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誰?

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ゆらり、ゆらり。

水底に沈む様にゆっくりと体が落ちていく。体に重い水が纏わりついて身動きが出来ない。
音も光も届かない暗い冷たい水の中を、ただ静かに落ちていく。

ゆらり、ゆらり。

随分長い時間落ちている。どこまで沈むのだろう、少し怖くなったきた。

「あれぇ?こんな深い所に子供が落ちてきた。」

場違いで、呑気な声が耳元に聞こえた。

「へ?」

目を開けると、白髪赤目の長身の男の人が僕の顔を覗き込んでいた。
さらりと長い髪を耳にかけ直し、鼻が付きそうな距離で僕の顔を凝視している。
え?誰?いや美人さんだけど、この距離で凝視は怖い。

「ん?んん?んんん?あーやっぱり、僕の真っ黒ちゃんだぁ、大きくなったねぇ。いやぁ、まさか会えるとは思わなかった。うれしいなぁ。何のご褒美だろ?」

ひょいと僕を子供抱きにして、頬に口づけた。

「だ、誰?」この人ラダさんより大きい抱きかかえられると、高くて怖い。

「ん-そうか。わかんないかー。そりゃそうだよねー。僕はお父さんだよ、真っ黒ちゃん。」

・・え?・・お父さん?

「え?僕死んじゃった?」

「はは。気にするのそっち?大丈夫真っ黒ちゃんは死んでないよー。」

ここは何処だろう?
手紙のトラップに引っ掛かって、意識が落ちた所迄は覚えてるんだけど。
ぐるりと見回す全てが暗闇に包まれている、音も光もなにも無い場所だ。
この白い人以外何の気配もしない。

「お・・お父さん?ほんとに?」

この綺麗なお姉さんみたいな人が、僕のお父さん?

「そうだよー。大きくなったねー10ぐらかな?」

「・・・18です。」

「・・ありゃぁ、そりぁごめん。うーんだとしたら小さいねぇ。でも僕らの子だからその内伸びるさ。」

伸びるんだろうか・・。
うん、その言葉は信じたい。

「・・お母さんは?」

「・・随分と頑張って、ここに居てくれたんだけど・・先に逝ってしまったんだよ。だからもう居ないんだ。会わせてあげられなくて、ごめんねぇ。」

そう言って、少し困った様な悲しい様な表情を浮かべ、僕の頭を撫でた。

「ここは・・何処なの?」

「そうだね・・墓所かな?そう僕は墓守だ。ほら、あそこをよーく見てごらん。」

あそこって、どこもかしこも真っ暗闇じゃぁ・・うーん?
なんか暗闇が揺らいでいる所がある?
僕を抱えたままお父さんがその場所に進むと、暗闇の中に壁があった。
水晶の様な素材の壁で、少し曇っていて向こう側が見えづらい。
あ・・向こう側に誰かいる。
その人は座り込んで微動だにしない。

「あれは兄者だよ。この壁もだいぶ薄くなってやっと姿が見える様になったんだ。でもね、まだ僕の声は届かない。もう少しなんだ。・・ほんとあと少し。」

壁とこつんと叩く。
お父さん・・何百年もこの暗闇の中で一人きりで、こうやって過ごしてきたの?
そんな何でもない事の様に笑わないで。

「ん?おや、上を見てごらんよ。真っ黒ちゃんを想う人達だ。どんどん星が増えてる。・・綺麗だねぇ。真っ黒ちゃんはすごく愛されてるねぇ。」

真っ黒だった空間にぽつりと星の光が灯った。翠と蒼の大きな星だ。
ロベリア、ラダさん?
赤茶、水色、緑、緋色・・田中さん達?
銀色は・・ケネスさん?

あっという間に暗闇は、色とりどりの星に埋め尽くされ、満天の星空になった。

「・・戻る時間だね・・ちょっとの間だけど会えて嬉しかったよ。現世に戻ったら『黒喰い』を浄化しておくれ。あれはもうただの澱だけど、伝播するよ。世にあってはいけない物だ。あれが残っている限り兄者はここに囚われ続ける。」

お父さんが僕を持ちあげて手を離した。
すいと体が浮かんでいく、来た時より何倍も早さで引き揚げられていく。
お父さんの姿が小さくなっていく。
伸ばした手はもう届かない。

「月ちゃん、幸せにおなり。」

そう小さく呟いたのが、聞こえた。
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