この異世界は理不尽で残酷で儚く、そして竜を狩り、国を護り、獣が吠えた。

白井伊詩

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竜ノ3話「リベンジマッチは近い日に」

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 イシュバルデ王国は食料自給率が十四割(百四十パーセント)らしく、割合どこでもそれなりに食物が流通している。

 昨晩は干し肉とパンだけだったが本当に急ごしらえだったらしく、今朝は焼き立てのパンに蜂蜜と溶かしたバターをたっぷりかけたもの、干し肉と野菜を入れたスープ、ザワークラウトのような酸味の利いた葉物の漬物、燻製の香り高いベーコンがいい具合の焦げ目に仕上がっていた。以上の品々が食卓に並んだ。

 食事を届けに来たのは村人のおばさんは「昨日もらった金ならこのくらいの食事でも足らないくらいだよ」と言っていたがジークはこの世界の紙幣価値を把握してないしアルスマグナに関してはそもそも人間ではない。おそらくかなりいい額を支払ったのだろう。

 元々、この当たりの人間から奪った金をこの村に還元するのだからマイナスがゼロになっただけとジークは割り切った。

 食事を届けたおばさんにジークは「今日の昼頃には旅立つから日持ちのする食べ物とナイフ、あとアルスマグナと俺が着る服を二着、それとリュックを用意してほしい」と伝え、盗賊から剥ぎ取った銀貨を渡した。銀貨を受け取るとおばさんは「これじゃおつりが出るよ」と言い、ジークの持つ銅貨五枚と交換した。

 おばさんを見送るとジークは既に食事を待機しているアルスマグナ正面に座り、両手を合わせる。

「いただきます」

 アルスマグナは奇異な目でジークを見た後、動きに合わせるように両手を合わせた。

「あー、これは故郷の風習で食べ物に感謝を捧げる儀礼だ」
「正当な対価を支払っているのに関わらず?」
「たしかに対価は払っているが……なんつうか……飯を作った人、食い物を育てた人、そして食われる命はかけがえのないものだということを忘れるなってことだ」
「変わった風習なのですね」

 ジークは、これがカルチャーギャップか……と思いながら蜂蜜とバターがたっぷりついたパンを口に入れる。

 パンを一口噛む。じんわりとバターと蜂蜜が染み出し、口に花の香りが立ち込める。咀嚼すると小麦の香り、乳脂肪の香りが鼻腔を躍らせた。ベーコンをフォークで刺し口に入れると厚切りにも関わらず表面はカリッとしており、噛むと燻製のスモーキーな風味が眠気を攻撃する。塩加減は少しきついが甘いパンと対称的で味のバランスが良い。漬物は酸味とさわやかな香りがベーコンのこってりとした脂を洗い流すような味わいだ。ジークはご機嫌な朝食だった。ジークはスープを飲みながら一息つくとこのまま二度寝したい気分になった。

「このお肉、変わった味ですね」

 アルスマグナはベーコンを奇怪な表情で眺める。

「ベーコンだな、塩漬けした肉に煙で燻したものだな、生よりも保存性が高くなり味もよくなる」

「なるほど、人間の食事は興味深いものですね……」

 感心しながらアルスマグナは食事を取る。

「……なんていうかあれだな」

「どうしなさいました?」
「アルスマグナは表情が変わらないな、と思って」
「そうでしょうか?」

 ジークはアルスマグナの行動を見ながら話をした。

「なんて言ったらいいんだろうか、語弊があったら申し訳ないが、なんていうか感情がないっていうか、ロボット……機械みたいだな」

 ジークは内心でアルスマグナのことを感情がないような気がしていた。今まで表情があまり動かないというより“今までの記憶から自分はこんな感じで言動を取るだろうというディープラーニングの結果を示している”そんな感覚を覚えていた。


