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第3話 フローラ王女
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ついに第一王子がやって来る!
辺境の地のマスケローニ伯爵邸は大騒ぎだった。次期国王の目に留まれば、あわよくば王妃になれるのではないかと、私たち三姉妹は大はしゃぎしていた。
待ちわびた馬車が到着した。屋敷の玄関前に降りたのはドレス姿の女の子だった。歳の頃は15ぐらい。
「えっ、どういうことなの。王子様はどこよ?」
長女のロザリンダはぽかーんと口を開けた。
次女のアンジェラは舌打ちをした。
先に馬車を降りた髭面(ひげづら)の男は父のマスケローニ伯爵に挨拶した。
「お初にお目にかかります。私はフローラ王女の従者デロッシ・ヴァスコと申します。今回の視察はリベリオ第一王子が急病のため急遽フローラ王女様が行うことになりました。なれぬ行事ゆえご迷惑をかけるやも知れませぬが、どうかご容赦ください」
「何をおっしゃいますか。この辺境の地にフローラ王女様を迎えてこれほど喜ばしいことはありません。フローラ王女様、滞在中はわが家と思ってくつろいでください」
「マスケローニ伯爵のお気遣い感謝いたします」
フローラ王女は右手を差し出した。父マスケローニ伯爵は膝をついて手の甲にキスをした。
素直そうないい子じゃない?私はこの赤毛の少女を気に入った。
私は父とフローラ王女の従者とのやり取りを聞いて、このふたりは馬が合うなと思った。
ふと視線を感じた。目の前のフローラ王女が私をじっと見ていた。透き通るような青い瞳だ。
私は笑みを浮かべた。するとフローラ王女は顔をそむけた。照れてる?
私が3つ年上のお姉さんだからかな。ともかくフローラ王女様には愛想よくしなくちゃ。
私は姉ふたりのような器量よしではない平凡な顔立ちの娘だけど、そこは勘弁してね。
姉たちが第一王子の話題で盛り上がっていた時も私は蚊帳の外だった。
姉たちは20歳と22歳で結婚適齢期だけに独身の第一王子に興味津々なの。
父が私たち三姉妹を紹介した。フローラ王女は私たち姉妹の顔をまっすぐ見据えて握手をした。
「フローラ様、このうち誰か1人をそばに置いてはいかがでしょうか。視察前の地域の特性をお話できると思います」
「結構なお考えですね」
いきなりフローラ王女が私の顔を見た。
「それではエレナさんにお願いします」
「はい」
私は思わず返事をした。
従者たちが馬車から荷物を屋敷の2階に運んだ。2階奥の客間はわが家で一番豪華な部屋だ。
少数の従者たちと滞在することになった。
「ねぇ、ちょっとおかしいと思わない」
長女のロザリンダが言った。
「王女様の取り巻きはもっと凄い人数だと思ってたけど、これじゃ寂しいわね」
「急遽出かけることになったので最小人数に抑えました。それと、町や村をできるだけ穏便に視察するにはちょうどよい人数かと」
ロザリンダが振り返った。
髭面の従者ヴァスコが2階の階段を降りてきた。立ち居振る舞いは完璧だった。おそらくただの従者ではない。貴族出身者だろう。
「びっくりさせないで」
「これは失礼、エレナさんをお迎えに来ました」
渋い声だ。
ドキッ、ドキッ!
