真相を求める一輪の花

栗原さとみ

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中学生編

01

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目覚ましの音で、いつものように朝を迎え、顔を洗い、うがいをして、優花は朝食をとろうとキッチンへ向かった。
ところが、いつも「おはよう」とにこやかに朝食を作って待っていてくれる筈の母が今朝はいない。昨夜、結局母は家に帰って来なかったらしい。

「お母さん、どうしちゃったのかな。連絡もなしに帰って来ないなんて、今までなかったのにな…。」

月曜日の朝は少し眠いが、気合いを入れて、自分でトーストと目玉焼きを用意して、椅子に座った。

「いただきます」

 優花は、赤ちゃんの頃からシングルマザーである母親と二人暮らしだった為、小学4年の頃から、料理を覚えたり、洗濯をしたり、何かと母親を手伝ってきた。中学1年になった今、朝、目玉焼きを用意する事くらい、何でもない。

自慢の美人の母親は、20歳の時に、地方銀行に勤める同じく美丈夫の父親と大恋愛で結婚したそうだ。しかし、結婚の翌年、優花が生まれた3ヶ月後に、父親は事故で亡くなり、以来、母一人子一人の生活が始まった。
優花が小さかった頃は、幸いにも母方の実家が裕福であった事、父親の多額の保険金がおりた事で、それほどの不自由は感じていなかった。ただ、その祖母が昨年亡くなり、母親の実家さえも頼れなくなってしまった。

「そろそろ行かなくちゃ。」
中学の制服姿で、玄関に向かう途中に家の電話が鳴った。

「はい、杉村です。」

「こちらは埼玉県警です、杉村小百合さんの娘さんの優花さんですか。」

厭な胸騒ぎがして、震える声で聞いた。

「そうですが、警察の方が何のご用ですか。」

「実はお母さんの小百合さんが亡くなりました。まだ詳しくはお伝えできないのですが、一度署まで来てください。…」

その後も何か話していたようだったが、頭の中は真っ白になって全く耳に入ってこなかった。一人で警察に向かい、亡くなった事実だけは聞かされたが、母の亡骸に対面した記憶もない。事情を聞いても、調査中なのでまだ話せないとの一点張りだった。

数日しても、事情も話して貰えない、お葬式すら執り行われないまま、身内のいなくなった中学1年の優花は、そのまま施設に入る事になった。

「どうしてこんな事になっちゃったのかな。お母さん…。私、ひとりぼっちだよ…。」

数日後、警察から母は病死であった事が聞かされ、遺骨が戻って来た。時々涙が出たり、ぼぅっと考え込んだりする事はあったが、幸い、入った先の施設長夫妻は優しく人格者であった事と、きちんとした施設であった為、優花はそこで頑張る事を決め、その施設から程近い中学校に転校した。


──────────


「杉村優花です。O市から引っ越ししてきたばかりで何も分かりませんがよろしくお願いします。」

 パチパチと拍手の音が鳴り、教室はざわついた。各学年、3クラスしかないこの中学校に、中途半端な時期に転校生がやってきた為だろう。

(なぁ、可愛くね?)(だな)

 一番後ろの席の男子が小声で話していた内容は、教卓のそばにいる優花までは聞こえなかったが、指示された優花の席はその男子の隣だった。
    そして、担任から、翌日の総合の時間に席替えとクラス全員の自己紹介をするという事を伝えられ、今朝のところは皆の紹介は省かれた。

「筒井宏樹。よろしく」
筒井が隣に座った転校生に声をかけると、彼女はニコッと笑って応えた。
「筒井君、よろしくね」
「よっしゃー、名前覚えられたの第一号」
「筒井、うるさいぞー」
「うぇ」
教室内に笑い声が響いた。筒井は一組のムードメーカー的な存在のようだ。
(これなら楽しく過ごせそうだな)

 優花は、ここでなら友達を作って上手くやっていけそうだと、胸を撫で下ろした。友達との日常を刻む事、そして、これまで通り勉強や部活を続けていく事で、つらい現実からなんとか自分を守っていこうと決意していた。

 休み時間になると、何人かの女子が話しに来てくれたので、優花はますますホッとした。
「ねぇ、優花ちゃんって呼んでいい?私は佐々木鈴。皆りんりんって呼ぶけど」
「じゃあ、私もりんりんって呼ばせて貰うね。私は優花でいいよ。前の学校でも呼び捨てだったから」
「ふうん、じゃ優花は何部に入るつもり?ちなみに私はバスケ部。」
「本当?私もバスケに入りたいと思ってた」
「やった、部員が増える。今1年は8人なんだ。あんまり強くないけどねー。今日は初日だから明日からにする?」
「今日見学して明日から入部できるかな」
「大丈夫じゃないかな。放課後、一緒に行こ。」
「うん」
「りんりん良かったじゃん、部員増えて」
「うん、ソフトボールじゃなくて残念だったね、陽菜」
「まあね、ソフトって感じに見えなかったから、あんまり期待してなかったんだけどね。」
    