「ああ、わかりますか……」


 アルスマグナは静かにそう言い返した。

「私の分魂はそれぞれ私の特性を七つに分けたものです。『意思のロマネスク』『豊穣のアマルナ』『逆鱗のアンフォメル』『宝珠のマニリスム』『飛翼のバロック』『感情のルネサンス』『平穏のビサンティン』この七つです。私の身体、心、そして権能を分けたものです。私は現在『意思のロマネスク』の分魂しかないため記憶から感情を抜きにした損得だけで物事を判断している状態です」


「つまり今は本当に機械に近い状態なのか……」
「記憶が残っているため機械よりは感情に近い振る舞いができるとは思われます」

「なるほど。そういやさっき、逆鱗って言っていたが怒りではないのか?」

「物理的な体の一部ですね、首にある一枚だけある逆さまの鱗のことですね。あれは厳密には鱗ではなく、魔力をため込む体の器官ことです。一応言っておきますが勝手に触ると魔力の流れが変わりドラゴンにとってはかなり不快になるので、見つけてもむやみに触らないことをオススメします」

「なるほどな、気を付ける」

「逆鱗に触れてもいい相手は心を開いた相手と言えます。服従と言ってもいいでしょう、他にも意味がありますが、ジーク様には関係ないことだと思います。」

「そうか、ドラゴンも面白いな、生物として」

「左様ですか」

 アルスマグナが淡々と食事をしている様子をジークは眺めながら話を続ける。
 ここで話が途切れた。ジークはなんとか会話を続けるために話題を変える。

「ドラゴンはアルスマグナ以外にはどんなやつがいるんだ?」
「イシュバルデ王国に生息している竜なら私以外に何体かおります。噂がほとんどで実際に遭遇したのはファブニールというドラゴンですね。彼の主食は人間で私の縄張りにいる人間を求めて争いを挑んできました」
「勝ったのか?」

「ええ、無傷ではありませんでしたが、人間たちと協力し封印することが出来ました。ファブニールはドラゴンの中でも異常な再生能力を持っており、私だけでは手に負えませんでした。そこで封印という形で身動きを取れなくしました。封印と言っても魔法的なものではなく。隣の国であるエンゲラテンド商国にある山の火口に沈め、その後、山を破壊し火口を塞ぎ、上から人間が大勢で氷魔法をかけて山を凍らせて事なきを得たというだけのことです。以来ファブニールの鱗が溶岩に溶け込み、時々吹き出すマグマからは良質な鉄が取れるそうです」

「やっていることが壮大すぎるだろ」


「そうでしょうか?私がバラバラにされた時は、毒を盛られ、百万の人間たちが波状攻撃をしてきました」


「そっちもそっちで……」
「ジーク様は過去にどのような経歴お持ちでしょうか、たしか異世界にいたのですよね?」

 アルスマグナは咀嚼の合間に首を傾げた。

「俺か、そうだなぁ……よく覚えてねえな、呪いの影響かもな」

 ジークはロマネスクを倒すまで狂化の呪いをかけられていた。だが昔のことを覚えていないわけではなかった。単純にアルスマグナに言いたくないだけだった。

「そのうち、思い出したら教えてくださいね」

「……ああ、わかった」

 アルスマグナはフォークを置き食事を終らせた。

「……アルスマグナ、漬物が苦手なのか?」

「……………………」

 アルスマグナは沈黙を保った。


 食器を洗い、片付けが一通り終わった頃合いに朝食を運んできたおばさんはジークが頼んだ荷物を一式そろえて運んできた。
 荷物を確認し、革製の丈夫なリュックに収め、服を着替える。お節介なことに旅用の厚手のマントがご厚意か銀貨の余りで拵えたのか二着ついてきた。

