あるクリスマスの話

なきいち

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あるクリスマスの話

4 信慈の想い

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クリスマスらしからぬ夕食を終えて。
優太は皿に乗ったイチゴのショートケーキを睨みつけながらじっと固まっていた。
「……」
「無理して食べない方がいいぞ?」
「一日経ったらイチゴが萎れちゃう」
そんなに早く駄目にはならんだろう、と言わなくていいツッコミは胸の内に留めて、
「無理して食べるより、美味しく食べられるときに食べたほうが良くないか?」
「……そうかも」
「ちゃんとラップして冷蔵庫入れておくから」
「……わかった」
カレーライスだけですっかりお腹が膨れてしまい、楽しみにしていたデザートが入る余裕がなくなってしまった優太は、冷蔵庫にしまわれていくケーキを名残惜しそうに見送った。
好意でトッピングした唐揚げが追い打ちになってしまったかなと少し申し訳なくなりつつ、他のケーキも箱ごと冷蔵庫にしまう。
顔に似合わず甘い物好きな信慈だが、満腹の子供の前で見せびらかすように一人で食べるほど大人げなくはない。
これは明日、二人で一緒に食べることにしよう。
食べ終わった食器も片付けて、すぐに洗うかしばらく水につけて放置しようか考えていると、ゾワリと背中の毛が逆立った。
気取られないよう平常心を装いながら、ゆっくりと振り返る。
そこには、狼の大きな尻尾を手櫛で梳く子供の姿。
「優太」
「にひひ」
感情を抑えた低い声には、含みのある笑顔が返って来た。
「にーちゃん、敏感だねぇ」
小さな手でゆっくりと手櫛を通され、思わず喉から出そうになった声を何とか呑み込む。
どうにも昔から、信慈は尻尾を触られるのが苦手だった。
人一倍敏感というか、触られると背筋がぞわぞわして、腰の奥がきゅっとなる感覚に襲われる。
(優太はわかってないんだろうが)
隙を見せるとすかさずじゃれついてくる子供に、信慈のポーカーフェイスも慣れたものだ。
だが、それも長くは持たない。
その上、
「ねえ、今日こそいいでしょ?」
「……」
(ウゥ……)
どさくさに紛れて繰り返される、いつものお誘い。
上目遣いに見つめる愛らしい少年の顔と、敏感な場所を撫でていく小さな指先の感触に、必死に口をつぐむ。
第二次成長期、それはつまり、男子が一番性欲に振り回される年頃。
何から知識を得たのか、優太は事あるごとに体を触れ合わせてきては、こうして信慈を誘惑する。
うっかり腰が抜けて頷きそうになるのをぐっと両足で踏ん張り、乱暴に尻尾を振りほどくと、
「……洗い物があるから後でな」
声を低くして、不機嫌そうにぼそりと答えた。
また空振りか、と、優太は肩を落としてコタツへ戻っていく。
盛りのついた雄犬が大人しく引き下がってくれたのを見て、信慈は気づかれないようにほっと息をついた。
親公認で遊びに来るようになってしばらくして、『恋人ができた時のためにキスの練習をしたい』という言葉から始まった優太の"お誘い"は、日に日にエスカレートしている。
先日には、とうとうキスの実践までやってしまった。
そこで諦めてくれるはずもなく、その後も優太はこうして信慈との肉体関係を迫りに来る。
だが、一時の衝動で取り返しのつかない傷を負わせるなど、あってはならないことだ。
特に、あのくらいの年頃は性欲ばかりが先行して踏み込み過ぎてしまったりする。
その先に残るのは、互いに傷つく苦い思い出だけ。
自分の経験から、信慈は優太にはそんな思いはさせまいと心に決めていた。
(今日は、ちゃんと言わねぇとな……)
腕の毛が濡れないように防水の手袋をはめ、シンクに水を流しながら、信慈は心の中で気持ちを固める。
今日こそは先延ばしではなく、自分なりの答えを彼に告げなければと。

昔から、信慈はモテた。
整った容姿に恵まれた体格、狼の血が彼に与えた天賦の才とでも言おうか。
しかしながら、信慈は言い寄ってくるどんな女子にも興味を持つことができなかった。
それなのに強く言い寄られると断れなくて、付き合った数は片手では足りない。
その恋路は決まっていつも、恋人になったのに微塵も態度の変わらない信慈に愛想を尽かした相手が離れて行き終わる。
そんな恋愛を繰り返した。
悪いことをしたなという自覚はあった。
それでも、どうしても女性相手に特別な感情を持つことができなかったのだ。
初めて体の関係に至った相手は、仲の良かったクラスの男子だったか、それとも、母校の体育教師だったか。
相手が男ならばと始めてみた関係もやはり、同じように長く続くことはなかった。
結局は体目的に身を寄せ合っただけの繋がりでしかなかったのだ。
「ふう……」
もう一つため息をつく頃には、洗い物は終わっていた。
振り返れば酷い恋ばかり積み重ねてきた過去に飲まれそうで、また癖で天井を見上げる。
やっと気づいたのだ。
今日、初めて自分から別れを言い渡して、やっと。
自分はずっと、怯えていただけだったのだと。
自分の気持ちを伝えることが、何よりも怖かった。
NOと伝えることすらも。
初めから興味を持たなければ、距離を置いていれば、傷つかないから。
だから、自分を好きだと言ってくれた人に、すべての決断を押し付けてきた。
思えばどれだけ身勝手なふるまいだっただろう。
頭を下げ、左右に振る。
こんな自分に気づけなかったら、あの子とも同じ結果に流されていったかもしれない。
だからこそ。
大切にしたいと思う人に巡り合った今こそ、信慈はあのまっすぐな心と向き合わあなくてはいけない。
まだ幼く、危うい心が、自分と同じような傷を抱えてしまわないように。
(……よし)
ようやく気持ちに整理がついて、信慈は優太の待つコタツへと戻っていった。
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