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第1話

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「……ねぇドレッド、あなたはスキルを得たい?」
僕はうんと即答した。これが僕の人生を決定づけたものと知ったのは10年後だった。
それを聞いた母と父はなにか悩み事が消えたかのように笑顔になった。
なぜかはその時分からなかったが両親を笑顔にできてうれしかったのを覚えている。

「教会で10年間奉仕すればスキル授与の儀式を受けることが許されるの、だからあなたを教会にあずけることになるわ」
「スキルを得るためには必要なんだ。わかってくれるよな?」
家族と離れるのは寂しかったがうんと答えた。

それからすぐに、日も跨がず心変わりをさせないほどのはやさで教会に向けて出発した。
うちの村にも教会はあるのにわざわざ遠くの町の教会に預けられた。両親は「大きな町のほうが学ぶことが多いかもしれないから」と教えてくれた。
町への道は大人が2人横になれるほど広くて石造りで整えられていて、うちの村の道とは大違いで新しく感じた。
町の教会の人は偉そうなおじさんだったけど優しく迎えてくれた。
両親は時間を見つけて会いにくるとか言ってたけど
結局、両親は一度も会いには来てくれなかった。
兄弟が世話を焼かせてるからだと思ってた。

村では子供も貴重な労働力として働かされてた(うちは農民だから畑作業だけどね)けど教会では、なんと勉強をする時間が与えられてしかも文字の分かる大人が教えてくれたりする。
文字を読めないと経典読めないから教えてもらえたんだろうなとも思ったけど文字を読めるに越したことはないから良かったと思ってる。
文字のおかげで教会や町長さんの家に置いてある本も読めた。町長さんは「書き写しの間違いがない本」をたくさん持ってて、その本たちを汚さなければ読んでいいと言われた。
写し間違いのない本は家一軒ほどの価値があると知ったのは後のこと、よく読む許可をもらえたなと感じてる。
知らないことを、知らない文字を毎日学んで新しいことがいっぱいで毎日新鮮だった。
夏至や冬至、新年とか行事のときは教会が主導して執り行ったから、いそがしくて大変でその時は嫌いだったけど今振り返ると苦労した分楽しかったと思う。
僕以外にもスキル目的で住み込みで働いてる子供はいて、今年はいつもより多いと教会の大人たちは言っていた。飢饉だったから、不作だったから、とか聞こえたけどその当時は意味がわからなかった……というのは少し間違い。勉強していくうちに言葉の意味を知るようになったし、周りの地理や気候を気にする余裕もできた。
この辺りは寒いし雨はあんまりふらないから、熱を逃がしにくい石造りの建物が多いとか、遠く離れたところには限りのないほどの大きさの湖があるとか。

口減らしにはなにか理由をつけて教会にすてるのが手を汚さないからおすすめとかも。
これは教会じゃなくて町長さんの家に置いてあった本で知った。

しばらく経ったころたまたまスキルを使うのを見ることができた。地元でもスキル持ちは教会の偉い人だけだったし珍しかった。作付けの時に種子をかごから空中に浮かせて植えていたり、川から大量の水を持ってきて水をやったりしていた。そしてそのまま続けて他の畑も種子と水をやっていた。
こんな場所で少なくない人が暮らしていけてるのはスキルのおかげで効率的だからなのかなと思ったけど、だったらもっと肥沃な土地に移ればいいのにとも思ってしまった。それに、
こんなに役に立つスキルがあるならみんなにスキル与えまくればいいのにと思ったけどやらない理由があるんだろうか。

