めざメンター

そいるるま

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第1章「明人の本音」

第1章 3

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 隼優しゅんゆうは予想外の言葉に耳を疑う。明歌めいかは思わず本音を漏らしてしまったことに気づく。途端に苦しい言い訳をした。
「に、兄さんと私を置いてどっかへ行っちゃったら悲しいから……」
「……それが反対だったらどうする」
「隼優?」明歌はきょとんとした。
「いや、何でもない」
 ずっとそばにいろ、と言いたいのはこっちの方なんだが。


 隼優と明歌は繁華街に近いカフェに入った。そのカフェはアイスの専門店で隼優の大学からも歩ける距離だった。
 二人が話していると、一人の女性が話しかけてきた。
「ねぇ、倉斗くらとくん。その人、新しい彼女?」
 その女性は隼優と同じ経済学部の知人だ。
 明歌は誤解を解くため咄嗟に言い訳しようとした。
「ち……違います! 私は……」
明人あきひとの妹だよ。今日はあいつの代わりにここへ連れてきただけだ」
「ええ~!? 鹿屋かのや君にこんなかわいい妹さんがいたの? だけどねぇ……」
 どう見たってこれじゃあ恋人じゃない。遠目に見たって倉斗くんの別人のような態度は何なの、とその女性は隼優が普段見せない表情に驚いていた。
「何だよ」
「まぁいいわ。じゃあ、また明日」その女性はカフェから出ていった。

「しゅ……隼優、ごめんね。誤解されたかな」
「今までだってあったろ。俺だって明歌のファンに殴られそうになったし……よけたけどな」
 隼優は素人相手には余計なことをせず、かわして逃げることが多い。
「そんなことがあったの?」
「あったな。つきまとうなって怒ってた。おまえの歌の力は尋常じゃないな、とあせったよ」
「それ、いつなの」
「おまえが丸焼き珈琲のイベントに参加して、しばらくした後」
 隼優は二年ほど前のことを回想する。


「──え? カフェで歌う?」
 隼優は明人から話を聞いて眉をひそめた。
「明歌はまだ中学生だろ。子供に歌わせるようなカフェなんて信用できるのか」
「そう言うと思ったよ。カフェ自体は普通の喫茶店なんだ。そこが一日貸切りでイベントを開くらしくて。明歌の友達が勝手に申し込んじゃったんだよ」
「……ろくな友達じゃねぇな」すでにこの頃、明歌の特殊な才能は周辺の知人たちに知れ渡っていた。
「それでね、万が一ってこともあるし、隼優に立ち会ってもらえればと思ったんだ。バイトのほう、何とかなるかな」
「俺はかまわないが断った方がいいんじゃないか」
「……同感。でもさ、明歌の一番仲のいい友達らしくて。他の子なら断っても大したことないけど」
「それって友達なのかよ」
 明人は少し笑った。
「そういう時代ってあるよね」
「どういう時代だ」
「大学に入ってみて気づいたんだ。高校まではさ、ほとんどの授業がクラス単位だろ。だから、一人で行動するのは若干気がひける」
「つまり誰か一緒に行動するやつがいないと困ると?」
「たとえそれが友達らしき存在じゃなくてもね。女の子は特にそうだ」
「それじゃあ……」隼優は明人の真意に気づく。
「何かを断って続くような関係って友達なの? って僕が明歌に言ってしまうのは簡単さ。でも、本人が自分で気づいた方がいいこともあるよね」
 隼優はうなずいた。
「わかった。とりあえずは立ち会うよ。──だが、参加が不適切だと判断したら強制的に連れ帰るからな」
 うわぁ~わが友ながら怖えぇ~、強制送還にならなきゃいいけど……と、明人はため息をついた。


 イベントが行われる喫茶店は名を『丸焼き珈琲』と言った。西新宿の路地裏にあり、常連に愛されている店だ。個人経営の喫茶店にしては珍しく商談用の個室を所有していた。西新宿はあらゆる場所で商談が行われていることもあり、個室のレンタルはかなりの盛況ぶりだった。

 店内はマスターとアルバイトの古株である由希ゆきが切り盛りしており、あとは日替わりでバイトを雇っていた。

 イベント当日である土曜日の午後、音響機材が運びこまれ、イベントのスタッフが出入りしている中、明歌は他の参加者とともに、昼過ぎにはリハーサルを開始した。


 隼優は二年前、舞台の裏方をしていた。その日の搬入が済みロッカーへ行くと隼優の携帯が鳴る。
「倉斗くん? 今どこ」当時の彼女からだった。
「バイト終えたとこだ。これから新宿へ行く」
「あの……今日お休みだし会えない?」
「そうしたいけど……明日なら」
「今日はこれから何か用事?」
「ああ、明人から頼まれごとをしてて」
 なぜか隼優は後ろめたい気分になる。明歌が関わるといつもそうだ。彼女はまだ子供なのに……
「あなたたちってホントに仲いいね。わかったわ。じゃあ明日」
 隼優と明人の仲の良さは異常なレベルに見えるらしい。周囲からは「おまえら、デキてるだろ」といつもからかわれている。


「隼優、こっちだよ」喫茶店に入ると明歌が席を確保しておいてくれた。大学に入ってからは隼優が明歌に会う回数はめっきり減った。鹿屋家で夕食をとることもほとんどない。久しぶりに会うと小さい頃の明歌と違って見える。
 おまけに今日は普段着る機会のないワンピースを着て少し化粧をしていたせいか、なぜか見とれてしまう。そんな隼優の顔を明歌は不思議そうに覗き込む。
「……隼優?」
「──ああ、何でもない。明人は?」隼優は咄嗟に顔に手をあてて、表情を隠そうとした。
「兄さんは薬を買いに行ってくれてるの。私、朝から少し熱っぽくて。……でも、ちょっと遅いね。もうすぐ始まるんだけど」
「出番まで休んでろ。外で待ってみるよ」
 隼優は喫茶店の外へ出た。周囲には出番を待つ歌手やスタッフが立ち話をしている。五メートルほど先の脇道に明歌と同じ年ぐらいの女子が二人、立ち話をしているのに気づく。
「──明歌はいくらだって客が呼べるもの。利用しない手はないわ」
 隼優は咄嗟に脇道から身を隠す。
「でもさぁ、歌いたいのは実花みかでしょ。確かに明歌は異次元だけどさぁ。実花だっていい線いくと思うよ。人のファンクラブ作ってどーすんの」
「稼げるじゃない。明歌は私の言うことはほぼ聞いてくれるもの」
 隼優は会話を聞き終わらないうちに、すぐ喫茶店へ戻った。


 一人目はもう歌い終わり、客は歓談中だ。
「──隼優、兄さんいなかった?」
「明歌。控室はどこだ、ちょっと話がある」
 明歌は怪訝そうな顔をする。
「こっちだよ」
 明歌は商談用の個室へ隼優を連れていく。ドアを開けると化粧道具や鏡、各参加者の上着などが並んでいる。参加者は出払っていた。

「隼優。どうしたの」
「──明歌。すまない。しばらく眠ってくれ」
「え?」
 隼優は明歌の額に手をあて、軽く叩いた。明歌は一瞬で気を失い、倒れそうになるところを隼優が支えた。
「まったく……どうせこんな事だろうと思ってたんだ」

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