ありがとうまぁ兄…また逢おうね

REN

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第六章 悲恋の始まり

永遠の別れ

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舞華のお通夜がしめやかに執り行われた。
喪主は舞華の父である。
舞華の父は、喪主をまぁやんにと思っていたが、まぁやんは完全なる抜け殻と化していた。
一言も喋らず…ただ一点を見つめるだけ…
「まぁ兄…」
恋はまぁやんのことが心配でたまらなかった。
「あんなまぁ兄…見たことない…」
龍弥が恋の後ろから肩をポンっと叩きながら
「俺もだ…流石にショックだろう…」
「わたし…どうしたらいいんだろ…」
「今は…そっとしておくしか…ないんじゃないか?」

お通夜が終盤に差し掛かり、ご家族から参列者への挨拶になった。
喪主である舞華の父がマイクを手に取った。
「皆様、本日はお忙しいところご参列頂きまして、誠にありがとうございます。
娘は…生まれつき心臓の弁の機能が弱く、手術をしましたがうまく治らず、幼い頃より入退院を繰り返してました。
私自身、妻を早くに失い、男で一つで育てて参りました。
舞華は…そんな境遇でも明るく、常に前を向いて歩いてきたと思います。そして、こちらにおります、高崎雅志さんと、一昨年に出会い、結婚しました。
舞華の夢は…幼い頃から変わらず、お嫁さんになって、ウエディングドレス着たいということでした。
こちらの遺影は、その時の写真です。
こんなに眩しい笑顔になったのも、夫である雅志くんのおかげだったと思います。彼には感謝してもしきれません。舞華も…きっと同じ気持ちだと思います。
生前、皆様方には大変お世話になりました。
本日は誠にありがとうございました」
その間も、まぁやんはずっと俯いたままだった。

お通夜が終わり、まぁやんは祭壇から離れず、ずっと棺の前にいた。
そしてお線香を切らさないようにしていた。
そこに恋がひとりで来た。
「まぁ…兄…?」
「あぁ…恋か…」
「まぁ兄…大丈夫?」
「恋…見てみろよ…」
まぁやんは棺で眠る舞華の顔を眺めていた。
「まい姉…」
「舞華…綺麗だろ…こいつ…こんなに綺麗にメイクしてもらってよ…」
「うん…綺麗だね…」
「…そうだろ?俺の嫁だからな…」
「うん…」
「眠ってるんだ…今まで病気で辛かったろうに…今は…すごく安らかに眠ってるんだ…」
「まい姉…」
「なぁ…恋……俺…どうすればいい?」
「え?…」
「舞華と…話したいんだ…もっともっと…話したいんだ…そして…抱きしめたいんだ…どうしたらいい?」
「……」
「お前にはわからねぇよな…悪りぃ…」
「まぁ兄…しっかりして?」
「あぁ?…俺は…しっかりしてるぞ…」
「少し…休んで?」
「いや…それはできない」
「どうして?」
「舞華…寂しかりやだからよ…それに…」
「…それに?」
「いつ…舞華が起きるか…わからんからな…」
「うぅ‥まぁ兄…うぅ~」
「泣くなよ。恋。舞華が起きちゃうじゃないか」
まぁやんは…舞華の死を受け入れられずにいた。
自分では受け入れているつもりなのだが…心が追いついていかない状態であった。
「…わたしも…そばにいていい?まい姉が起きるまで」
「そっか…じゃ…こいつの寝顔見て…るか…」
「うん…」
今の恋には、これが精一杯のことであった。