あっ、私の胸の鼓動が高鳴った。こんなこと初めてだ。戸惑った。
「はい。行きまぁ~す」
私の言葉が少し上ずった。しまった。緊張するといつも変な声になる。
そのことに目ざとい姉たちが気づいた。
「あーら、エレナったら色気づいちゃって」
「ほんと、やーね」
私は顔が真っ赤になった。
図星だった。私はフローラ王女の従者に一目惚れした。
ヴァスコの顔立ちは整っていた。口周りと頬の髭は男らしく感じた。
なんだか、懐かしい感じもした。理由はわからないけど、胸のときめきが止まらない。
「王女様、エレナです。なんなりとお申し付けください」
「王女と呼ばないで。フローラと呼んでください。臨時の接待係として働いてもらいます。よろしいですか?」
「はい」
「エレナさんは本は好きですか?」
「私は学術的な本には興味はありませんので、もっぱら恋愛小説を愛読しております」
「そうですか。よかったらおすすめの恋愛小説を貸してください」
私は書庫に入って本棚に目をやった。郷土史、神学書、医学書などの棚の奥に私たち三姉妹の本の棚があった。
焦った。内容のきわどい恋愛小説が多数あった。これは姉のロザリンダの持ち物だ。さすがに15歳の王女様には読ませられない。
ということであれこれ探したら、私の好きな小説があった。貴族の青年と村の娘の身分違いの恋の物語だ。タイトルは『葡萄畑の恋人たち』これにするか。
「ありがとう。読んでみます」
フローラ王女が本を手に取った。口元がほころんだ。
「酷いわ。王女様ったら私のドレッサーからお気に入りのドレスを物色して持って帰ったのよ!」
次女のアンジェラは憤慨した。何でも急遽の旅路で、持って来たドレスが足りなくなったのを伝え聞いた父マスケローニ伯爵が
「娘のもので良ければお使いください」
と提案したという。そして侍女たちがごっそり持って行った。
「嫌よ、嫌! 私のお気に入りを貸すなんて嫌よ」
べそをかいたアンジェラに長女のロザリンダが言った。
「ドレスなんていくらでも貸せばいいのよ。これはチャンスなの」
「チャンス?」
「王女様に気に入られたら女官に抜擢されるかもしれないわ。そうしたらこんな辺境の地ではなく王都で暮らせるのよ。その為に媚びを売りなさい」
その言葉にアンジェラはハッとした顔をした。それまで泣きじゃくっていた顔がニンマリと笑顔に変わった。
「王都で女官になったら有力貴族と知り合いになれるわね。玉の輿に乗れるかしら」
やれやれと思った。
王族の側近の女官は王都の名門貴族から選抜されるものよ。こんな辺鄙な地の下級貴族の娘がなれるとは思えない。
そりゃ、よほど気に入られたら別だけどそんな夢のようなことは起こらないと思う。私たちは夢を見てはいけないのよ。
──2日後、
「ありがとう、とても面白かったわ」
フローラ王女様は私が選んだ本を返してくれた。気に入ってもらってほっとした。
「葡萄畑で出会った二人はとても素敵でした。でも、愛する二人にはあんな試練が起こるとは……」
「恋はさまざまな困難がつきものです。それを乗り越えてこそほんとの“愛”だと思います」
「私は楽な恋愛がいいなー。でもそれだとほんとの恋はできないかしら?」
王女様は恋に恋する年頃の乙女だわ。相手を想うのも想われるのも大変なんだけど……フローラ王女に冷水を浴びせるわけにはいかない。
「フローラ様ならきっと素敵な恋を掴めると思います」
フローラ王女が笑った。
あーあ、歯の浮くようなお世辞を言ってしまった。まるで腹黒い貴族じゃない。一応貴族だけどさ。
でも、第一王子は来なかったけど、運命の人と出会えたかもしれない。私の人生を白黒つける。そんな直感に身震いした。
辺境の地のマスケローニ伯爵邸は大騒ぎだった。次期国王の目に留まれば、あわよくば王妃になれるのではないかと、私たち三姉妹は大はしゃぎしていた。
待ちわびた馬車が到着した。屋敷の玄関前に降りたのはドレス姿の女の子だった。歳の頃は15ぐらい。
「えっ、どういうことなの。王子様はどこよ?」
長女のロザリンダはぽかーんと口を開けた。
次女のアンジェラは舌打ちをした。
先に馬車を降りた髭面(ひげづら)の男は父のマスケローニ伯爵に挨拶した。
「お初にお目にかかります。私はフローラ王女の従者デロッシ・ヴァスコと申します。今回の視察はリベリオ第一王子が急病のため急遽フローラ王女様が行うことになりました。なれぬ行事ゆえご迷惑をかけるやも知れませぬが、どうかご容赦ください」
「何をおっしゃいますか。この辺境の地にフローラ王女様を迎えてこれほど喜ばしいことはありません。フローラ王女様、滞在中はわが家と思ってくつろいでください」
「マスケローニ伯爵のお気遣い感謝いたします」
フローラ王女は右手を差し出した。父マスケローニ伯爵は膝をついて手の甲にキスをした。
素直そうないい子じゃない?私はこの赤毛の少女を気に入った。
私は父とフローラ王女の従者とのやり取りを聞いて、このふたりは馬が合うなと思った。
ふと視線を感じた。目の前のフローラ王女が私をじっと見ていた。透き通るような青い瞳だ。
私は笑みを浮かべた。するとフローラ王女は顔をそむけた。照れてる?
