仮想世界で際限なく極端を求める者

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プロローグ‐Prologue

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 ルネサンス期のヨーロッパを想わせる、理路整然としたグレセアの美しい街並みは、昼と夕方の狭間の陽光を受け白く輝いていた。
 荷馬車の警備兵の一人は言った。
「ここは、いいところだ。自分が自分でいられる」
 もう一人は興味がなさそうに答える。
「そうだな」
「あんたは将来のこととか考えたりするか?」
「何が」
「ゲームで一生食っていけるかわかんねーだろ。就職とか考えてないのかって話」
「別に」
「別にって、すげぇなお前。どうすんだよ。食えなくなったら」
「そのときはそのときだろ」
「潔く飢え死にするってわけか。さすがだな。俺は駄目だ。どうしても安定した生活を求めちまう。尊敬するよ、お前のそういうところ」
「やりたくないことをやりながら生きたって、それは生きてるっていえるのか」
「さぁね。少なくとも、世の中の大半はやりたくないことやって生きてるのさ。――ところで、知ってるか。この馬車が何を運んでいるのか」
「さぁな」
「お前なぁ。自分の運んでいる物にくらい興味を持てよ。それがなんとよ、超絶激レアアイテムらしい。時価総額は、うん百万はくだらないとさ」
「……本当なのか?」
「どうかね。お前は話に加わらないから知らないだろうが、皆この荷物のことでもちきりさ。あーあ。俺達の時給は千円ぽっちだっつのによ。いっそ盗んじまおうかな」
 それを聞いてもう一人は笑った。
 刹那、馬車を壮絶な衝撃が、熱風が、襲った。
 爆発だった。
 その原因が爆弾なのか、何らかの魔術なのか、それはわからなかった。
 爆風で周囲に土煙があがり、辺りが確認できない。
 無数の足音が聞こえ争う声が聞こえた。
 土煙が晴れたときには、崩壊した馬車と、無数の警備兵の骸が転がり、は奪いさられていた。
 辺りには静けさだけが残った。
 時計塔からその光景を眺めている黒いコートを身に纏った剣士がいた。表情はフードで隠れ確認できない。
 強奪犯の足取りを見て、近くの建物の屋根に飛び移ると、屋根伝いに追跡を始める。
 間もなくして、剣士に仕事の依頼がメールで通達されたことが思考画面エアウインドウに表示される。
 それをろくに読まずに追跡に専念する。
 世界観フィールドは中世の北欧と、幻想の世界を意識しているが、ところどころ、現代技術が混在している歪んだ世界だ。
 街の地図を視界に表示させる。
 最短距離を割り出す。
 強奪犯達は馬を使って逃走していたが、人込みに阻まれて途中立ち往生していた。
 そこに空から一人の剣士が舞い降りる。
 着地と同時に一人目の強奪犯が斬り伏せられる。
 斬り裂かれた強奪犯の体が情報片データダストになり青い光の塵となって消え去っていく。
 強奪犯の仲間は慌てて、剣を抜き斬りかかる。
 あるものは肘から上を斬り飛ばされ、またある者は体を両断され、斬られ、切られ、伐られて、断罪される。
 瞬く間に強奪犯は一人になった。
 強奪犯は顔を青ざめさせ、馬を捨て、人込みに紛れ、市場へと逃げる。
 剣士も後を追う。
 茜色の空が、美しく街を包みこむ。
 強奪犯は人を押しのけ、一心不乱に逃走を計る。
 しかし剣士もまた着実に追いかけてきている。
 やがて、業を煮やしたように強奪犯は呪文を唱える。