 陽菜は、隣にいる同じソフトボール部の絵美をチラッと見てから言った。

「陽菜、今失礼な事考えてなかった?」
「え?絵美はいかにもソフト部っぽいとは思ったけど?」
「どうせ私は色黒でいかり肩ですよー。」
「そこは否定しないけど、絵美は小学校の頃から女子のファンは多いよね。」
「絵美はそこらの男子よりモテるかもね」
「女子にモテてもね…。そうそう、私達も呼び捨てでいいから。私が絵美で…こっちが陽菜。」
「ありがとう、絵美、陽菜」

小麦色に日焼けしてショートカットの似合う絵美は、確かに宝塚の男役みたいで女子にモテそうだ。

「そう言えば優花は前の学校に好きな人とかいたの?」

 心なしか回りの数人が聞き耳をたてているような気がしたが、その問いに優花は応えた。

「好きな人はいなかったな。まだ全然そんな気になれなくて。」
「へぇ、なんか年上の彼氏とかいそうだけどね。」
「全然だよ。みんなはどうなの?」
「りんりんはバスケ部の先輩と付き合ってるよね。だけど、ソフトの私達は部活命で好きな人なんていないよ」
「ふふふ、陽菜と絵美は私と一緒だね。りんりんは彼がいて、バスケ部なの?だったら、今日会えるって事?」
「はは、まあね。副部長なんだ。」

2月期に入り、3年は引退しているから、2年の先輩なのだろう。

「あ、先生来た」
「また次の休み時間にね」
チャイムが鳴ると同時に英語教員の里中がドアを開けた。


─────


「優花、部活始まるから体育館行こう」
「うん」

冬が近づく11月の放課後は、日が暮れるのが早くなりつつあって練習時間がだんだん短くなる。
この中学校に転入してきて一ヶ月が過ぎた。今ではすっかり部活中心の生活を送っている鈴や優花にとって、自然と部活へ向かう足も早くなるのは仕方のない事だろう。二人ともそれ程背は高くないが、器用で俊敏なので、1年生の中ではレギュラー候補だ。体格や動きがよく似ているので、ストレッチやパスの相手として組む事も多い。

「それにしても、優花って頭もよかったんだね。」
「もう、やめてよ。恥ずかしいから。」

中間テストが終わり、個人成績表が返ってきて、親と約束した順位がとれて欲しいものが買って貰える事が嬉しくて、優花に駆け寄った鈴は、優花の順位が見えてしまったのだ。

「りんりんだってよかったじゃない?スマホ買って貰えるんでしょう?」
「うん、そうなんだ。」

鈴は、ニコッと笑って言ったが、それ以上は何も口にしなかった。施設にいる優花は、当然スマホを持っていない。鈴が今回買って貰える新機種は、買い換えなので2台目だ。あまりはしゃがないのは、優花に気を使っているのだろう。鈴にはそういう優しい所がある。

「杉村さん」

体育館の前まで来た所で、男バスの部長の堀越に呼びとめられた。

「はい、先輩、どうしたんですか?」
「優花、先に行ってるね。」
優花はうん、と頷いて鈴に笑いかけた。

「部活が終わったら話があるんだけど、いいかな。」
「それって今じゃ駄目なんですか?」
「うん、早く家に帰らなきゃならないなら、帰りながら話そう。」
「……先輩と一緒に帰るって事ですか?」

少し苦笑して堀越は続けた。
「そんなに嫌がらないでさ。部活終わったら迎えに行く。じゃ」
「あっ、先輩っ…」

断ろうとしたのに、堀越は長い足で男子のコートの方へ走って行ってしまった。

(嫌って訳じゃないけど………。)
 早くに父親を亡くし、男の兄弟も親戚も幼なじみさえいなかった優花は、正直同世代の男の子と話すのは苦手だった。

(何の話だろう?)

今日の昼休みに、優花は2年女子の先輩から呼び出しを受けた。少し前に男子テニス部の先輩から告白され断ったのだが、その事が何か気にさわったらしく、「調子に乗っている」と注意を受けたのだ。少し肩を押された所に、男バス部長の堀越が通りかかり、先輩達は慌てて立ち去り事なきを得た。その時は「ありがとうございました」とだけお礼を言って教室に戻ったが、あの時の事だろうか、と思いをめぐらせてから、優花も体育館へ入った。

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