私が3つ年上のお姉さんだからかな。ともかくフローラ王女様には愛想よくしなくちゃ。
私は姉ふたりのような器量よしではない平凡な顔立ちの娘だけど、そこは勘弁してね。
姉たちが第一王子の話題で盛り上がっていた時も私は蚊帳の外だった。
姉たちは20歳と22歳で結婚適齢期だけに独身の第一王子に興味津々なの。
父が私たち三姉妹を紹介した。フローラ王女は私たち姉妹の顔をまっすぐ見据えて握手をした。
「フローラ様、このうち誰か1人をそばに置いてはいかがでしょうか。視察前の地域の特性をお話できると思います」
「結構なお考えですね」
いきなりフローラ王女が私の顔を見た。
「それではエレナさんにお願いします」
「はい」
私は思わず返事をした。
従者たちが馬車から荷物を屋敷の2階に運んだ。2階奥の客間はわが家で一番豪華な部屋だ。
少数の従者たちと滞在することになった。
「ねぇ、ちょっとおかしいと思わない」
長女のロザリンダが言った。
「王女様の取り巻きはもっと凄い人数だと思ってたけど、これじゃ寂しいわね」
「急遽出かけることになったので最小人数に抑えました。それと、町や村をできるだけ穏便に視察するにはちょうどよい人数かと」
ロザリンダが振り返った。
髭面の従者ヴァスコが2階の階段を降りてきた。立ち居振る舞いは完璧だった。おそらくただの従者ではない。貴族出身者だろう。
「びっくりさせないで」
「これは失礼、エレナさんをお迎えに来ました」
渋い声だ。
ドキッ、ドキッ!
あっ、私の胸の鼓動が高鳴った。こんなこと初めてだ。戸惑った。
「はい。行きまぁ~す」
私の言葉が少し上ずった。しまった。緊張するといつも変な声になる。
そのことに目ざとい姉たちが気づいた。
「あーら、エレナったら色気づいちゃって」
「ほんと、やーね」
私は顔が真っ赤になった。
図星だった。私はフローラ王女の従者に一目惚れした。
ヴァスコの顔立ちは整っていた。口周りと頬の髭は男らしく感じた。
なんだか、懐かしい感じもした。理由はわからないけど、胸のときめきが止まらない。
「王女様、エレナです。なんなりとお申し付けください」
「王女と呼ばないで。フローラと呼んでください。臨時の接待係として働いてもらいます。よろしいですか?」
「はい」
「エレナさんは本は好きですか?」
「私は学術的な本には興味はありませんので、もっぱら恋愛小説を愛読しております」
「そうですか。よかったらおすすめの恋愛小説を貸してください」
私は書庫に入って本棚に目をやった。郷土史、神学書、医学書などの棚の奥に私たち三姉妹の本の棚があった。
焦った。内容のきわどい恋愛小説が多数あった。これは姉のロザリンダの持ち物だ。さすがに15歳の王女様には読ませられない。
ということであれこれ探したら、私の好きな小説があった。貴族の青年と村の娘の身分違いの恋の物語だ。タイトルは『葡萄畑の恋人たち』これにするか。
「ありがとう。読んでみます」
フローラ王女が本を手に取った。口元がほころんだ。
「酷いわ。王女様ったら私のドレッサーからお気に入りのドレスを物色して持って帰ったのよ!」
次女のアンジェラは憤慨した。何でも急遽の旅路で、持って来たドレスが足りなくなったのを伝え聞いた父マスケローニ伯爵が
「娘のもので良ければお使いください」
と提案したという。そして侍女たちがごっそり持って行った。
「嫌よ、嫌! 私のお気に入りを貸すなんて嫌よ」
べそをかいたアンジェラに長女のロザリンダが言った。
「ドレスなんていくらでも貸せばいいのよ。これはチャンスなの」
「チャンス?」
「王女様に気に入られたら女官に抜擢されるかもしれないわ。そうしたらこんな辺境の地ではなく王都で暮らせるのよ。その為に媚びを売りなさい」
その言葉にアンジェラはハッとした顔をした。それまで泣きじゃくっていた顔がニンマリと笑顔に変わった。
「王都で女官になったら有力貴族と知り合いになれるわね。玉の輿に乗れるかしら」
やれやれと思った。
王族の側近の女官は王都の名門貴族から選抜されるものよ。こんな辺鄙な地の下級貴族の娘がなれるとは思えない。
そりゃ、よほど気に入られたら別だけどそんな夢のようなことは起こらないと思う。私たちは夢を見てはいけないのよ。
──2日後、
「ありがとう、とても面白かったわ」
フローラ王女様は私が選んだ本を返してくれた。気に入ってもらってほっとした。
「葡萄畑で出会った二人はとても素敵でした。でも、愛する二人にはあんな試練が起こるとは……」
「恋はさまざまな困難がつきものです。それを乗り越えてこそほんとの“愛”だと思います」
「私は楽な恋愛がいいなー。でもそれだとほんとの恋はできないかしら?」
王女様は恋に恋する年頃の乙女だわ。相手を想うのも想われるのも大変なんだけど……フローラ王女に冷水を浴びせるわけにはいかない。
「フローラ様ならきっと素敵な恋を掴めると思います」
フローラ王女が笑った。
あーあ、歯の浮くようなお世辞を言ってしまった。まるで腹黒い貴族じゃない。一応貴族だけどさ。
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