「我を守り、愚か者を払え、赤き舌よ」 
 強奪犯の右手に幾何学模様の光の痣が生じる。
 強奪犯は振り返りざまに追跡者に対し、蛇のようにうねる炎の火球を飛ばした。
 市場の果物が地面に散らばり、売られていた動物たちが逃げ出す。
 剣士の体を、紅蓮の炎が、まるで意思を持った生き物のように絡みつき、焼いた。
 それを見て強奪犯は言った。
「良い焼けっぷりだな。そのまま焼け落ちろ」
 ご愁傷様。そんな笑みを強奪犯は浮かべた。火焔魔術が追手に直撃し、少し余裕を取り戻したようだった。
 剣士の黒いコートは暮れかけの紫の空へ、燃えて赤い灰となり散った。
 そして中から、美しく洗練された、軽装でありながら、その存在感が異様な鎧を纏った騎士が現れる。
 ただの騎士ではなかった。
 金色の長髪の女騎士ソルジャーだった。
 女騎士ソルジャーは炎を払いながら言った。
ぬるい炎だな」
 強奪犯の表情から先程までの余裕が消える。強奪犯はその女騎士ソルジャーを知っていた。
 いや、この世界で知らない者はよほどの、もぐりだ。
 この女は、狙った獲物は確実に仕留める。凄腕の傭兵、報酬次第でどんな仕事も請け負う、白薔薇ホワイト・ローゼスのアイリス。
 強奪犯は慌てて思考画面ウインドウを呼び出すと、格納ストレージから強力な魔剣をロードする。
 何もない空間から情報片データダストが寄り集まり剣を作りだす。
 剣が構成されるまで呼出コールから完成コンプリートまで3.5秒。概ね悪くない速度だった。
 現界したのは魔剣雷雅ヴァジュラ
 使用者マスターに雷属性、及び麻痺属制の斬撃を与える。その代償に使用者マスターに風属性に対する弱点属性を与える。
 相手はまだ、通常装備以外手に取っていない。今なら先に殺れる。
 手に取った魔剣雷雅ヴァジュラは青い稲妻がほとばしり、帯電した。
 強奪犯は無我夢中で、無軌道に剣を振るった。
 振るう度に、魔剣雷雅ヴァジュラは鈍い音を立てて、得物を求め、その刀身から稲妻が溢れ出す。
 しかし、いくらその刀身を振るっても、その使用者マスターの能力が伴わなければ、それは宝の持ち腐れ。
 強奪犯は息が枯れるだけで、まるで手ごたえを感じない。
 振るった斬撃は、すべて見切られ、避けられた。
 女騎士ソルジャーは、溜息をつくと涼しい顔で言った。
「もういいか?」
 女騎士ソルジャーが手を伸ばすと、虚空から情報片データダストが集まり、剣を構築していく。呼出コールから完成コンプリートまでわずか1秒足らず。仕上がったそれは見惚れるほどのわざものだった。
 漆黒の呪剣黒王ベイリンだった。代償として使用者マスターの各種ステータスを下げる一方で、見返として、使用者マスターの魔力と攻撃力を著しく増幅させる、いわば、呪われた諸刃の剣。
 女騎士ソルジャーが剣を一振りすると、空間が切断されたように歪んだ。
 男はおそれ、おののくままに、尻もちをついたがために命拾いする。
 斬撃は、男を捉えることなく、はずれたものの、撃ちつけられた石のタイルに有り余った、衝撃が伝い、円を描くように、弾け飛び、地面がえぐれる。
 男は恐怖のあまり身動きが取れなくなっていた。
 怯える男を無慈悲な鋭い眼光で見下ろす。
 昼は終わりを告げ、代わりに現れた闇が辺りを覆っていく。
 地平線の彼方で濃紺の闇が夕暮れを飲みこんでいく。
 流れるように、くっきりと浮かび上がる、彼女ソルジャーの金髪は、美しさと同時に、狙われた者に鮮烈な絶望をもたらした。
 女騎士ソルジャーは言った。
「覚悟はいいか」
 その時だった。
