夏至祭の時空の彼方

有嶺哲史

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第二章  インテルメディオの風来坊

中間界の女の体

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 話はフリアーナの視線のことに戻った。ミーヤは

「フリアーナ様が修行したニルミータというのは禁断の視線の世界。そこの性行為というのが、男女が見つめ合うだけなの。あなたがそのまま見続けていたらニルミータなら彼女と性行為をしたことになったのよ。フリアーナ様は視線を使ってここの男を誑かし、意のままに操ることが出来るそうなのであなたも既に支配されているかもしれない」

「ニルミータって面倒な所だなあ。じゃあ、ここ中間界の性行為はどんなものなの?」

「ここは昔ニルマーナラティと呼ばれた世界で、男女が向かい合って互いに笑うだけで性行為は終わると聞くわ。だから一瞬であっけなく終わる。しかもすぐ子供が出来て膝の上に乗っている。生まれた時既に九才に成長しているので授乳もしないのよ。子を生むのは簡単だけど母となるとき女は一瞬でげっそり老けるとかいうわ。私自身は体験が無い。あまりに簡単なのでうっかりするとバンバン子供が増えて女はすぐに骨と皮だけになる。だから私は笑わない、と言ったのよ。無愛想のつもりは無いのよ」

ここでは冗談を言って一緒に笑うたびに子供がバンバンできてしまうらしい。
しかし多少は回避できるテクニックもある。
サッと視線をずらすとか笑いを吸い込むとか少し遅れて笑うとか距離をとりながら笑うとか。
幼さの残っているミーヤはわりと無意識にほほ笑む。
しかし紳士はいつもムスッとしているべきだが笑わないのも苦しい。
その代わりとして、じろじろ見て笑いをこらえていても怒らない習慣が出来たという。
その習慣があるのでミーヤでもどこをじっと見られても平気だった。
中間界の女は股間や胸を生殖行為に使わない、すなわち性的な意味が無いのでそこを見られることは全く恥ずかしくないことだという。
女護衛官の制服が尻丸出しで平気な理由はこれだった。
ここの生殖方法に合わせて体も心も進化したらしい。

 少し後、慣れてかなり親しくなって何でも言えるようになってきた頃だった。
おれは現世界のことや技術をミーヤに話していた。
話が人体の構造の違いになった時、最初の頃聞いた話にずっと疑問があった。
あんな方法で遺伝子が伝わるのか。

「見つめ合うだけ、微笑み合うだけという性行為の話はみな伝聞だろう?」

「ええ、そういえばすべて伝聞よね。遺伝子が伝わらない? そうね。すると……ただの伝説だったのかしら」

「他にも方法が有るんじゃあないの?」

「じゃあ、私とあなたで実験してみましょうよ」

「え?」

以前からなんとなく思っていたが彼女がここまであっけらかんとしていることは、この世界に来てから二度目の驚愕だった。
ミーヤはあどけない表情で現世界の性行為のやり方を教えて、と言った。
おれは恥ずかしがりながら黒板に人体断面図を描いて説明した。
描画が進むにつれて彼女は眼を爛々と輝かせてきた。
やにわにテーブルにあおむけに寝て

「ねえ、現世界の女と違うかなあ」

仰天して尻込みするおれに彼女は真面目に言った。

「大丈夫。私はちっとも恥ずかしくない。やってよ」

彼女は眼を閉じてたおやかに横たわった。
下半身を露出すると彼女は足を閉じていた。
ここの人々の股は前後にはよく開くが左右にはそれほど開かない。
剣を構えたときも我々と違って足を前後に開く。
さらによく見ようとすると、おや? 意外なことにおれの男としての欲情をそそらない。
子どもの体のような感じがした。
普通の排泄孔はあるが生殖用の孔はどこにも無い。
ミーヤに聞けば他には何もないという。
それどころか臍も無い。
乳房は大きいくせにその頂上には何も部品が無くてつるんとした饅頭のようだった。
やっぱりここは地球ではない。
ひょっとしてこの世界はカエルの世界か。
ところが

「あら、私どうしたのかしら。あなたに見られていると思うと心も体も熱くなってくる。あついわあ。体の中で何かがもぞもぞして飛び出てきそう。きもちいいわあ。こんな変な気分は初めてよ」

意外にもミーヤは興奮して顔を赤くし息を弾ませてきた。
まさかこれが性的興奮? 


 この世界では性愛の行為が簡単なのでうっかり子どもが出来過ぎないよう、快楽や欲望が淡いものになっているらしい。
現世界では性行為が強烈な快感をもたらし歴史を変えるほど人の行動を支配すると聞いて彼女はしばらく考えていた。
そして

「そちらの性行為をしてみて。私、どうなるのかしら。現世界ではものすごく気持ちいいんでしょ?」

「ミーヤのおなかは蛙のおなかだね。おれはどうすることも出来ないよ」

「あれそうなの。あなたに背負われて帰る時に体が密着したまま揺られていると、気分が落ち着いてとっても気持ち良くなって、だから……」

それを聞いて再び彼女をおぶって歩き回ってやった。
幼い時の親を想い出したミーヤは泣いた。

こんなことをしたミーヤは単にあっけらかんとしていたのではなかった。
本人も意識しない心の奥である決意が出来上がりつつあった。
おれがそれに気づいたのは遥か後だった。

体はこんなに違うが現世界人と中間界人は混血できるのだろうか。
謎だった。

 信じがたいことに、ここの男の陰部は女と同じ構造だとミーヤは言った。
なるほど彼らはあまり男らしく感じないし、女より小柄な者が多い。
女護衛官に到底勝てない。
いろいろ知ってくるにつけ、見合って笑うだけという伝説の方法は本当だと思わざるを得なくなった。
ここの男たちは女体にあまり興味を持たないそうで、当然痴漢もいない。
男と女は対面したとき無表情になるが、同性同士はよく微笑みを交わしている。
ただし地球人と同じような性的好奇心と嗜好を持つ男もたまにいて、ここでは変態と言われる。