教会で働いたり教会の子供達と冬に雪合戦したり行事のときいっしょにサボったりしていたら、10年は予想より早く訪れた。
今日、スキル授与が行われる。一年に一度行われるから、入った時期がばらばらでも出る時は同じになる。10年過ごした仲間たちがどんなスキルをもらえるかも自分のときと同じくらい緊張した。背が高いターカーは『射出』をもらったみたいだ。狩りの時使えそうだ。盗み食いの常習犯パンは『物質腐敗』をもらった。……酒作れるんじゃないか?手が出るのが早かったソイデルは『加速』をもらった。手の次は足も早くなるのかよ。
……自分の番が近づき仲間のスキルを聞く余裕もなくなってきた。
ついに順番がきた。
僕がもらえるのは……
『沈没物操作』
……?なんだ、これ……
大人に終った者ははやく次の者にゆずれと押し出され仲間の元へと近づく。
お前はどうだったと興味深々の顔で聞いてくる。伝えると皆一瞬首を傾げ、その後
「沈没ってことは水の底に沈んだもののことだろ?本で読んだぜ。だったらまずは海か湖に行かなきゃな」
「でも俺たちは海も湖も見たことないぞ……ほんとに存在するのか?」
「私のおばあちゃんは海を知ってたわ。遠い遠いところらしいけど……」
と口々に話し出した。
その時、別の仲間がスキルをちょうどもらい自分もそいつを祝福する側に回ることにした。なにに役に立つかは後で考えればいい。今は10年の成果を貰える時なんだ、悲しみたくはない。
授与式が終わった後、少しやけになって食べ物を食べに食べた。

こうして教会での10年は終わった。皆10年ぶりに家に帰るのをまた緊張していた。少数の者はちょくちょく親が会いにきていたからあまり緊張はしていなかったが。
皆と別れ村までの道を1人行く。
行く時は大きく見えた木や背の高い植物は、帰りの時には小さかった。
家に帰った時、出迎えたのはまず困惑だった。
下の兄弟は状況がわかっておらず、上の兄弟は少しして理解し、両親はそれより早く理解した。
「……ドレッド、よく帰ってきた!10年会えず寂しかったぞ」
父が言った。俺は10年経って大人の嘘がわかるようになってしまったことを後悔した。
「……父さん、どういうこと?ドレッドは死んだって聞いてたけど?」
上の兄弟は理解しながら、父の口から語らせようとした。
長い沈黙の後、父は少し荷物を纏め俺と2人で話をすると言って俺を洞窟連れて行った。
立ち入り禁止の看板が雪で埋もれていたが、俺は幼い頃に言われていたから立ち入り禁止を知っていた。洞窟の奥まで来て、急に父が口を開いた。
「もう分かっていると思うが、お前を教会においたのは口減らしが目的だった。だが、運悪く、飢饉は止み、食べ物に余裕ができてしまいお前は生き延びた。これは、少ないが今までの詫びだ受け取ってくれ」
担いでいた袋をドサっと地面に置き、見るように促した。中身をみようと屈み開けてみると中は石や薪が入っているだけだった。
この時、俺は袋の中を見ていた。言い換えれば、俺は父を見ていなかった。
2本の力強い腕が頭と腰を掴み、投げ飛ばされるのを体で感じた。視界の端に薄暗く崖がうつる。
「飢饉が、不作が悪かったんだろ、あんたじゃない」
俺は小さく呟いた。
「10歳まで育ててもらったからな、その分の恩は返さないとな」
抵抗はしなかった。
父との距離がどんどん離れ、下に落ちていく。父はこちらを見ていたが、目は合わなかった。父の体全てが崖にはばまれ見えなくなった。

ゴロゴロと転がり底に辿り着いた。
ひどく寒かった。これは死に近づいているから寒く感じたのか底が冷やいのかも分からなかった。
洞窟の底だというのに息はできた。外につながる穴でもあるのかと考えたが、それがなにも役に立たないと思って考えるのをやめた。
教会で食べた満腹感と体の痛みと冷たさが残った。しかしそれも時間と共に失われていった。
「教会にいた時が、一番楽しかった」
ドレッドは眠りについた。



そして、目覚めた。
一番驚いたのはドレッドだった。
死ぬと思っていたのに痩せ細った体で目が覚めたのだ。寒さで傷口からあまり血が流れず塞がっていたし、どれほど時間が経ったかわからないほど痩せていた。
上を見てみると天井にところどころ穴が開いておりそこから太陽の光が注いでいた。その光のおかげで洞窟内は暖かくなっていた。
ドレッドは何が起こったかを知るため外に出ることに決めた。ところどころ穴が開いている天井を落ちている石や木の棒で堀り、数時間ほどたったと感じた頃、ついに外に出れるほどの穴が開いた。
外は、夏を思わせる暑さと変化した風景が待っていた。
放心しながらも目の前の町にたどり着くと町の門でたなびいている紙に目が行った。
『……5年夏至祭』
「…………300年、寝てた、の、か?俺」
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