 闇を裂くように現れた巨大な翼影が一つ。
 煉瓦れんが屋根を破壊しながら降り立ったのは、赤い翼竜ワイバーンだった。
 吐息にまみれ、灼熱の息吹が漏れていた。
 女騎士ソルジャーはすかさず脅威を察知し、駆けだした。
 直後、爆炎が夕闇のとばりに吹き荒れた。
 間一髪で赤い翼竜ワイバーン息吹ブレスを免れ、転がるように、受け身をとる。
 女騎士ソルジャーが屋根を見上げると、赤い翼竜ワイバーンは翼を広げ闇の中に向かって飛び立ち始めていた。
 強奪犯の姿もまた消えていた。
 その姿は次第に闇の中に溶け込んでいく。
 女騎士ソルジャーは俯くと、唱えた。
「大地を撫でる疾風の如く。我に風の加護を。来たれ。黒翼馬アンヴィル
 床に半径一m程の光輝く召喚陣が生じる。
 漆黒の稲妻が召喚陣に奔る。
 白煙が辺りを包む。
 幾筋かの黒き稲妻を伴って一頭の黒い翼馬ペガサス、アンヴィルが現れる。
 女騎士ソルジャーの使役する召喚獣の内の一つが、これだ。
 女騎士ソルジャーは軽やかに、翼馬ペガサスまたがると、手綱を引き天を目掛けて馬を走らせた。
 黒翼馬アンヴィルは高らかにいななくと、力強く地面を蹴り、走り出した。
 夜の闇を黒翼馬アンヴィルまたがった、女騎士ソルジャーが斬り裂くように、疾走する。
 鳥たちと一緒に、雲の晴れ間を抜けると、強奪犯の赤翼竜ワイバーンに追いつく。
 高度が上がり、魔力と排気で汚染された、紫の雲を抜けると大海原のような空の闇に、輝く星と、二つの月、ルーナと、ディアーナが顔を出す。
 そんな光景に見惚れる暇も与えず、雲を切り裂くように巨大な鉄塊の頭が現れる。
 あまりの大きさからその全景を覗うことはかなわない。
 クインエリザベス級の装甲蒸気飛空艦バーラムだった。
 最高速度24ノット。
 片側二基ずつ配備された単装速射魔導砲の存在感は見た者に畏怖を与える。
 排出口から、大量の蒸気を吐きだす。
 砲門が開閉し、魔導砲の照準が黒翼馬アンヴィルに定められる。
 轟音と共に魔導砲弾による砲撃が開始され、夜空に色とりどりの花が咲く。
 赤く猛るのは炎弾フレイマ
 吹き荒れる緑の風は風弾ウインダ
 空を裂く白き稲妻は雷弾サンドラ
 強奪犯の乗る赤翼竜ワイバーンは飛空挺の搬入口に向かって飛んでいく。
 このままでは時間の問題で収容される。
 女騎士アイリスに考える時間は残されていなかった。
 女騎士アイリス黒翼馬アンヴィルの背から飛び降りる。
 真っ逆さまに落下していくアイリスはそのまま、赤翼竜ワイバーンの背に乗る強奪犯を呪剣黒王ベイリンで貫いた。奪い去られた小包を回収すると赤翼竜ワイバーンの背を蹴る。
 再び、夜空の闇へと飛んだ。
 赤翼竜ワイバーンは主を失ったまま、飛空挺に乗った。主だったモノの欠片が艦内で竜の背から滑り落ち、ガラス細工のように砕ける。情報片データダストとなり消えていく。
 アイリスはどこまでも落ちていく。
 雲を抜けると、夜の街に温かな明かりが灯っていた。
 このままでは地面と衝突する、そう思われた。
 瞬間、愛馬アンヴィルが間一髪のところでアイリスを背に乗せた。
 魔力を消耗した、愛馬アンヴィルは着陸と同時に情報片データダストとなり消えていく。魔力を使いすぎた。しばらくの間、魔力が補充されるまでは愛馬アンヴィルを呼び出すことはできないだろう。
 王国都市グレセアの大地から、アイリスは飛び去っていく飛空挺を見送った。
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