アルスマグナも黒いドレスから女物の旅装束に着替える。ゆっくり準備を進めると、予定通り昼頃旅立ちとなった。

 旅路はまだ長い。ルネサンスまで概算であと九百キロほどある。

 村人に別れを告げると、一人と一頭は村を後にする。
 村を後にしてから二時間ほど経過した後、二股に分かれる道にぶつかった。

「どっちだろうか」
「右に行けばルネサンス、左に行けばアマルナですね。アマルナはかなり近いです」
「じゃあ、アマルナにするか」
「……そうですか」

 長い沈黙のあとアルスマグナは渋々首を横に振った。

「なにかあるのか?」

「はい、うまく説明ができないのですが、アマルナからは大きな力を感じます」

 ジークは少し考えたあと、答えを変えなかった。

「それなら先にアマルナを助けよう」

 ジーク達はアマルナのいる左の道へ足を向けた。

「わかりました……」

 アルスマグナは複雑な面持ちでジークの影を踏んだ。
 二十キロほど道を進むと、今度は崖の様に険しい山が苔のドレスを脱ぎ捨ててその荒々しい岩肌を露出させた。標高が百、二百メートルと増えていく。徐々に大気は凍るように冷たくなり始める。ここに来て厚手のマントが役に立った。

 しかし、ジークは疑問符が浮かんだ、ここまで急で高い山があの村からでも見えたはずだからだ。

「随分高いな」

「どうやらアマルナの魔力で山ごと気配を断っていたようです」

 白い息を吐きながら山を登る。湿った岩肌がつるつると滑りそうでジークは足元に注意を払う。この空気をジークは知っていた。富士山を登った時の記憶がよみがえる、ちょうど雲の中にいるときに近い感覚だ。つまりどんなに低くてもこの世界が地球と同じ大気や物理法則ならば、標高は二千メートルを超えることになる。遠くから雲の状態がわかればより詳しく標高を予測できる。

 もうひとつジークはわかっていたが驚くべきことがあった。それは自身の身体機能である。息が全く切れないどころか体調が良くなった気までする。準備運動が終わったあとの身体が温まったような状態だ。通常の人間をはるかに超えた身体能力である。アルスマグナも姿勢を崩すことなく淡々と山を登っている。さすがは竜とジークは内心で呟いた。

 雲を抜けると、晴れ晴れとした天気が顔をジークに降り注いだ。頂上は台地となっており、直径が大体百メートルの広い大地である。あまりにも平らな大地は人工的に手が加えられているようだとジークは感じた。

 ジークは頂上に立つと真正面を見つめた。黒い何かに縛らぐったりとしている。そこには竜が倒れていた。時より体が膨らむため生きていることが確認できた。竜は大きさが五十メートルを超える巨躯で、先ほどジークは台地の大きさを百メートルと見立てたが、実際はもっと大きいということを再認識させられた。

「あの体にまとわりついているやつか……」

 禍々しいそれは竜の身体にまとわりついているものと地面にコールタールのように溜まっていた。
 大太刀を左手に持つと右手を柄に手を掛ける。

「ジーク様、あそこに誰かいます」

 ジークは竜にもたれ掛かって座っている人のような何かを見つけた。

「……下がっていろ」

 アルスマグナは台地から姿を消し八合目辺りまで下山することをジークに伝えた。
 ジークは顔を険しくさせた。あの人型からは不穏な感覚がする。鞘を抜き捨てるとそっと三所隠しの構えを取る。ゆっくりと確実に構えを崩さずに人型に近づく。

 人型は何かを感じ取ったかのようにぬるりと立ち上がると、どろりとコールタールのような禍々しい液体を垂らしながらジークの方に歩み寄った。

 ゆらりとゆらりと体を揺らしながら人型はおぼつかない千鳥足でジークに近寄る。

「動くな、それ以上こちらに近寄れば斬る」

「――、――――」

 声なのかそれとも音なのかそれすら危うい何かがジークの耳に入った。人型はピタリと動きを止めると、足元から黒い鉄柱を取り出す。直径五センチ、長さ二メートルほどの鉄柱を引き抜いた。