翌日の告別式も終わり、家族全員で火葬場へ向かう。
その道中、まぁやんがぼそっと
「龍…今どこ向かってるんだ?」
龍弥は言葉に困った。
そして何も言えなかった。
火葬場に到着して、炉の前で最後のお別れの際、
突如まぁやんが、
「おい!舞華!起きろよ!いつまで寝たふりしてんだよ!おい!俺を置いてくのかよ!なぁ!」
慌てて参列していた龍弥と康二が必死にまぁやんを抑えつけた。
「まぁやん!落ち着けって!」
「うっせーな!テメェらぶっ飛ばすぞ!離せよ!なぁ!舞華、俺これからどうすればいいんだよ!」
その姿を見て、恋や美紀は泣き崩れてしまった。
「まぁやん!とりあえずこっちへ」
「テメェ!龍!殺すぞ!こら!」
「いい加減にしろ!お前がそんなんでどうすんだ!」
一気に静寂が広がった…
そしてまぁやんは、その場から姿を消した。
まぁやんがいない中、残りの皆で舞華の骨を拾った。
「う…うぅ…まい姉…」
「舞花…辛かったね…あの世でゆっくり休んでね…」
「まいまいごめんな…まぁやん…止められなかった…」
火葬場から出て、煙突から立ち上る煙をみた…
生まれてから病気と戦い…気丈に振る舞い…何より自分よりも相手の事を重んじる。
そんな舞華が天に昇っていく…
「さようなら…まい姉…わたし、約束守るね」
恋は天に昇っていく舞華に…誓いを立てた。


その日から…まぁやんは自宅に引きこもった。
仕事にも行かず、家にいた。
そこに康二が訪ねた。
まぁやんの家は鍵が開いていた。
「まぁやん。入るぞ」
康二が入ると、リビングに祭壇があって、舞華のお骨と遺影があり、その前にまぁやんが座っていた。
「まぁやん…」
「………」
「今日はな、弟としてではなく、弁護士として来た」
「…はぁ?…」
「実はな、生前に舞華さんから依頼を請けていてな。舞華さんから、お前宛に手紙を預かっていたんだ」
「…手紙?」
「…遺言状だそうだ」
その瞬間、まぁやんは康二に掴みかかった!
「遺言だとぉ!テメェ!なんでそんな大事な事、俺に言わなかった!」
「ぐ…くるし…べ…弁護士にはなぁ!守秘義務ってもんがあるんだ!依頼者の秘密は守るんだ!それが例え家族であってもだ!」
「だからって…なんで…」
「いいから離せよ!ったく!」
康二は身なりを直した。
「舞華さんは…姉さんはなぁ、俺のところを訪ねてきてなぁ、正式に依頼として請けたんだ」
康二は舞華の手紙をテーブルの上に置いた。
「読む読まないはお前の自由だ。だがな、舞華姉さんの最期の言葉…読むべきではないか?」
「………」
「俺は帰るからな。また来るわ」
康二は出て行った。
「……舞華の…最期の言葉…?…最期って…なんだよ…」
まぁやんは、舞華の遺言を読むことができなかった。

それからというものの、まぁやんは無気力だった。
仕事にも行けず、外に出ては街中で喧嘩をし、酒を浴びるように飲んだ。
廃人と化していた。
街をふらふらしては、道ゆく人に喧嘩をふっかけて
「なんなんだよ!テメェは急に!」
「ウッセー!俺を殺してみろよ!」
「こいつ…ヤバいぞ!構うな!逃げるぞ!」
「待てよ!くそー!俺を殺してくれよ!」
まぁやんは路地裏の地べたに座り込み、うなだれた。
そしてポケットから一枚の写真を取り出した。
「舞華…なぜだ…なぜ俺を置いて行った…」
舞華と撮った、ウエディングドレスの写真…
こちらに眩しいくらいの笑顔を向けている。
『まぁやん…私の夢を叶えてくれてありがとう…大好きだよ…』
その時舞華の台詞コトバが、まぁやんの脳裏に浮かんだ。
「夢ってなんだよ!お前がいなきゃ…なんの意味もねぇじゃねえか!」
まぁやんは握っていたウイスキーを飲み干して、瓶を地面に叩きつけた。
そしてガラスの破片を拾って、左腕に自ら刺した。
「イテェ…痛みがある…血も流れてる…」
自分の腕から流れる血を見つめ、
「やっぱ俺は生きてるんだ…舞華には…二度と逢えないんだ…こんなの嫌だ…助けてくれ…」

その日から、まぁやんは消息を断った。
龍弥や恋たち家族ですら、居場所がわからなくなった。
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