざけるな! ナタリー、君はベルゼイン王国の公爵令嬢だ。私という主人がいなければ、君はただの歩くこともできない人形に過ぎないのだぞ!」
ウィルフレッド様が、必死の形相でこちらへ手を伸ばしました。
その瞬間、私の周囲の空気が、パキパキと音を立てて凍りつくような錯覚に陥りました。
サイラス様が、ゆっくりと立ち上がったのです。
「……ウィルフレッド殿下。君は先ほどから、大きな勘違いを繰り返しているようだね」
サイラス様の声は、低く、そして底冷えするような静かな怒りに満ちていました。
彼は私のソファの前に立ち、まるで外界から私を完全に遮断するように、その背中で私を覆い隠しました。
「ナタリーが『一人では何もできない』? ああ、その通りだ。彼女は自分のために歩くことも、食事を運ぶことも、ドレスを選ぶこともしない。……だが、それは彼女に能力がないからではない。彼女を『お世話する権利』を、周囲の人間が奪い合っているからだ」
「な、何を言っている……! そんな無能な女、誰が欲しがるものか!」
「私が欲しがるんだよ。世界中の誰よりもね」
サイラス様は一歩、ウィルフレッド様の方へ踏み出しました。
その瞳には、獲物を逃さない肉食獣のような、どろりと濃い独占欲が渦巻いています。
「いいか、よく聞け。ナタリーという至宝を動かしていいのは、この世界で私だけだ。彼女を運び、彼女に食事を与え、彼女の望みを口にする前に叶える……。その特権を、私は誰にも譲るつもりはない」
「さ、サイラス……貴様、正気か!? そんな置物のような女のために……!」
「置物? ああ、結構なことだ。ならば彼女は、私の城の最も美しい部屋で、一生私が磨き上げる最高の置物になってもらおう。……彼女を『道具』として使い潰そうとした君とは違う。私は、彼女という『存在』そのものを、私の魂の隣に固定しておきたいんだ」
サイラス様の手が、私の頬にそっと触れました。
その指先はわずかに震えていて、彼がいかに私を「自分のもの」にしたいと切望しているかが伝わってきました。
「ウィルフレッド殿下。君が彼女に触れようとしたその手……。次に同じことをすれば、我が国の騎士団が君の国を更地にするまで止まらないと覚悟しろ。……私は、彼女の安眠を妨げるものを、この世から一掃するためなら、悪魔にだってなってみせるよ」
「ひっ……! あ、ああ……」
ウィルフレッド様は、サイラス様の凄まじい殺気に圧され、とうとう腰を抜かして床に崩れ落ちました。
メルティ様も、そのあまりの恐怖に声も出せず、ただガタガタと震えています。
「……連れて行け。二度と、我が国の土を踏ませるな」
サイラス様の冷徹な命令で、二人はゴミのように会場から運び出されていきました。
嵐が去った後のような静寂の中で、サイラス様は再び私の隣に膝をつきました。
「……怖がらせてしまったかな、ナタリー」
先ほどまでの魔王のような表情はどこへやら、彼は不安そうに私の顔を覗き込んできました。
「……いえ。サイラス様。……ただ、今の演説を聞いて、少しだけ計算が狂いましたわ」
「計算……?」
「……サイラス様がそこまで私を『独占』したいとおっしゃるなら。……私は今後、自分で寝返りを打つことすら、貴方に許可を求めなければならなくなるのではありませんこと? ……それは、少しばかり……いえ、かなり、最高に楽な未来ですわね」
私はアイマスクを外し、彼に最高の「無能な笑み」を見せました。
「……ナタリー。君という人は、本当に……」
サイラス様は呆れたように、しかし愛おしくてたまらないというように私を抱きしめました。
「ああ、約束しよう。君の寝返りも、まばたきも、すべて私が管理してあげよう。君はただ、私の腕の中で、世界で一番幸せな『置物』になっていればいい」
「……採用です。……では早速。……あちらの寝室まで、揺れを最小限に抑えた『サイラス特急』での運搬をお願いできますか?」
「仰せのままに、私の愛しいお姫様」
私はサイラス様の首に腕を回し、完全に彼に全体重を預けました。
(……ふふ、独占欲。……それはつまり、他人に私を触らせないという、究極のセキュリティサービス。……あぁ、やっぱり私、この国に来て正解でしたわ)
嫉妬に狂う元婚約者の叫びよりも、私を運ぶ王子の心臓の鼓動の方が、今は何倍も心地よい子守唄に聞こえるのでした。
衛兵に引きずられていく間際、ウィルフレッド様が往生際悪く叫びました。
私は今、サイラス様に「特製のアイス枕」を後頭部に当ててもらい、脳内の熱量を冷却している最中でした。