 謹厳な護衛官マリサは普段から独りぼっちでいる。
美人であることは確かで、鼻や唇や眉毛は細くのびやかで目は青く大きくて潤いがある。
兜をかぶっているので髪の色はよくわからない。
顔も尻もゲルマン女のように白い。
背が高く手足がスマートだ。
半分露出した尻と太ももにはよく発達した現世界の女に似た性的色気をおれは感じた。
もちろん本人は知らない。
厳しくしつけられたのか何か思う所が有ったのか、仕事に忠実なあまり直立不動で無表情、前方だけを見ているのでスフィンクスのようだ。
支配者フリアーナより年長で、おれと同年齢に見える。
マリサの両親も既に亡くなり年の離れた妹と二人暮らしだ。
姉マリサは一人で頑張ってきたせいか、流行を追う軽薄さに馴染めない。
謹厳実直で努力勉強を好み、そのまま行かず後家になりそうだ。
公爵、ミーヤと並ぶとマリサが最も知的だ。
その妹は姉以上に無愛想で難物らしい。
不機嫌そうにすることを好む。
こんな娘と結婚する男はどんな男だろう。
その妹を見てしまったら姉のマリサとも結婚しようと思う男がいないのは解る。
どうやら姉のマリサでも手こずる時があるらしい。
マリサに始めから無視されていたおれの方も彼女に興味を持っていなかった。

 対照的にミーヤは愛想が良くて人を疑わない。
二人とも処女(男と微笑み合ったことが無い)で、剣の腕は公国有数。
年一回の公式トーナメント大会ではしばしば準決勝に勝ち残るとのこと。
小柄だがミーヤも強いのだ。
あるとき練習試合でマリサと対決してみた。
地球にいたときより身軽だったので自信があった。
しかし剣を打ち合った瞬間、マリサの鋭い返し技をかろうじて防いだ。
そのあと睨み合ったが結局引き分けた。
男の挑戦者は今まで一人残らずコテンパンに叩きのめしていたマリサは、負けたのではないのに落胆していた。

 初めてマリサに挨拶した時おれは吟遊詩人気取りで言った。

「ラ セニョリータ エンセナーダにはご機嫌麗しゅう……」

これに意外にもマリサが顔を赤らめ落ち着きを失った。
殆どの男はわざとベスーゴ(鯛)と呼び捨てて彼女がふくれるのを見て面白がる。
マリサの堅苦しさは男たちによくからかわれていた。
おれはこのストイックすぎる女騎士の行く末が少し気がかりだった。
そんなとき初夏の青天の日、暇だったので陽気に誘われて人里離れた森の中に入っていった。
途中で道は途切れ深い茂みに入っていた。
考えていた時何かが蠢いているのに気づいたので隠れてそっと近づいて様子を見た。
そこに蠢いていたのはマリサだったがその行為に愕然とした。
彼女にも人知れぬ悩みのようなものがあるのだろう、おれは同情しながら見ていた。
彼女は顔を上に向け眼を閉じて何かに集中していた。
その身体はリズミカルに上下に動き……彼女は何かの植物を利用して秘密の快楽世界に浸っていた。
若い女である彼女も当然性欲は我慢しきれないが、快楽の中心部位は普通のこの世界の女と違っていた。
男が近寄らない孤独な彼女の疼きを慰めていた植物は、皮を剥すとぬるっとした棒状だった。
現世界でも同じことをする女がいるらしいので、ひょっとすると彼女は現世界の血を濃く引いているのではないか。
護衛官マリサの謹厳な勤務ぶりを支えていたのはこれだった。
マリサにわからないようにそっと抜け出したつもりだったが後日物陰からそっと声を掛けられた。
言われて同じ物陰に入ったら狭すぎて体が密着してしまった。
ここを選んだのはマリサだから仕方がない。
男の体を直接感じるマリサは言った。

「見たでしょ」

「藪から棒に何を?」

「それを私の口から言わせるの?」

「え? 何だったかな。この間の藪の中のこと?」

なぜかハアハア興奮して来たマリサはやっとのことで言った。

「ここインテルメディオの女は男に秘密を見られたら、その秘密を守るため絶対その男の嫁にならなければならないの。それじゃ私は困るでしょっ! でもあなたは異界人だから関係ない。あなたは見ていない、私はやっていない、すべて無かったことにしてっ!」

マリサの出まかせのような気がしたが

「いいよ。ただし中に植物が折れ残ると取り出せなくなって血流が滞り、内臓が壊死して命の危険があると聞く」

「え? ふーん、そうなの……ねえ、どいてくださらない? どいてよう」

マリサは密着したとき、おれの下半身に起こった変化に気付いたはずだ。
その意味はまだ知らないだろう。
そのころからマリサは自分の体が現世界に関係があると直感し、図書館で調べはじめた
それで現世界の人間であるおれによく質問してくるようになった。
目をパチパチさせて

「あのっ、現世界では……」

こういうときのマリサは几帳面な勉強家のお姉さんが何かに目覚めながらそのことを自分では否認しているような感じがあって面白かった。
藪のことを隠している以外、彼女は運動神経抜群の謹厳な淑女だ。
話し合っているとき以外はやっぱり無愛想だった。
他の男たちは強すぎる女丈夫のマリサに近寄らない。
以降マリサとおれが話しているのを人々が見ることが多くなり、次第におれもここの人々に馴染んで行った。
中間界とはムンド インテルメディオというべきだがインテルメディオ単独で正式名称にしたそうだ。
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