「コイツッ!」

 ジークは上段に構えて、一気に人型を頭から兜割りを決める。

 人型は真っ二つになるはずだった。
 
 ジークの視界は鈍い衝撃と共にぐるぐるとひっくり返った。

 片膝を付き、酩酊からすぐに抜け出す。がしかし、黒い鉄柱は目と鼻の先という言葉が言い得て妙な有様だった。

 第二の衝撃と共に、ジークは五メートルほど跳ねた。吹飛ばされながら態勢を整える。

 人型は鉄柱を構えるがそれ以上の追撃は与えない。

「ナメやがってクソがぁ!」

 大太刀を振り上げて、全身全霊の一撃を人型にぶつける。怒りという感情に身を任せた一撃は蹴り足だけで大地を震わせる。

 人型は中段に構えていた鉄柱を後ろに引き寄せ地面に斜め四十五度の角度で地面に差し込む。そのまま体を自然に任せ背中から地面に倒れ込む。ジークは斜めに刺さった鉄柱を避けるために体を半身にする。

 ジークは人型が嗤ったのがわかった。人型は体を無理やり起こすと柄頭を右の手のひらで掴むと左手を鳩尾あたりに滑らせてその後は円運動と自然落下でジークを大地に叩きつける。ジーク自身の力が原因でその威力は何倍にも膨れ上がった。

「カハッ――」

 衝撃で肺にいた空気が圧力に耐えかねて飛びだしてきた。
 人型は圧倒的な強さだった。

「――――、――――、――――、―――――――」

 何かを話しかけたようだが、ジークは既に気絶していた。
 人型は大太刀を拾い上げると、少し離れたところに落ちている鞘を拾い上げ、しばらく大太刀を、じっくりと観察したあと刀身の手入れを始めた。それから手入れを終えた大太刀を納刀すると倒れているジークに括り付け引きずり台地から放り投げた。


 次にジークが目を覚ました時、大きな山が見えた。

「大丈夫ですか、どこか痛みませんか?」

 状況を説明するとアルスマグナが膝枕をしていた。ジークの目の前には大きく膨らんだ胸だった。
 傷心のジークはこんな状況でもラッキーと思えてしまう自分に若干の諦めを覚えた。
 ジークの身体は不思議と無傷で、どこかが痛むようなこともなかった。

「派手に負けたようですね」

 アルスマグナ言葉が心に突き刺さった。

「この世界で俺は……弱いのか……?」

 アルスマグナは首を横に振った。

「あの人型が強すぎるだけです。おそらくジーク様にも手加減をしたと思われます」

「舐められたもんだな……」

「どちらかと言うと、試していたような気がします。これに気を落とさず、ルネサンスに挑みましょう」

 アルスマグナはジークを慰めた。ジークは不機嫌に頷いた。

「最後の一撃あれは完全に柔術か合気の類だ。あの野郎、バーサーカーみたいな身なりして意外と堅実に武術を使ってきやがった」


「武術?」


「あー、要は人が人を殺すことに特化した技術のことだな」
「なるほど、力ではなく技術ですか」
「達人になると拳で岩を砕くこともできらしい」
「それがあの人型の力……」

 ジークは起き上がり、大太刀を手元に寄せると、刀身の状態をチェックする。

「んなっ!」

 つい変な声をジークは上げた。

「どうなさいましたか?」

「刀が綺麗に研ぎあげられていた……」

 人型の行動が増々理解できなくなったジーク達であった。
 わけがわからないままその日はここで野宿をした。

「とりあえず、ルネサンスのところに向かうか」

 翌朝、荷物をまとめ、先ほど二股の道に戻ると今度は右に向かった。

「あっ――」

 二股の道を過ぎ、大分経ってからアルスマグナは声を漏らした。

「どうした?」

「よく考えてみたら、昨日の人型はジーク様よりお強いのですから、竜狩りをあの人型にもお頼みすればよかったなと」

 ジークは神妙な面持ちになってから、深呼吸を一回した。

「よし、次あのクソ野郎をやり合う時は絶対ぶっ殺す」

 ジークは苛立ち、敗北感、そして闘争心のミックスジュースを飲み込むと。大太刀を強く握りしめて心に誓いを立てた。

「そんなにムキにならなくてもジーク様もお強いですよ、二番目ですが……」

 火に油を注いだような炎を吐くドラゴンはどうやら人の心がわからないらしい。


「ぶっ殺す!」

 気合も新たにジーク達はルネサンスのところへ向かった。
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