「ウィルフレッド様……。お言葉ですが、今の私の脳内メモリは、貴方の罵声を受信するための空き容量を一切残しておりません。全セクター、次の昼寝の夢のプロットで埋まっておりますわ」
「夢のプロットだと!? ふざけるな! ナタリー、君はベルゼイン王国の公爵令嬢だ。私という主人がいなければ、君はただの歩くこともできない人形に過ぎないのだぞ!」
ウィルフレッド様が、必死の形相でこちらへ手を伸ばしました。
その瞬間、私の周囲の空気が、パキパキと音を立てて凍りつくような錯覚に陥りました。
サイラス様が、ゆっくりと立ち上がったのです。
「……ウィルフレッド殿下。君は先ほどから、大きな勘違いを繰り返しているようだね」
サイラス様の声は、低く、そして底冷えするような静かな怒りに満ちていました。
彼は私のソファの前に立ち、まるで外界から私を完全に遮断するように、その背中で私を覆い隠しました。
「ナタリーが『一人では何もできない』? ああ、その通りだ。彼女は自分のために歩くことも、食事を運ぶことも、ドレスを選ぶこともしない。……だが、それは彼女に能力がないからではない。彼女を『お世話する権利』を、周囲の人間が奪い合っているからだ」
「な、何を言っている……! そんな無能な女、誰が欲しがるものか!」
「私が欲しがるんだよ。世界中の誰よりもね」
サイラス様は一歩、ウィルフレッド様の方へ踏み出しました。
その瞳には、獲物を逃さない肉食獣のような、どろりと濃い独占欲が渦巻いています。
「いいか、よく聞け。ナタリーという至宝を動かしていいのは、この世界で私だけだ。彼女を運び、彼女に食事を与え、彼女の望みを口にする前に叶える……。その特権を、私は誰にも譲るつもりはない」
「さ、サイラス……貴様、正気か!? そんな置物のような女のために……!」
「置物? ああ、結構なことだ。ならば彼女は、私の城の最も美しい部屋で、一生私が磨き上げる最高の置物になってもらおう。……彼女を『道具』として使い潰そうとした君とは違う。私は、彼女という『存在』そのものを、私の魂の隣に固定しておきたいんだ」
サイラス様の手が、私の頬にそっと触れました。
その指先はわずかに震えていて、彼がいかに私を「自分のもの」にしたいと切望しているかが伝わってきました。
「ウィルフレッド殿下。君が彼女に触れようとしたその手……。次に同じことをすれば、我が国の騎士団が君の国を更地にするまで止まらないと覚悟しろ。……私は、彼女の安眠を妨げるものを、この世から一掃するためなら、悪魔にだってなってみせるよ」
「ひっ……! あ、ああ……」
ウィルフレッド様は、サイラス様の凄まじい殺気に圧され、とうとう腰を抜かして床に崩れ落ちました。
メルティ様も、そのあまりの恐怖に声も出せず、ただガタガタと震えています。
「……連れて行け。二度と、我が国の土を踏ませるな」
サイラス様の冷徹な命令で、二人はゴミのように会場から運び出されていきました。
嵐が去った後のような静寂の中で、サイラス様は再び私の隣に膝をつきました。
「……怖がらせてしまったかな、ナタリー」
先ほどまでの魔王のような表情はどこへやら、彼は不安そうに私の顔を覗き込んできました。
「……いえ。サイラス様。……ただ、今の演説を聞いて、少しだけ計算が狂いましたわ」
「計算……?」
「……サイラス様がそこまで私を『独占』したいとおっしゃるなら。……私は今後、自分で寝返りを打つことすら、貴方に許可を求めなければならなくなるのではありませんこと? ……それは、少しばかり……いえ、かなり、最高に楽な未来ですわね」
私はアイマスクを外し、彼に最高の「無能な笑み」を見せました。
「……ナタリー。君という人は、本当に……」
サイラス様は呆れたように、しかし愛おしくてたまらないというように私を抱きしめました。
「ああ、約束しよう。君の寝返りも、まばたきも、すべて私が管理してあげよう。君はただ、私の腕の中で、世界で一番幸せな『置物』になっていればいい」
「……採用です。……では早速。……あちらの寝室まで、揺れを最小限に抑えた『サイラス特急』での運搬をお願いできますか?」
「仰せのままに、私の愛しいお姫様」
私はサイラス様の首に腕を回し、完全に彼に全体重を預けました。
(……ふふ、独占欲。……それはつまり、他人に私を触らせないという、究極のセキュリティサービス。……あぁ、やっぱり私、この国に来て正解でしたわ)
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